小麦泥棒再び⑤
ガシャン−−−−−−
ユリアスが呪文を唱えるや否や、一瞬にして瓶が粉々に砕け散り、テーブルの上へ破片が綺麗に刺さった。
激しく割れたのに、誰もガラス片を受けることはなかったが、ユリアスの手からはボタボタと赤い血が流れ、テーブルへ滴っている。
「お、おい……なんだ……今の……」
「瓶が勝手に割れたぞ……」
「嘘だろ?」
「なんか仕掛けがあるんじゃ……」
「もう一度見せろ!! これじゃ、ほんとか分からないじゃないか!!」
「そ、そ、そうだ!!もう一回!!」
せっかく静まり返ったのに、再びコールが。
ユリアスはのせられて気分がいいのか、「じゃ、こんどはぁ、ちがうのやりま〜す!」なんてネタになりそうなものを探し始めた。
手の怪我は気にしておらず、ポタポタと床にも血痕が落ちていく。
ふらつく足で隣のテーブルへ行こうとした時、勢いよく腕を掴まれ、引き寄せられた。
その反動で視界がぐらつき、本格的に目が回り、足を滑らし倒れこむ。
「はれぇ?」
「もうやめるんだ……大人しく寝てろ」
「うぐっ」
抱えられた体制で、首筋あたりを手の甲で叩かれ、ユリアスは動けなくなった。
お酒の酔いと、叩かれた衝撃で自分の体が自分のものではなくなり、この男を振り払うことすらできない。
男はユリアスの両足に手を回し、抱え上げ、スタスタと歩いていく。
「おい、お前、これから面白いところなのに! 坊主を置いてけ!」
「そ〜だ、そ〜だ。これからが面白いのに!」
「隊長、さすがにこれ以上は明日の捜査に支障が出ます。万が一、馬が暴れた時はあなたが、どうにかしてくださるのですか?」
「それはだな……」
「ぶどう酒もこんなに開けて……。今夜は、『何も』なかった。それでいいですよね?」
「……ああ、そうだ。何もなかった」
「お先に失礼します」
騎士の制服を着た男は、一礼し、ユリアスを抱え食堂を後にした。
「大事な手を、あんなことで傷つけて……」
抱えられたユリアスは、スースー寝息を立てて眠っていた。
その寝顔を見たら、男の怒る気は失せ、代わりにため息に変わる。
宿舎のベッドにユリアスを寝かせ、隣の部屋から救急箱を持ってくると、ベッド横のろうそくに火を灯す。
ガラス片が手のひらに刺さっていないことを確認すると、慣れた手つきで消毒をし、止血のためのガーゼと包帯を巻いた。
「ん……」
傷がしみるのか、ユリアスは腕を強張らせたが、起きる気配はなく、寝返りを打とうと上半身をねじった。
「明日は間違いなく二日酔いだな……」
男は再び隣の部屋に行き、水の入った水筒を持ってきて、寝ているユリアスに無理やり飲ませ、使った薬品等を救急箱にしまい、ろうそくの火を消して、静かに部屋を去った。
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「イタタタ……」
朝目覚めると、ものすごい頭痛と、ズキズキとした手の痛みが走った。
おぼろげな記憶を呼び起こし、やってしまった……と自責の念に襲われる。
「おい、起きたか、坊主。早く支度しろ! 出発だ」
「はい……」
気づけば周りのベッドは空で、部屋にはユリアス一人だけだった。
急いで顔を洗い、部屋を出ると、一人の騎士が立っていた。
その騎士は短髪黒髪でユリアスよりも背が高く、体格もがっちりしていて、ユリアスが理想とする体型だった。
「大丈夫か?」
「えっと……大丈夫です。すみません。ご迷惑をおかけしたんですよね……本当に酒には弱くて……」
目の前の騎士が何者かはわからなかったが、おそらく何かしら迷惑はかけているだろう。
ユリアスは、深々と頭を下げた。
「大丈夫ならいい」
そう言い残し、その男は去って行った。
起きた時は気に留めてなかったが、右手には綺麗に包帯が巻かれていた。
(あの人が手当をしてくれたのだろうか……?)
ユリアスも彼の後を追う。
「お〜! 坊主、昨夜は楽しかった。俺ら的に考えたんだが、お前、あらかじめあの瓶にヒビを入れてたんだろ? ちょっとの力で割れるようにさ」
「それか、誰かと組んで瓶を射抜いたとか?」
「え……あの……」
食堂に入るなり、騎士のメンツが肩に腕を回し、何やら種明しをしろと、せがんでくる。
ユリアスは何のことか、さっぱりわからない。
大量のぶどう酒を飲まされたことは覚えているのだが、自分が何をやらかしたのかは、これっぽっちも思い出せないのだ。
「昨日……僕……なんかしましたか?」
「覚えてね〜のか?! お前、みんなの前で魔法みたいに一瞬で瓶を割ったろ?!」
ユリアスの顔から血の気が引いた。
やっぱり、派手にやらかしていた。
それも、この多人数の前で。
(どうやって誤魔化せば……)
ユリアスは一瞬パニックに陥った。
再び自分の頭から記憶を引っ張り出そうと試みるが、もちろん出てくるはずもない。
「もったいぶんなよ〜!? 隊長も知りたがってたぞ」
「えっと……それは……そうですね……」
はじめに言われた、瓶にあらかじめヒビを入れておいた案を採用することに決め、口裏を合わせようとしたちょうど、その時−−−−−−
「俺が射抜いたんだ。飲み会の前に一発派手にやろうって、こいつに頼んで」
背後から低い落ち着いた声が聞こえた。
「何だ……レイフォードとぐるだったのかぁ〜」
「本当の魔術かと思ったぜ。おどかせやがって!!」
「なんだよ……つまんね〜な」
この話はやめやめ、というように一気にユリアスに群がっていた騎士が去って行く。
ユリアスはレイフォードと呼ばれた騎士を見た。
(さっきの……)
その男は、先ほど部屋で「大丈夫か」と聞いてきた黒髪の騎士だった。




