カデトラル⑤
「なぜ私が『賢者』を知っていると思うのか?」
「なぜって、お前自身がよくわかっているだろう? お前は、サキヨミの巫女の唯一の側仕え騎士。女人しか仕えられない神殿で、神職でないお前がなぜ側にいることを許されているのか? だれが考えても、答えは簡単にでるだろう?」
鼻で笑いながら、ハインツ・ナイトレイは続けて言った。
「お前自身が『賢者』なのでは? だからサキヨミの巫女は保護するために側においているのではないか?」
さーっと、扉から入った冷たい風が、本堂に駆け抜けて、ユリアスたちの髪を揺らす。
賢者だと言われた、ケインは動揺することなく落ち着いたまま、その鋭い眼差しをハインツ・ナイトレイに向け、笑みをこぼした。
「私が『賢者』だったら、お前なんかここに入れないようにしてやるよ。さっさと出ていけ!」
「おまえ――――よくも、ハインツ様をお前と呼んだな――――!!!」
大男の一人が拳を振り上げ、ケインめがけて振り下ろす。
同じように、もう一人の男も殴りかかる。
ケインは、彼らの動きが見えているかのように、すっと上半身を傾け、振り下ろされた拳をかわしていく。
その動きは軽やかで、まるでステップを踏んでいるかのよう。
その動きがまた男たちを逆なでし、さらに本気にさせる。
さすがにこんなところで喧嘩に巻き込まれたくない、と思ったユリアスは、止めに入るというか、抜け出そうと試み、そっと椅子をまたいでいく。
「お前らみたいな野蛮な奴が、この神聖な場所を汚すから国に災いがもたらされるのだ! 子どもはさっさと家に帰って母上にでも甘えてろ!!」
「お前――よくも――――!!」
「商導家も大したことないな。昔はもっとまともだったらしいが、これじゃ、すぐ衰退する」
「お前、何様なんだ! 一族を侮辱するなんて許さぬ――――!!」
大男が下から突き上げた拳を、ケインは寸前で体をそらしかわした。
拳が空を切り、そのまま前へ倒れ込んだ瞬間に、蹴りを加えようとケインは構えた。
が、背後にいた人物が、ケインに振り下ろされた拳を正面から顔で受け止め、ケインが振りあげた足もその人物に命中した。
――――――バタン、カシャっ――
とばっちりの拳と蹴り受け止めてしまったユリアスは、床に仰向けに倒れた。
それと同時に、かけていた眼鏡が吹き飛び、レンズが床に粉々に砕けた。
「おい! 大丈夫か!?」
ユリアスは、呼びかけられているのは分かったが、意識がしだいに遠くなっていった。
遠くなる意識の中で、なんでいつも自分はこうなんだろう……と叫んだが、声にすらならなかった。
********
ユリアスは昔から争いが嫌いだった。
特に自分のせいで父上とそのほかの親戚がもめるのは、心が張りさせそうになった。
だから、静かに、無難に、争いの種にならないよう努めてきた。
自分ではそう心がけていたつもりが、なぜか、こう争い事に巻き込まれるのだ。
母は「そういう星の元で生まれたのよ」と笑って慰めていたが、ユリアス本人としては、全然笑い事ではなかった。
それと同時に、神を女神をも恨んだ。
なぜ自分は静かに暮らすことが許されないのかと……
ぼんやりとした意識が、だんだんはっきりして、ユリアスはゆっくり瞼を開けようとしたが、思うように瞼が開かない。
意識がはっきりしてきたとたん、じんじんとした痛みが左半分の顔と腰に広がり、思わず手を顔に当てた。
「やっと起きたか?」
ユリアスは、顔に手を当てたまま上半身をゆっくり起こした。
左目には眼帯、左頬には湿布が張ってある。
ユリアスは自分がどこにいるのか、よく分からなかったが、それよりも、今何時何分で、どれぐらい寝ていたのか知りたかった。
「あの、今何時ですか? 早く戻らないと――っつ……」
勢いよく立ち上がろうとした瞬間、くらっと眩暈に襲われる。
倒れかけたユリアスの上半身を、目の前の男が受け止め、「ここはカデトラル内の診療室、お前は脳震とうで倒れたんだから、まだ寝ているべきだ」とユリアスに告げた。
その男は、教会付き騎士のケイン。
かろうじて記憶ははっきりしている。
どうやら彼が、ユリアスをここまで運び、今までずっとついていてくれたらしい。
申し訳ない気持ちになり、「すみません」と喉まで出かかったが、考えればこの人に謝ることなんて一つもない。
この怪我の元凶はこの人なのだ。
ユリアスは「大丈夫です」と言いながら、ゆっくり立ち上がり、ベッドに腰かけた。
「お前の主の殿下に使いをやったから、心配するな」
「それはどうも、ご丁寧に!」
ユリアスは下手に出るのを止め、言いたいことを構わず口にしていく。
よけきれなかった自分も悪いが、あんな神聖な場で喧嘩など、教会付きの騎士として品格がないんじゃないかと思いながら――
「何があったか、何があるか知りませんが、さすがに商導家の次期当主候補にあのような言い方をするのはまずいんじゃないですか? あんな奴らですが、一応腐っても公爵です」
「お前も公爵家の者だから、あんな『腐った奴ら』を敬えというのか?」
「敬えというか、いつどこで誰が聞いているか分からない、この場で自ら火種を撒くことは賢明じゃないと思います。『賢者』がどうとか言ってましたが、何なんですか、全く本当に……そんなどうでもいい争いに巻き込まれたくないので、僕はこれで失礼しますよ」
ユリアスは今後はゆっくりと立ち上がり、扉に向かう。
背後でふっと鼻で笑う声が聞こえてきた。
「そんな『どうでもいいこと』は次期皇帝になりたいラザフォード殿下に関係ないと思っているのか? ラザフォード殿下の側仕え殿?」
振り返ると、挑戦的な瞳が、じっとこちらを見つめていた。
ユリアスは扉を押す手を止めた。




