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カデトラル①

 ユリアスは久しぶりに懐かしい夢をみた。

 昔はよく見ていたが最近はほとんど見なくなっていた。



「今日は絶対早く帰ってくるから」

「本当? ぜったい約束だから!」

「ああ」


 大きな手が自分の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 それは自分よりも何倍も大きな手で、ごつごつしている。 

 手のひらにはタコがたくさんあって、その手のひらだけで強いことが分かる。

 そんな手が自分は大好きで、自分もその手のように、いろんなものを守れるようになりたいと思っていた。


 その日は朝からずっと雨が降り続いていた。

 風も強くなって、なんだか胸がざわついていたのに、それが何を意味しているのか、よくわからなかった。


 バタバタと窓を打ち付ける風と雨の音と、ドンドンと扉を強く叩く音だけが、ずっと玄関の扉の前で待ち続けていた自分の耳に残っている。


 あの時、気付いていれば、違う未来があったのかもしれない。



 その日から全てが変わってしまった――――




                    *******



 ユリアスは夜明けとともに目を覚ました。

 そして、眼鏡をはずし、眠気眼ねむけまなこをこすりながら、部屋の大時計に目をやる。

 眉間に皺をよせ、明るくなり始めた窓の外を見つめる。


(疲れて、そのまま寝ちゃったんだ……)


 あくびをしながら、自分がそのまま寝てしまって翌日を迎えたことを自覚すると、急いで部屋の隅に置いてあった、鞄から着替えを取り出し、洗面台へと向かった。

 せっかく立派な部屋もクローゼットも貸し与えられているのに、ユリアスは服は鞄にいれたまま。

 部屋の机には、借りてきた本が積み上げられいるだけで、殆ど初日のまま、きれいに使われている。


 仕事まで時間があるから、まだゆっくりできる……

 

 ユリアスは城内の給仕場へ行って食事をとることに決め、身支度を済ませると、そっと部屋から出て、給仕場へ続く廊下を歩き出した。

 いつもは、ぎりぎりまで寝ているので、殿下宛ての書簡を取りに行くついでに、軽食を給仕場からこっそりもらって、こっそり仕事の合間に食べているので、こんな時間に給仕場へ行くのは王宮にきて初めてだった。


 草木の露が朝焼けに照らされキラキラと輝き、まだひんやりと冷たい空気が立ち込める中庭を抜けると、小さな門が見えてきた。

門番の男に、会釈しながら身分証を見せた。


「どうぞ、お通りください」

 

 王宮内部には至る所に、兵士が配置されているので、身分証がないと簡単に通ることは許されない。

 しかし、その一方で皇子に仕える側仕えは、周知されていれば、わざわざ身分証を引っ張り出して見せる必要はない地位でもある。


 殿下に仕えるようになってたら二週間すぎたので、だいぶ東宮の者や教会の門番には顔を認識されるようになった。

 でも仕事内容は初日からほとんど変わらず、何かを調べたりまとめたり、本を返したり、水をやったりと、人に会わないものばかりなので、まだまだユリアスの認知度は低かった。

 

 側仕えとして周りに認識される日が来るのだろうか……なんて考えながら、ユリアスは身分証を懐にしまい、舗装された小道を進み、石畳の階段を目指す。


 石畳の階段を降りていくとすぐに、厨房と一緒になった給仕場の裏手へ簡単に出ることができた。

 しかし、扉は全て閉ざされたまま、人が出入りしている様子もない。


「朝早すぎて通れないのか……」


 ユリアスが扉を開けるか否かで迷っていると、「おや? お前さんは殿下の」と、後ろから白い前掛けをした大柄の男に呼び止められた。

 その男の胸には料理長を表すエンブレムが刺繍されている。

  

「おはようございます。料理長。この間はありがとうございました」


 ユリアスはぺこりと頭を下げ、昨日のお礼を添えた。

 この料理長が許可してくれたからこそ、初日、侍女から無事に台車を借りることができ、あの雑務もこなせクビを免れてたと言ってもよい。

 知り合いがほぼいないこの宮中で、親切にしてくれる人は貴重だ。


「一体こんなところで何をしているんだ? 」

「そうなんですけど……その……昨日夜ご飯を食べ損ねて、ご飯を食べに……」


 頭を書きながら、あはは……と笑っているユリアスの両肩を、料理長はぐっと掴み、憐みの目で見つめる。


「側仕えってのは……飯も食う時間も……与えられないんだな……かわいそうに……」


 目を潤ませながらぼそっと言うと、「うまいもん食わしてやるから入れ!」とユリアスの腕を掴み、自らの聖地厨房へと連れ込んだ。


 料理長に言われるがまま、厨房横の食堂で待っていると、出勤時間になった侍女や侍従、官僚たちが、興味津々な感じでユリアスをじろじろと見ていく。

 ユリアスの身分は一応公爵かつ、魔導家当主の次男なので、下流の者が使う食堂に現れるなんて意外だったのだろう。

 そして、性悪皇子と呼ばれているラザフォードの側仕えとして二週間以上勤めあげている変わり者としても、最近は有名になりつつあった。



「あのひ弱そうなやつが、今の殿下の側仕えなのか?」

「あの魔導家の者らしい。どうせすぐクビになるさ。お前は何カ月に賭けた?」

「一カ月だ」

「くそっ、俺も一カ月にしときゃよかった。あの感じじゃ、耐えられそうにないよな。まあ、さすがにあの殿下も手加減してるんだろう」

「本当に魔導家の次男坊なのか? あのボサボサ頭が?」

「魔導家は、髪を整えるすらできないくらい、お金に困ってるんだろうな」

「もうすぐ魔導家は、領主の座から外れ、公爵家の位もはく奪されるさ……」



 ユリアスから、2テーブル離れたところに座って朝食をとっている兵士が、ユリアスについて話している。

 その声はもちろん、ユリアスにも届いていて、ユリアスは早くここから立ち去りたくて仕方がなかった。

 

 自分自身の悪口を言われるのは慣れているのだが、魔導家の、家族の悪口を言われるのは耐えがたい。


 確かに、ユリアスの栗色の髪はぼさぼさで、父親からもらった黒い太いフレームの眼鏡をかけ、体は細く、肌の色は白いため、体格がいいか身なりのよい者が多いこの宮中において、ユリアスのその姿はかなり目立った。 

 

 母親の言うことをちゃんと聞いて、髪だけでも切ってこればよかった、と少し反省しつつも、黙って窓の外をじっと見つめる。


 確かに、自分は魔導家の代表としてここにいる。

 魔導家を救うために−−−

 みんなの願いのために−−−



 ユリアスはぎゅっと両手を握りしめながら、料理長がやってくるのをじっと待った。









 


 

 


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