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皇子からの挑戦①

「本当に大丈夫なのか? もう少し、手加減してやってもよかっただろう?」


 誰も近くにいないことを確認しながら、側近のカイルは皇子に小声で言った。

 このような馴れ馴れしい言葉を交わしているのが侍従長にでもばれたら、一巻の終わりである。

 カイルとこの皇子は長年の付き合いで、皇子はカイルには友人のように接することを義務付けているのだが、そんなことは許されないので細心の注意を払い発言しなければならなかった。


「その必要はない。使えない奴は傍に置く気はないしな」

「ほんと手厳しいこと。みんなクビにして……困ったもんだよ、うちの主は……」


 カイルは、横目で涼しい顔をしているラザフォードを見やった。

 長年使えてきたが、彼の腹の中は未だはっきり読めない、実に扱いにくい主人だ。


 そして、皇子は『来て間もない側仕え』を全く気にすることなく、用意された皇族専用の馬車に乗り込んだ。


「あいつは、どれくらいもつかな……」


 カイルだけは、今頃てんやわんやしているユリアスを思い浮かべた。



                 ********



 一方のユリアスはというと――――――


「いきなり、こんなに仕事を押し付けられるなんて……先が思いやられる……」



 ガラガラ……ガラガラと音を立てて、本を運んでいた。

 


 音の正体は、木と鉄でできた台車。


 手で運ぶには日が暮れると思ったユリアスは、東宮の調理場へ行き、侍女に頭を下げ、給仕用の台車を借りに行った。

 侍女たちはもちろん断った。

 しかし、すぐに引き下がるわけにはいかないユリアスは、このままでは殿下に何をされるか分かりません、お助けください!なんて、ユリアスが目に涙を浮かべて懇願し続けた。

 このままでは仕事が滞ると判断した侍女たちは、自分の主の料理長に許可を取り付けに行った。

 

 そして、ユリアスは見事に台車を使用許可をゲットすることに成功したのだ。


 こうして、一度にすべての本を運ぶことを可能にしたユリアスは、慎重にゆっくりゆっくり、台車を押して教会へ向かう。


 王宮は階段が多いが、必ず迂回すればスロープがある。 

 宮廷ではいろいろな祭事や夜会などで装飾を頻繁に取り換えるので、こういった台車が必要不可欠だから、それが通れるよう配慮されて設計されている。

それを知ったのは、つい先ほど。

 殿下に会う前に、近くの兵士たちと会話していた時に教えてもらったものだ。


「あの人に助けられたな……。スロープの存在を知らなかったら絶対無理だった」


 ガラガラ……ガラガラガラ……


 ピカピカに磨き上げられた美しい大理石の廊下に、似合わない音が響く。

 通りすがる、兵士や、侍女、役人たちがユリアスのことを、怪訝な目で見ていく。

 

「すみません。ちょっと、殿下からの使いで……」


 そんなことを何回も言いながら、少し足を速め、目的の教会へと急いだ。

 

 やっとの思いで、教会の入口にたどり着くと、ものすごく体格の良い大男が目の前に立ち塞がった。

 ユリアスは、その姿に圧倒されて、一歩後ずさる。


「どこの者だ!? 何をしに来た?」


 明らかに敵意むき出しなその門番は、ユリアスの胸倉むなぐらを掴み、威勢のいい声を上げた。

 

「僕は、ラザフォード殿下の側仕え……ユリアス・ヴィーゼント……で……す。身分証はこ……れ……です」


 ユリアスが急いでポケットから身分証を取り出し、門番に見せる。

 その間もぐっと胸倉をつかまれたまま。

 差し出された身分証をじっと見つめる門番。

 そして、ユリアスの顔と身分証を交互に見始めた。

 

「これは本当か? 盗んだんじゃないのか!? えぇ?」


 そう聞かれても……、息ができないユリアスは反論できない。

 

 なんで、何も悪いことしていないのに、殺されかけているのか訳がわからない。

 王城なんて来るんじゃなかった――――


 心の底から、後悔したが、時すでに遅し。

 今のユリアスには、戻ることは許されない。

 このままでは、任務を成し遂げるどころか、ここであの世行きだ……

 ユリアスの意識は遠くなっていく……

 と、そこへ――――



「その子は、殿下の新しい側仕えだよ。離しておやり!」


 ピシャリと鋭い声が背後から聞こえた。


「イザベラ様!」 


 門番は、掴んでいた胸倉をパッと離し、勢いよく敬礼をした。

 その言葉のおかげで、ユリアスは再び呼吸をすることが許される。


「ゴホ……ゴホっゴホっ……はぁはぁはぁ……」

「すまなかったね。うちの門番が無礼な真似をして。お前さんは、魔導家の者だろう?」


 息を整えながら、声の主を見上げる。

 目に入ってきたのは、黒髪を一つに結わえた、白い騎士の制服を着た女性。

 凛としたその表情に騎士としての威厳が感じられ、ユリアスの知っている女性とは違う美しさを感じた。

 

「私は、イザベラ・ウィルソン。教会付き白騎士だ」

「ユリアス・ヴィーゼントです。はじめまして」


 イザベラは、膝ついて倒れ込んでいるユリアスに、手を差し伸べ、彼を立たせた。

 そして、改めてユリアスをじっと観察する。



「そなたは、不思議な奴だな。私のような騎士相手にはじめまして、だなんて。魔導家当主の子息だろう?」

「まぁ、そうですが、明らかに僕の方が年下じゃないですか。年上の方に礼を尽くすのは当たり前では?」


 次の瞬間、イザベラは周りに響くような大声で笑い始めた。

 何がそんなにおかしいのか、ユリアスにはさっぱりわからなかったが、かなり自分たちはこの場で目立っている。

 目立つようなことは、できれば避けたいのが心情。

 しかし、目の前のイザベラの笑うのを止めるすべはユリアスにはない。

 その代わり、門番が「イザベラ様……」と彼女を制した。


「すまない……。あまりにも面白い奴だなと思ってな。で、そなたは何をしに来たんだい、ラザフォード殿下の側仕えのユリアス」

「実は、あの……たくさんやることがありまして……。この本を西の塔に返したいんです。あと、薬剤師の元へ荷物を取りにいくのと、庭師がどこにいるのか聞いて。それと、調査票を受け取らないと」

「そなたも、ずいぶんやられているのだな。さすがラザフォード殿下というべきか」

「やっぱり、同じようなことを皆さんにしているわけですね。側仕えを試すようなことを」


 ユリアスの予想は確信へと変わった。

 兵士から聞いた噂と、さっきの殿下の言葉を合わせたら、間違いない。

 彼は、誰に対しても容赦しなかったようだ。



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