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深い森の中で①

「えっ?! みんなといつの間にはぐれた?!」


 深い霧に包まれているからはぐれなくもないが、ずっと一本道で隊列を組んで走っていたのだ。

 一体どういうことなのか−−−?!

 ユリアスは手綱を引き、馬を止めた。


「皆さ〜ん!」


 思いっきり大声で叫ぶが、誰からも返事が返ってこない。

 やはり一人逸はぐれてしまったようだ。

 ユリアスは馬から降りて、辺りをぐるりと見回すが、後ろも前も5メートル先すらよく見えない。

 そして悪いことに、頭痛がひどくなり始めた。

 ガンガンと誰かがユリアスの頭を叩いているようだった。

 

(くそっつ……こんな時に頭痛が酷くなってくるなんて……それにこのなんか甘い匂いで気持ちが悪い……)


 霧とともにどこからか流れてくる、甘い香りがユリアスの二日酔いを促進させ気分も悪くなっていく。

 ブンブンと頭を左右に振り、水筒から水を飲んで少しでも改善を図るが気休めにしかならなかった。

 馬にも水をやろうとかばんから椀を取り出し、水を入れ、馬の口元にやるが、水を飲もうとしない。


「どうした? 随分走ったのに、喉が渇いていないのか?」


 何だか馬の様子もおかしい。

 ブルブルと頭を何度も振り、前足で地面を掘っている。

 自分と同じ二日酔いのはずはない−−−一体どうしたのか?


 何だか嫌な感じがして、ユリアスは辺りを警戒する。


(何か、何かが……)


 神経を研ぎ澄ませようと集中したいのに、足元がふらつき、視界がぼやけ始めた。

 

「何だ、一体……」


 目をこするが、ピントは合わない。

 だんだん呼吸も苦しくなって、その場で立っていられなくなり、とうとうユリアスは地面に両手をついて倒れた。


(この匂い、どこかで……)




                  *********




 ガンガン、ガンガンと誰かが頭蓋骨に釘を打っているような、脳内に響く頭痛と、どこか懐かしい匂い。

 この甘い高貴な匂いに覚えがあるが、どこで嗅いだか思い出せない。

 重いまぶたを頑張って開けると、そこには懐かしい人がいた。


 焦げ茶色の癖っ毛の髪に、同じ色の優しい瞳、がっちりした広い肩幅に、すらっと伸びた脚。

 その人は優しく微笑み、ユリアスに両手を広げていた。


「父さん……」


 一歩、一歩、ユリアスは彼に向かって歩き出す。

 もうこの世にはいるはずのない人、どんなに願っても会うことができない人。

 

 でも、今ここに「父」がいる。

 どうして、よりも、会いたかった、がまさった。


 ユリアスの足が自然に速くなり、「父」の手に触れようと手を伸ばすが、誰かが「待て!」と叫んだ気がして手を止める。

 少し治りかけた頭痛が再びガンガンと襲ってきて、頭を抱えしゃがみこんだ。

 必死で頭痛と闘いながら、ユリアスはもう一度目の前の「父」を見上げた。

 

 魔法とか、魔術とか、あらゆる手を使っても触れることは叶わない人。

 この一線を越えることは許されない、禁忌。


 周りには白い霧と甘ったるい匂いが立ち込めている。

 

「ユリアス、会いたかった……大きくなったな」


 目の前の「父」の口元が動く。

 「父」が実際に存在しているのか、確かめたい。

 でも、触れてしまったら消えてしまうのではないかという不安に駆られ、再び手を伸ばせない。

 ユリアスが躊躇いながら、「父」に向かって言った。 


「父さん、どうしてこんなところにいるの? 」

「お前に会いたかったから……お前は父さんに会いたくなかったかい?」

「ずっと、会いたかった……あの日から、ずっと……」


 ふっと「父」は視線を外し、すまなさそうな顔をユリアスに向けた。


「置いて行ってしまって、すまなかった。一人にしてしまって……」

「父さん……そんなこと……あやまらないでよ……僕は、みんなによくしてもらっているから、大丈夫。だから心配しないで」

「本当に?本当のことを言えば楽になれるのに、お前はずっと隠して生きていくのか? 自分のために」


 目の前の男は「父」の姿をして、記憶の中の「父」の声。

 困った顔で自分のことを見てくるその姿は、まぎれもない一番会いたかった父親。

 父の前になると、今まで抑えていた気持ちが溢れ出しそうになる。


「ダメだよ。本当のことなんて誰にもわからないし、誰にもわかってもらえないよ。もう嘘つき呼ばわりされたくないんだ。今のままで……十分だよ。大丈夫、もう慣れたから、僕はうまくやっていけるよ」


 「父」は、そうか……と困ったような顔で言った。

 そして、再び両手を大きく広げ、「ユリアス、おいで」と言った。

 

「父さん……ずっと、会いたかった……あって色々話がしたかった……今までのこととか、これからのこととか……」


 ユリアスは頬にすっと涙がつたうのをそのままに、一歩一歩「父」の両手に向かって足を進ませた。

 霧がユリアスと「父」を囲い、幻想的な空間に仕上げていく。


 もうここが地上なのか、天国なのか、ユリアスにとってどうでもよくなっていた。

 肝心なのは、目の前に「父」がいること。

 それだけで、もう十分だった。

 他はどうだっていい。

 

「ユリアス!!!」


 あと一歩で父の胸に飛び込める距離。

 背後から、誰かが叫ぶ声がした。



 







 


 














 



 



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