カデトラル④
「誰だ? ここで何をしている!?」
突如、鋭い声が、響き渡った。
ユリアスは、声の主の方へ振り返り見ようとした瞬間、風を切る音が耳元でした。
「僕は、怪しい者では……ないです……。ラザフォード殿下の側仕えの……ユリアスと……申します」
首にあてられた剣を確認しながら、ユリアスは目の前の騎士に視線を移した。
ユリアスが、側仕えだと言っているのに、全く信用していないようで、剣を鞘に戻す気配がない。
ゴクリと唾を飲み込みながら、ユリアスは胸元の身分証に手を伸ばそうとした瞬間――――
「動くな。この本堂を血の海にしたいのか?」
と、低い声が耳元で響いた。
「僕は、魔導家のユリアス・ヴィーゼントです。身分証だってあります…… 信じてください」
「魔導家がこんな場所に何の用だ?! さては、ラザフォード殿下の命令だな? お前、『賢者』を見つけるために、サキヨミ様に近づこうって魂胆だな!?」
「サキヨミ様……賢者……?」
寝耳に水なことを言われ、ユリアスは眉間に皺をよせた。
二つのワードを繋げ答えを考えだす。
賢者というのは、聖書に出てくる『賢者』のことだろうか?
この世界繁栄のために、始祖である男に協力していた女神だが、突如天に帰らなればならなくなり、自分の後継者として自分の分身を創り、始祖に遣わせたという。
その人物こそ――『賢者』。
聖書によると、女神と同じ、黒髪に青目の人間で、女神から与えられた『英知の力』を使い、始祖がこのアストラス帝国を建国するのに尽力し、帝国が滅びぬよう、賢者の魂は輪廻転生を繰り返し、皇帝の側で仕え続けているとのこと。
そんな、『賢者』を見つけるとは一体どういうことなのか?
ユリアスが、押し黙って考えを巡らせていると、騎士はユリアスが何もわかっていないことを、やっと理解したのか、「本当に何も知らないのだな? お前はスパイ以下というわけか」と言って、首元に切りつけている剣をゆっくり下した。
剣がなくなり、ほっとしたユリアスは、大きく息を吐き胸をなでおろす。
シャッと、剣を柄に収める金属音だけが、静寂に戻った本堂に響き渡った。
ユリアスは、聞くべきか聞かないべきか迷ったが、ここは勇気を出すことに決め、口を開き思ったまま口にした。
「あの……『賢者』を見つけるとは、どういうことなのですか?」
「お前、本当にラザフォード殿下の側仕えなのか? そんなことも知らないで、よく宮中に上がったな? それか、もうクビになったのに側仕えを名乗っているのか?」
(初対面の相手に、ここまで言われるとは……)
聞き流すのが得意なユリアスだが、さすがにムッとなった。
よく考えなくても、自分の方が騎士より身分が上なのは明らか。
しかし、ここで喧嘩するのは明らかに得にはならないと、自分に言い聞かせ、下手にでることに決める。
「いやぁ、その……本当ならこんな出来そこないの僕じゃなくて、よくできた分家の長男が、上がる予定だったんですけど、怪我をしてしまって……何も知らないまま僕がここにきてしまったんですよ。だから、本当に情勢とか内部のパワーバランスとかよくわからないんです。で、なぜ、ラザフォード殿下は『賢者』を探しているんですか?」
ユリアスは、あはは……と笑いながら、さらりと本題までぶっこんだ。
しかし、目の前の騎士はユリアスのいうことなんか、全く興味がなさそう且つ、教える気もなさそうである。
さすがに、込み入ったことを初対面の奴に教えるほど、教会付きの騎士は口は軽くはないか……とユリアスは頭を掻きながら、顔をひきつらせた。
ユリアスが、諦めようとした瞬間――――またもや、背後から怒鳴り声が聞こえた。
「おい、ケイン・シュルツ、お前は知っているんだろう? 『賢者』が誰なのかさっさと吐け! 商導家次期当主ハインツ・ナイトレイ様の命令だ!」
開かれた扉の前に、大男が仁王立ちし、こちらを睨みつけている。
その男二人の後ろには、立派に着飾った栗色の青年が立っていた。
ユリアスよりも背が高く、栗色の髪の青年の胸には、徽章が……
それには、商導家の紋章である馬が描かれていた。
「ここをどこだと思っている? 神聖な場所を荒らす奴は、教会付き騎士、このケイン・シュルツが許さぬ!」
騎士が大男二人に向き合い、同じように睨みかえす。
ユリアスは、なんだか面倒なことに巻き込まれる予感がして、その場をすぐに立ち去ろうとしたが、残念ながら、帰り道を大男たちが塞いでいる。
迂回しようにも、本堂にはびっしり椅子が置いてあるので、中々思うように身動きが取れない。
わたわたしているユリアスをよそに、いがみ合いはヒートアップしていく。
「商導家の次期当主かなんだか知らないが、なぜ私のところにくる? 『賢者』を探しているのは、次期皇帝候補のラザフォード殿下とシュナイゼル殿下のはずだが?」
「お前、何にも知らないんだな。教会付きの一等騎士が笑えるわ!」
鼻で笑う大男。
自分がユリアスに浴びせた言葉が、ブーメランのように騎士に返ってきた。
少しユリアスのことを気にするかと思いきや、全く気にせず、自分のことを棚に上げ、ユリアスが自分に聞いたように、騎士も男たちに尋ねた。
「で、なんで商導家次期当主候補が、私の元にやってくるんだと聞いているのだが?」
「今私は、シュナイゼル殿下の側仕えだからだ。殿下を皇帝にするべく私が『賢者』探しを手伝っている」
ずっと黙ってことの様子を観察していた、栗色の髪の青年が口を開きひょうひょうと言った。
「…………なるほど。そういうことか……」
周りには聞こえない声で、教会付き騎士ケインは吐き捨てた。
詳しくはよく分からないが、とりあえず『賢者』をめぐって、ラザフォード殿下派とシュナイゼル殿下派が争っていることは話から理解できたユリアスは、もう少し状況を確認しておきたくなった。
そして、立ち去ろうとするのを止め、しばらく静かにことを見守ることに。
しかし、その判断のせいでユリアスはこの後、災難に見舞われるのだった。




