小麦泥棒再び⑥
「あの……えっと……」
「二日酔いなのだから、無理するな」
そう言いながらユリアスに一切れのパンと水筒を渡し、さっさと食堂から出て行った。
親切な人だなぁ、と受け取ったパンをかじりながらユリアスは思った。
「出発するぞ。5分後に関所の門前に馬に乗って集合!!」
副隊長の声とともに、騎士達は急いで食堂を後にした。
ユリアスも急いでパンを平らげ、もらった水筒と荷物を持って、食堂を後にした。
昨日の雨の名残で、あたりは霧に包まれ、ひんやりとしていた。
天気はいいとは言えないが、雨は幸い降っていない。
雨がまた降る前に早く出発して、任務を完了したいと誰もが思っていた。
「このまま何もないんじゃないか?」
「どうで、小麦を横流ししたのを泥棒のせいにしているだけだろ……ほとぼりが冷めたからって、油断したんだ」
「そうだよな。今のところ山賊とか怪しい者も見かけないしな」
「山賊なんて今時いるのか? 聞いたとこないぞ?」
「わからんぞ? 農民と山賊がグルなのかもしれん」
「お前ら、うるさいぞ! 気を引き締めろ!出発する!」
隊長の号令で、二列に並んだ隊がゆっくり出発する。
真ん中に位置するユリアスも、馬をゆっくり前へ進めた。
(いつになったら、この任務から解放されるのだろうか……あのうつけの皇子、すっかり忘れているんじゃないのか?)
ズキズキ痛む頭を抱えながら、ユリアスは列を乱さないよう馬を走らせる。
昨日の雨のせいで、視界は良くなく、地面がぬかるんでいるので、気を抜くことはできない。
しかし、二日酔いがユリアスの集中力を軽減させる。
「水をちゃんと取れ」
横から、あの騎士がまた声をかけてきた。
「あ、はい」
手綱を片手に持ち替え、横にかけていた水筒を取り出し、水分をとる。
その間、じっと横から彼は見てくる。
(昨日から監視されているような……なんだろう、この感じ……)
親切なのだが、さすがにちょっと気になる点が多い。
どこかで会ったことがあるのだろうか?
それとも、誰かに頼まれて……?
「あの! えっとレイフォード殿は、その……誰かに僕のことを頼まれているのですか?」
「何のことだ?」
「いや、なんか親切にしてもらっているので」
「頼まれたわけじゃない、ただの監視だ。ちゃんと逃げずに任務を全うしているか」
「監視ですか……一体誰から?」
「そんなの決まっているだろう?」
質問返しにあい、それ以上追求できなくなったユリアスは、う〜むと黙って考え込んだ。
自分を監視したい人といえば、真っ先に浮かんだのは、あのうつけの皇子だが、監視するなら使いを出して、報告書の一つでもよこせと命じればいいだけのことだ。
皇子よりも、身売り先のお頭あたりが怪しい。
せっかく借金の肩代わりに得た労働力なのだから、そう易々と逃げられるのは困るはずだ。
そして、ユリアスが騎士団の中で何かヘマをしてしまった日には、責任を取らなければいけない。
そう考えると、身売り先のお頭の誰かの指示が妥当だろう。
(はぁ……誰でもいいから、この状況から助けてほしい……)
王宮に使わされなければ、今頃のんびり家でゴロゴロしながら本でも読んでいただろう。
誰からの目を気にすることなく、平和な毎日を送っていたに違いない。
ユリアスは現状とはかけ離れた遠い日常に想いを馳せた。
森の奥深くへ進むにつれ、だんだん霧が濃くなっていく。
と、同時にどこからか甘い不思議な香りが漂ってきた。
(あれ、おかしい……こんなに走っているのにまだ森を抜けないなんて)
もうかれこれ半日近く馬を走らせているのに、森を抜ける気配がなかった。
ラジ先輩からもらった地図を取り出し、道を確認してみるが、やはりこの森は迷うほど広大ではなく一本道だった。
「あの、やっぱりこの道おかしくないですか?! もう半日も走っているのにまだ森を抜けないなんて−−−」
そう言いながら、斜め後ろを走るレイフォードに声をかけようと体をねじると、後ろには誰もいなかった。




