皇子からの挑戦⑨
「あの、そのまとめた資料のことなんですが――」
ユリアスが、昨日調べて思い当たったことを伝えようと口を開いた瞬間、ぽいと小袋を渡された。
「えっと、これは何ですか?」
「お前への褒美だ。受け取れ」
巾着の小袋を開けると、中から昨日とは違う包みが入っていた。
甘い匂いが漂うので、間違いなくこれはお菓子だろう。
「今日は、クッキーですか……?」
「クッキーではない、ビスケットだ」
「ビスケット??」
見た目はクッキーにそっくりなのだが……一体主は自分のことを何だと思っているのか……?
「食べていいよ」と言われたユリアスは、一枚取り出し、口に頬張る。
「クッキーかビスケットか知りませんが、放り投げたら割れてしまいます」
「お前はちゃんと割らずにとると思ったから、平気だ」
「……殿下、色々僕を試しているようですが、そんなことしたって無駄だと思いますよ。結局、僕はやれと言われれば全力を尽くしますが、できないことはやりません」
あまりのおいしさに、もう一枚口に放り込む。
目の前の主は、他の皇族貴族と違い、礼儀正しく、かしこまるのは無駄だと、ユリアスは悟った。
そして、ラザフォード本人もそれを望んでいないよう。
ユリアスは、はぁ……と小さくため息をつく。
この主人は、距離感がなかなか測りにくいから、やりにくい。
「ではユリアス、今日の仕事だが――」
「水やり後、この資料をもとの場所へ返して、書簡をとってくるんですよね?」
「その通りだ、加えて薬剤師の元へこれを届けてくれ」
「何ですか?これは?」
「珍しい薬草だ。薬剤師から少し借りてたんだ」
「わかりました。返しておきます。書簡なんですが、どうして役人に運ばせないんですか?」
ユリアスはメモしながら、疑問を投げかけ、少しでも自分の仕事を少なくしようと試みる。
「ほ~、自分の仕事を減らして楽しようとしてるな~。私はそんなに甘くないぞ? どうして書簡を運ばせているのかは自分で考えろ。あ、書簡で思い出したのだが、ちょうど紙とインクが少なくなってきたから、補充も頼む。それが終わったら、こないだ庭師からもらった種を、鉢に植えるように。必ず同じ種の植物をものを2つ、別々の鉢に植えてくれ」
「……えっと、つまり、同じ植物の種を二つの鉢にそれぞれ植えろってことですか?」
「そうだ、さすがだな」
「あの、殿下……どうして僕に、作物の収穫量とか、関所の人員配置とかを調べさせたんですか?」
「どうしてって、別に深い意味はない」
「そう……ですか……」
自分があんなに寝る時間も返上して調べあげたことなど、自分がやる仕事に対する、主人の執着がそれほどないと分かって、どっと疲れが襲ってきた。
やはり自分を試しているだけの課題だったのだろうか。
他の側仕えにも同じことをやらせていたのだから、そうに決まってる。
皇子にとって都合のいい者を登用するテスト。
でも、もしかしたら……ひょっとして……『何か』を追っていたりするのでは?なんて、考えてワクワクしていた自分が情けなかった。
色々深読みしすぎて、ユリアスは本当に虚しくなる。
黙っていると、皇子が「ユリアス? 」と顔を覗き込んできた。
「ビスケットが欲しいのか?」
鮮やかな幾何学模様が描かれている四角い缶を手に乗せて、ラザフォードはにんまりと笑っていた。
(ああ、もう! こんな訳わからない皇子の側仕えから、一刻も解放されたい−−−!!)
ユリアスは「そうです!もっと褒美のビスケットがないと、これ以上の過酷労働はできません!」と皇子に向かって言い、差し出されたビスケットの缶ごと奪い取った。




