目安箱②
ユリアスは、帳簿と百合の間の席の配置がざっくり書かれた紙と白い台紙だけ持って、教会内部にある大会議室である百合の間へ向かった。
もちろん、壊れたメガネの代わりに、左目には眼帯、左頬に湿布を張ったひどい有様のまま。
誰も意識していなくとも、視界に入ってしまう姿なので、周りの視線がユリアスに刺さる。
ただでさえ、目立つのが嫌いなのに……ユリアスは背中を丸めトボトボと歩く。
百合の間は、その名のとおり金で縁取られている真っ白な扉に、美しい百合の花が描かれていていて、扉の両サイドには教会付き騎士と、侍女が控えていた。
ユリアスは言われた通りに身分証を彼らに見せ、ラザフォード殿下の直筆の代理書を渡すと、侍女が「お待ちしておりました」と深々と一礼し、ユリアスを部屋へと案内した。
こんな姿なのに案外すんなりと入れたことに驚きつつ、通された部屋を進んでいくと、再び大きな扉があり、侍女が再び一礼し、静かな口調で目の前の門番に告げる。
「殿下の代理の側近ユリアス様がいらっしゃいました」
そして、ギイイ……と鈍い音と共に重い扉が開かれると、そこには立派な椅子と机が、孤を描くように並べられて、その中央に5席ほど椅子が用意されていた。
中央の椅子にはすでに簡素の身なりをした男3名が拳を両ひざに握り、じっと身構えている。
かなり緊張しているのか、顔はこわばっており、彼らの背中からもその緊張が伝わってきた。
それはそうだろう、民衆の身分でこんな場所に来られるなんて、一生に一度あるかないかの貴重な機会なのだから……
ユリアスはそんな彼らを横目で見つつ、自分の席を探す。
「ユリアス様、こちらへおかけください」
「あ、はい……」
指示された席は、主が言う通り、やはり中央の真ん中の席。
この会議室の上座で、本来ならラザフォード殿下が座るべき場所になぜか今、自分が腰かけているなんて、ほんとに夢なんじゃないかと思うくらい。
目の前の民衆が緊張しているぐらいに、ユリアスもまた緊張し始め、手に汗がにじんだ。
(しっかりしろ……ちゃんと最後まで聞き届けて、さっさ仕事を片付けてやる――)
ユリアスは、それだけ考えるように努めて、怖気づく自分を奮い立たせた。
帳簿に挟んである付箋のページを開き、用意された琥珀色の万年筆を握る。
ふう……と息を吐き、周りを眺めていたら、突然右から声を掛けられた。
「そなたが8人目の殿下の側仕えかい?」
首をひねると、声の主と目が合った。
その瞳は美しい翡翠色。
銀の腰ぐらいまである長い髪を一つに結わえ、切れ長の目元。
その姿に一瞬、女人かと間違えそうになったが、座っている位置から判断すると、彼こそが若くして商導家の当主の座についたウィルター・ナイトレイ、その人だった。
ユリアスは、速くなる鼓動を悟られない様、一字一句ゆっくりと述べる。
「はい。ユリアス・ヴィーゼントと申します、ウォルター卿」
「そなたがいるということは、ラザフォード殿下は来ないということか。甘く見くびられたものだな、目安箱の儀も。そう思わないか、武導家当主」
「民衆と意見を交えることができる唯一の場をないがしろにするとは、次期皇帝としての自覚があるのかないのか。まったく、先行きが不安だ」
ユリアスの左に座る、低い太い声で唸るように言うその男は、武導家当主グレゴリオ・ベルンハルト。
武道の世界で彼の右に出る者はいなく、アストラス帝国の軍事の実質トップの将軍。
下手なことを言ったら、明らか握りつぶされそう。
絶対に怒らせたりしない様にしないと……ユリアスはごくりと唾を飲み込む。
「おい、お前。その怪我はなんだ? この場にそんな恰好してきおって」
「申し訳ございません。わたくしがあまりにもドジで、間抜けなので、その……」
「見るからにお前は貧弱そうだ。ちゃんと飯は食ってるのか?え? あの殿下の元でちゃんと働けているのか?」
予想外の質問に、ユリアスはどう返事をしたらいいか困惑した。
思ったよりも、怖くない人なのかもしれないが、気を緩めてはいけない。
ユリアスが口を開こうとしたその時、ウォルター卿が口をはさんだ。
「ちゃんと働けていたら、このような格好にはならないのでは? かわいそうに、まだ小さいのにこき使われて」
「……いえ、こき使われているわけでは……」
(いや、実際にこき使われたのだが、この怪我は殿下のせいではなく、自分のせいというか、アンタのところの坊ちゃんのせいだ!小さい言うな!)
ユリアスはそう叫びたくなったが、それは自分の中でとどめておく。
――――バタン
大きな扉が締め切られ、侍従長が青いローブを身にまとった議長を連れてやってきた。
議長は自分の定位置につき、会式の言葉を述べる。
ユリアスはじっとその言葉に耳を傾けながら、これから何が起こるのか神経を研ぎ澄ませた。




