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目安箱③

 ユリアスの座っている場所から、3メートル先の右側に構えている議長が淡々とした口調で、民衆からの訴状そじょうを読み上げていく。


「5月20日、武道家の領地の農民ダル・ミゲイルが、銀貨5枚に相当する小麦を市場に持って行きましたが、実際市場に着いたときには、家を出た時より小麦が減っており、銀貨3枚分の小麦になりました。村を出る時にはちゃんと役人が軽量し、帳簿にも銀貨5枚の記述がされていて、それには不正らしきものは見当たらない上、道中で盗賊などに遭遇し、小麦を奪われた記憶もないとダル・ミゲイルは申しております。また、市場へ行く道中には関所が一か所あり、そこには武家の武人が関所や道を管理しておりますが、不審者の報告は上がっていないとのことです。ここにいるダル・ゲイルだけでなく、このようなことがほかにも9件報告されております。以上が訴状内容でございます」


 読み上げ終わった議長は、民衆を見つめ、「代表ダル・ゲイル前へ」と言い放った。

 呼ばれた男は「は、はぃ」と緊張のあまり情けない声をだしながら、勢いよく立ち上がると、右手と左手を同時に出して発言場へと歩いていく。


 呼ばれたダル・ゲイルという男は中年のひ弱そうな男で、身なりもそんなに良くはなかった。

 よい暮らしはしていないことは、火を見るよりも明らかだ。


「そなたの意見を述べよ」


 議長がダル・ゲイルに発言権を与えると、ダル・ゲイルはおどおどしながら、口を開いた。


「こ、このような貴重な機会をお、お与えいただき、まことにありがとうございます。ここに来られただけでもわたくしめは」

「早く要件を言え!」


 グレゴリオ卿が吠え、ダル・ゲイルはびくっと体を震わせた。

 ただでさえこのような場で緊張しているのに、いきなり吠えられたら言いたいことも言いだせない。

 ユリアスは目の前の男に同情した。 


 グレゴリオ卿は短気な男で有名で、まどろっこしいことは嫌い。

 今日の参加の領主がグレゴリオ卿だったのは、彼にとって不幸だろう。

 ユリアスは、心の中でご愁傷さまとつぶやく。

 しかし、ダル・ゲイルは頑張って、のどからかすれた声を絞り出し、言った。



「わ、わたくしたちは、穀物泥棒の調査を依頼したく、この場に参りました。 このままでは、せっかくとれた作物がどんどん奪われてしまいます。生活ができなくなります……」

「しかし、お前、盗賊にあったわけではないのだろう?! どうせ、帳簿のつけ間違えか、お前たちの誰かがくすねたのだろう」


 まだ少ししか話し始めていないのに、いきなりグレゴリオ卿に噛みつかれてしまい、ひぃっつと声をあげながら、ダル・ゲイルは体を後ろへそらせた。

 そのまま口を閉ざすかと思いきや、自分の後ろに座っている仲間をみるや否や、彼はありったけの勇気を振り絞ってグレゴリオ卿に食ってかかる。


「それはありえません! 何度も領地の役人に確認してもらいましたし、帳簿をつけるときは必ず、2人以上の立ち合いでつけておりますゆえ、つけ間違いもございません」

「それではなにか? 関所の警備に当たっている我が一族の武人を疑っているのか?!」


 グレゴリオ・ベルンハルト卿は、机を拳で叩き、勢いよく立ち上がった。

 今にもダル・ゲイルを掴みかかろうとしている彼を、ユリアスはとっさに止める。


「グレゴリオ様、落ち着いてください!! まだ話は途中ですし、とりあえず最後まで聞いてあげてください!」


 持っていたペンを放り出し、必死になだめるユリアスをじっと見つめ、グレゴリオは自分の椅子に座る。

 緊張の糸がピンと張り詰めたこの空間から、一刻も早く立ち去りたい……ユリアスは心から思ったが、目の前の民衆たちが、なんだか不憫に見えて助け船を出すことにした。


 ユリアスは右手を上げ、議長に発言権をもらう。


「ラザフォード殿下代行、ユリアス殿、発言を」

「はい。ダル・ゲイルさんに伺いたいのですが、どうして泥棒だと思うのですか? 誰かにとられたという記憶はないのですよね?」


 優しく質問するユリアスが神のように見えたのか、ダル・ゲイルは目を潤ませ、待ってましたとばかりに口を開く。


「確かに道中、盗賊にはあっておりません。でも、関所や市場で少し目を離した隙に盗まれた可能性はゼロではないと思っております。私の他に、9人も同じ目にあっておりますので、常習犯が近くにいることは間違いないかと」

「同じ目にあったのに、どうして関所や市場で監視をする者をつけなかったんですか?」


 ユリアスはペンを走らせながら、鋭い質問を返した。

 となりのグレゴリオ卿も「確かに」とつぶやく。


「つけました。被害にあってから、4人で市場に向かうようにしました。道中もちゃんと前と後ろに見張りを付けましたが……同じ目にあってしまって……それで……」

「4人もいて一体どんな警護をしていたのやら。武導家領主の民衆は警備の仕方も知らぬのか?」


 ずっと黙っていたウォルター卿が、嫌味口調で口を開く。

 それは、明らかに隣のグレゴリオ卿に喧嘩を売っている。

 せっかく大人しくさせたグレゴリオ卿がまたもや暴走するではないかと、ユリアスはドギマギしながら視線を彼らに向けた。

 

「お前、それ以上我が領主の者を侮辱したら、締め上げるぞ? 小麦泥棒はお前のところの市場の役人なんじゃないか? 商導家は昔からずる賢いので有名だからな」


 グレゴリオ卿は、ユリアスの隣に座るウォルター卿を睨みつけていた。






 

 



 

 

 







 


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