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市場①

 (なんでこうなるんだ―――?!)


 ユリアスは、ガンガンと金づちに怒りを込め、木の板を丸太に打ち付け、開いた穴をふさいでいく。

 

「お前、意外と力あるんだな。こっちも頼むぞ」

「はい……」


 頭にハチマキを巻き、腹に腹巻をした中年の大男がユリアスに言い放った。

 ここは、商品が税として納品されるために軽量される場所――そう、小麦泥棒事件のあった問題の市場の一角だ。

 

 あれから、ユリアスはやくざ風の男に強引に馬車の荷台に詰め込まれ、ここに送り込まれた。

 ちょっとはあの皇子を信用できるかと思ってきたら、また崖から突き落とされた。

 このまま、あの皇子に仕え続ければ身が滅ぶ――ユリアスは馬車に揺られながらそう思い、なんとかして脱出する方法を考えたが、下手に動くと身元が割れ、魔導家の名に傷をつけてしまう。


 脱出するか、おとなしく言う通りにするか――

 魔導家の名のもとに二つを天秤にかけた結果が、この有様だった。


 結局、あの皇子は『魔導家』というユリアスの弱みを握って、自分をいいように動かしているだけなのだと、ユリアスは改めて自分の胸に刻む。


 自分の目的の為なら手段を選ばない――

 使えるものは使う。


 恐ろしさと、残念さと、そして、笑いがこみ上げてくる。

 

(考え方は似てるな……)


 打ち終わった板をはめ込み、ユリアスは立ち上がった。


 ここは市場なだけに、いろんな人が行き交い、とても活気があった。

 ユリアスのいる計量場の事務所はだだっ広い平屋になっていて、長机の前には赤い掛け帯をした役人と緑の掛け帯をした男が二人一組で座っている。

 その役人のペアは全部で5組。

 総勢10人で、東領から持ってこられた特産物や農産物をチェックしていく。

 赤い掛け帯をした役人が、計量が終わった帳簿を農民から回収し、役所の本帳簿に収穫高を記帳。

 そして緑の掛け帯をした役人が、間違いがなければサインと印を押していくという、しっかりとしたダブルチェック体制をとっていた。


 (ここで不正を働かすのは難しそうだな……あの役人も見たところ商導家の者だけじゃなさそうだし。)


 役人の掛け帯には、それぞれ出身の領地のバッジがつけられている。

 どうやら、公平性や信頼性の証として、ペアの二人は違う出身地だということを示すためにつけられているようだ。


 ユリアスがそんな光景をぼんやり眺めていたら、後ろから勢いよく頭を叩かれた。


「いてッ!!」

「なにぼーっと突っ立っとるのじゃ! お前は身売りされた身だろうが! さっさと働け!」

「ここは終わりましたって! 次の仕事を聞きに行く途中だったんです」

「お……そうなのか。えらい速いじゃねーか? 手ぇ抜いてやったんじゃ、ただじゃすまないぞ!!」

「ちゃんとしましたよ。なんなら、打ち付けたところ確認してくださいよ」


 大男はユリアスが打ち付けた床板と、雨戸を確認すると、「まあまあだな」と首を縦に振った。

 そして、左手に持っていた紙袋をユリアスに放り投げた。


「とっとと食え! まだやってもらうことはたくさんあるからな! 食い終わったら馬屋へ来い」


 そう言い残して平屋から去っていった。

 ユリアスはため息をつきながら、その辺の木箱に腰かけ、紙袋をあけた。

 中には硬そうなパンが二つ。

 食事にありつけるだけましだ、と思いながら一つ取り出し小さくちぎり口へ運ぶ。


「あれ? どこかで見た顔だと思ったら、ユリアス坊ちゃんじゃ――」


 一人の役人がユリアスの前に立ち止まるなり、能天気な口調で話しかけてきた。


 ユリアスはとっさに――「あ! こんなところに虫が――」と、思いっきり役人の背中を勢いよく叩いた。

 不意打ちを食らった役人が、いてぇ! と声をあげ、その場にしゃがみ込むと、すかさずユリアスもしゃがみ込み「ちょーっと、黙っててもらえますか? ワトソンさん?」とにこりと笑った。


 さすがに、こんな目立つ場所じゃまずい……

 ユリアスは目立たない平屋の奥の小道に誘導し、口止めを図った。


「まさか、こんなところでユリアス坊ちゃんにお会いするとは夢にも思いませんでしたよ。ラザフォード殿下の側仕えとして、宮中に上がったと伺ったのですが……」

「まあ、色々あってここにいるんです。この場で僕の身分がバレると色々面倒なので、黙っていてくれますか?」

「それは構いませんが……大丈夫ですか?その顔……もしや、武導家の用心棒たちにやられたんじゃ」

「これは違います。ここでじゃなくて、宮中ですから。それにこの方が顔が隠れていいかと」

「いや、かなりそれ目立ちますよ。私じゃなくとも、坊ちゃんのことを見てしまいますよ」


 確かに、眼帯をした少年というのは特徴がありすぎるが、怪我をしている者を手荒に扱う人はいないのもまた事実。

 市場は役人も多いが、下働きとして働く強面の人たちがわらわらいる。

 少しでも調子に乗ったら、完全に彼らの餌になり、どこへ身売りされるかわからない。

 一応ユリアスの身の上を心配して、あのうつけの皇子は眼帯をしばらくつけていろと言ったのか?


 真相は闇のまま、聞くに聞けないこの状況に、ため息しか出ないユリアスだった。


 



 




 


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