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目安箱⑤

 なんだか、面倒なことになった。

 

 ユリアスは百合の間から出るやいなや、一人静かに落ち着ける場所に向かう。


 ただ側仕えとして、殿下に仕えるだけでよい――


 そう言った父上の言葉を純粋に信じたわけじゃなかったが、まさか大きな勢力争いが自分にも降りかかってくるとは思いもしなかった。

 なにせ、側仕えは自分の他にもたくさんいると思っていたのだ。

 せめて、宮中の内情についてもっと知ってからここへ来るべきだったのに、なぜ父上は肝心なことは何も言わなかったのか――――?


 ユリアスの頭は疑問符でいっぱいになりすぎて、今にも爆発しそうだ。

 そんなことを思いながらも、ユリアスは誰も責められないことは重々わかっている。

 すべての元凶は、自分が情報を得ようとせず、受け身の姿勢だったこと。

 少しでも真剣に考えていたら、こんなことにはならなかった。


(だから嫌なんだ……こんなところ……僕には合わない……父上との約束は果たされたし、さっさと辞めよう)


 今日一番大きなため息をつきながら、静かな音を立てて流れる小川を見つめた。

 ユリアスがいるこの場所は、東宮のはずれにある、小さな庭園の東屋だ。

 こじんまりとしたこの庭園に、人影はない。

 

 みんな口を揃えて賢者、賢者って……賢者探ししかやることがないくらい皆、暇なのか……?


「賢者、賢者って……殿下を即位させないための口実のようにしか思えない……」

「その通りだよ、ユリアス」


 はっとユリアスは顔を上げ、声の主の顔を見つめた。

 

「い、いつから……そこに……」

「お前がここへやってきた時からだが?」


 全然気づかなかった。

 殿下が刺客だったら、間違いなく背後から刺されている。

 同じことをラザフォードも思ったようで、「おまえ、東宮だからといって気を緩めすぎだ。そんなことじゃ、命がいくつあっても足りぬぞ?」と、呆れた顔で言った。


「で、なぜ、すぐさま報告に来ないのだ?」

「……それは、その……色々疲れて、頭が回らなくて、ちゃんと報告ができないと思って……」

「当主たちに、コテンパンにされたわけではないだろう?」

「そうですが。あの、殿下」


 ユリアスは立ち上がり、自分の主に向き合った。

 そして、思い切ってずっと考えていたことを口にする。


「殿下の側仕えを、辞めさせていただきたいです。僕は側仕えに向いていません。雑用だけならともかく、あのような場に出させられるなんて、僕には荷が重すぎます。それに――――」


 ユリアスは、急に言葉を詰まらせた。

 静寂が二人を包む。


「それに、どうした?」


 ラザフォードが、腕を組み直しユリアスの言葉を促す。

 その表情は怒っているわけでも、呆れているわけでもなく、どこか遠くを見ているような、そんな顔だから、ユリアスは余計に言いづらかった。


 でも、ここまで来たら全部吐き出さないと――――ユリアスは、勇気を振り絞って告げた。


「僕には『賢者』を見つけることができません。だから、あなたを助けることができないと思います。僕をクビにして、他の側仕えを――」

「断る」

「は?」

「誰が、賢者探しをしろと言った? お前、ちゃんと人の話を聞いていないのか? 私はお前に、目安箱の儀に代理で出席し、帳簿に一言も逃さずに書き尽くすよう命じただけ。お前はそれができなかったのか?」

「それはちゃんと……この通りに」


 ユリアスはすかさず、青い帳簿を開いて見せる。

 そこには、さっきの儀の内容がびっしり書いてあった。


「それで結構。賢者探しをしろなどと、私は言っていないのだから、何も考えなくてよいのだ。誰に何を言われたかは見当がつく。お前は私の言葉だけ信じればいいのだよ。私の言っていることはわかるかい?」


 澄んだ青い瞳が、ユリアスを捕らえて離さない。

 意外な言葉にユリアスは、すぐさま言葉を返せなかった。


「賢者を探せとは言ってないが、周りの動きには敏感に動いてもらいたいのだ。もし他の者が先に見つけたら、厄介だからね」


 厄介だというわりに、その口調はのんびりとしたものだった。

 ユリアスは目の前の男に対し、首を傾げる。


 本当にこの人は、皇帝になる気があるのか?

 賢者を探す気は無いのだろうか?

 自分が思っている以上に、殿下は自分が置かれた状況に先手を打たれているのか?


「あの……殿下は賢者の見当がついているのですか? だから、そんな余裕なことを言っておいでなのですか?」


 ユリアスは、眉をひそめて主に問う。

 そんな主はさっきまでユリアスが腰かけていた場所に腰かけ、ゆったりと足を組んだりしている。

 

「お前は周りから『賢者』について何を聞いたんだい?」

「えっと……賢者の持っている『聖剣』があれば、だれでも賢者になれると伺いました」

「誰でもっていうのは語弊があるが、まあ皇族の血を引くものならなれるな。そういう意味じゃ、シュナイゼルと私は今同等の立場にある。今のままじゃどちらも王座にはつけないからね」


 ユリアスはじっとラザフォードの瞳を見ていたが、気まずいことを聞いてしまったと視線をそらせた。

 さあっと二人の間に生暖かい風が吹き抜けていき、ラザフォードの金色の髪が揺れた。


「お前の質問に戻るが、賢者の見当なんて私がついているわけがなかろうが。見つけていたらさっさと王座を勝ち取るよ。今の私には賢者を探す時間なんてないよ。一日が24時間しかないなんて、困ったものだ。そう思わないか?」

「そんなこと思ったことはないんですけど。ってか、何をしていらっしゃるんですか? 風の噂ではもっぱら、殿下は華街に出かけていると――――」

「あながち間違っていないよ。明日はお前も一緒にいこう」

「はっ?」

「色々と勉強になるし、お前にはちょっと極秘任務を頼みたいのだ」


 ふと自分の辞職願いはどうなったのかと疑問に思ったが、胡散臭いその笑顔にまんまと乗せられてしまったユリアスは、差し出された手を思わず握り返してしまったのだった。


 







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