市場③
ユリアスは命じられたままに、馬屋に散らばる藁を先端が4つに割れている農用フォークを使ってかき集めていく。
馬屋に繋がれている馬は特に暴れる様子はないが、どことなく元気がない。
ユリアスは馬用の餌をバケツから掴み手のひらにのせ、焦げ茶の馬の前に差し出したが、馬は差し出された餌に目もくれず、首を落としたまま。
隣の馬にも同様にしたが、どの馬も餌を食べようとはしない。
「どうしたんだ……。どこか具合でもわるいのかい?」
ユリアスは優しく馬の額を撫ぜると、馬がブルブルと首を振り始めた。
慌ててユリアスも手をひっこめ、どうしたのかとじっと見つめる。
一応警戒しながら、馬をつないでいる紐がしっかり結ばれていることを確認していく。
虫でも飛んでいるのかと首を傾げながら、馬の様子を観察していると、いきなり背後から突風が襲ってきて、辺りの藁をぶちまけた。
その風と共に、甘ったるい不思議な香りがどこからか流れてきて、思わず高貴な身分の女性が近くに現れたのかと背後を振り返る。
「あれ? 誰もいない……。きのうせいか……? でも確かにこの場には不釣り合いな香水のような匂いがしたんだけど」
ユリアスは馬屋に散乱した藁を再び集めるために、フォークを握りながら、周囲をもう一度見回すが、やはりそのような女性はいなかった。
「おい、小僧! ちゃんとやっとるのか?!」
「ちゃんとやっていますから、安心してくださいって!」
ユリアスはガシガシと地面にフォークをさしてを藁をかき集めた。
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「あ~疲れた……」
仕事からやっと解放されたユリアスは、物置部屋の一角の簡易ベッドに仰向けになった。
簡易ベッドはその名のとおり、干し草の上にシーツ代わりの白い布を引いただけのものなので、ユリアスが寝っ転がると下に沈む。
寝がえりを打つのにも一苦労だが、地面に直で寝るよりもいい。
こんな生活がいつになったら終わるのだろうかと、ユリアスは毎晩補修だらけの天井を見上げ思った。
あの皇子に身売りされてから二週間が経過したが、皇子からは何の連絡もなく、自分の存在のことなんかすっかり忘れ去られているようだった。
皇子に仕えた日数よりも、ここで働いた日数の方が多くなりつつあったので、ユリアスはこのまま自分はここで一生を終えるんじゃないかすら思い始める。
そう、ユリアスは小麦泥棒の手がかりを見つけられないままなのだ。
きっとそれはあの皇子も同じ。
何か分かれば市場が騒ぐだろうから、すぐユリアスも気付くはずなのだが、ここのところ市場は奇妙なぐらい静けさを保っていた。
というのも、王宮もとい、武道家から派遣された騎士によって市場の警備が強化され、世間話すらしにくい環境が生まれていた。
騎士だけでなく、商導家から派遣された役人も市場を巡回し、茶々入れをしてくる。
品物を届けに来た商人や農民は、このピリピリした空気に恐れおののき、さっさと用を済ませて帰っていくので、市場周辺の飲食店は軒並み不況に陥っているそうだが、騎士たちが出入りするようになってからというもの、一件も小麦泥棒は現れていなかった。
さすがに、この状況下で小麦を盗める強者はいないだろう……
だれもがそう思って、すっかり安心しきっていた矢先――――
「おい!起きろ坊主!!」
眠ったのもつかの間、いきなり叩き起こされ、ベッドから転げ落ちた。
夜勤だったユリアスが、床に就いたのはその日の早朝だから、眠くて眠くて堪らない。
床に落ちたユリアスは、眠気眼をこすりながら、一体何だと声の主を睨みつける。
日の出とともに光が差し込むこの小屋はかなり明るいが、寝起きの悪いユリアスの視界はぼんやりしたまま。
「おい、いい加減目をさま――」
その人物がユリアスに再び手を伸ばした瞬間、その手を掴みひねりあげながら、肩を視点にし壁に向かって投げ飛ばした。
それはほんの一瞬で、ものすごい音と共に叫び声が、狭い小屋の中に響き渡った。
「イテぇ――――――」
「あれ? ラジ先輩、一体何なんですか……」
「おい、何なんですかじゃねーだろ! イタタタ……投げ飛ばしやがって! 寝ぼけてる場合じゃないぞ、 身支度して早くこい。お前、馬は乗れるんだろう?」
「……乗れますけど……まだ勤務時間外です」
「お前――どの口がそんなことを言える!? これはお頭の命令だ!」
「だから、何があったのか説明して……もらわないと……こっちだって……」
ユリアスはそう言いながら、むにゃむにゃと再び、掛布団とはとてもいえないボロきれの布にくるまった。
それをひっぺはがしながら、ラジはユリアスの右頬を力いっぱい引っ張り、吠える。
「いいから、来い!! また小麦泥棒がでたんだ」
「そんにゃの……どうひゃっていいし……」
頬をつままれたままユリアスは、目をつぶりながら答える。
「おい……お前、ほんとに寝起き……悪いんだな……」
そう言い残し、ラジは小屋から出て行った。
そして、しばらくたたないうちに、たらいを持ってやってきて、その中身を勢いよく、バシャリ――とユリアスにぶちまける。
それは彼の無言の仕返し。
ユリアスの簡易ベッドは水でぐっしょり濡れ、ユリアスの髪からも水か滴った。
濡れた前髪をかき分けながら、ユリアスは顔の水をぬぐう。
「これで目が覚めただろ? よかったな、顔を洗いに行く暇も省けてよ」
「――――――服を乾かす時間が必要になりましたけどね!」
ユリアスは、くそ~また巻き込まれるのか~と心の中で悪態をついた。




