華街①
「殿下~ちゃんと説明してください! 一応僕は未成年で――――」
「だからなんだ。大人の世界に踏み込めてうれしいだろう?」
目の前のラザフォードは、皇子とは思えない簡素な格好で、すたすた前を歩いていく。
いつもの艶やかな生地で仕立てられた上着と絹のシャツや飾りなどは一切身に着けておらず、腰に剣を携えただけ。
ユリアスもまた同じような簡素な格好で、一見すると貴族の坊ちゃんではなく、どこでもいそうな村の坊主姿だった。
そして、いつも皇子の護衛をしているカイルは、今日は一度も見えない。
主曰く、別件を頼んでいるとのこと。
しかし、王都内にあるとはいえ、ここは城外。
護衛を一人もつけずに出歩くなんて、侍従長が聞いたら発狂するに違いないのだが、皇子は慣れたように、庭園の奥にある蔦が生い茂った壁にある小さな扉を探し当て、器用に鍵を外す。そして、巡回している騎士たちに気付かれないよう城からさらっと抜け出した。
(なるほど……いつもこうやって城を抜け出しているのか……)
時刻は日が暮れ始めた夕刻。
辺りが夕日のオレンジ色で染まっていき、華街の街頭の一つ一つに明かりがともされて、とても幻想的な雰囲気に包まれ始めていた。
華街と呼ばれるこの場所は、酒場や賭博屋、そして遊郭が連なっている、いわゆる大人の街。
こんな場所に、なぜ自分を連れていくのか訳が分からないまま、ユリアスは早歩きで主の後を追う。
そんなユリアスが午前中、何をしていたのかと言うと、ひたすら初日と同じように書庫に本を返しにいったり、書類を取りに行ったり、花に水をあげたり−−−ただ言われた雑務を決められた時間内に淡々とこなしていただけだった。
むしろ、怪我の心配をされ、ちゃんと医務室へ行くよう指示まで受けた。
昨日のユリアスが辞めたいと皇子に直訴したのが効いているのか、今日は朝から無理難題を突きつけてくる気配はない。
城内を雑務で駆け回るユリアスとは対して、皇子はめずらしく、机に向かい何やら考え事をしている様子で、部屋に籠っていた。
これは好機だとばかりに、入れ替わり立ち代わり、侍従長や官僚たちが地方からの意見書やら、宮廷で行われる夜会の予定確認に出入りするので、ユリアスは、華街の件や昨日の目安箱の儀の件について話したくとも、主には近づけなかった。
だから、明日華街へ行く予定は、殿下の冗談だったのだな……と太陽がちょうど傾き始めたころ、思い始めていた。
しかし、言ったことを冗談だと終わらす皇子ではない。
ユリアスが本日二度目の書簡を受け取りに行く直前――「ユリアス、出かける準備をしろ!」と、いきなり簡素な服を投げつけられた。
――――そして、今にいたる。
「殿下、一体なぜ華街なんですか? ってか、護衛もつけずに一人で出歩いちゃ危ないです! うわっつ!」
すたすた歩いていたラザフォードが、急に振り返ったため、ユリアスの顔がラザフォードの胸にぶつかる。
「外では殿下と呼ぶな……『若様』だ。いいな?」
「はい。若様」
そして、再び若様は振り返りすたすたと歩き始める。
ユリアスの質問は完全にスルー……
このまま本当についって行って大丈夫なのだろうか……
前を行く男は鼻歌なんか歌っているのに、ユリアスの心は沈む一方だった。
「ついたぞ、ここだ」
そう言いながら、若様は一軒の酒場で止まった。
そこはどこにでもありそうな、大衆向けの酒場だった。
まだ夕暮れ時なのに、ずいぶんお客でにぎわっている。
酒を酌み交わす者は、兵士の身なりをした者や、商人っぽい人まで、かなり色々な客層を取り込んでいる。
一体ここに何があるのだろうか……
ユリアスは眉をしかめながら、周囲をキョロキョロと見回した。




