皇子からの挑戦⑧
ユリアスは、ラザフォードが執務室から自室へ戻るのを見届けたのち、再び執務室で資料の分類を続けた。
「東領の一部の村の小麦の生産量と、市場での計測量がなんでこんなに違うんだろう? 村人がくすねてるんじゃ……」
東領は小麦の生産で有名――
暖かい大地と山脈から湧き出る豊かな水は、小麦を育てる環境にとても適している。
もちろん、他の地域でも小麦は生産されているが、東領の小麦の品質は宮廷お墨付きだ。
ここ最近、干ばつやらで他の領地の作物が不作なので、東領の小麦は、帝国全体にとって食料の要なっているのに、市場に出回る量が、生産量の三分の二ほどなんて、困ったどころではない。
「でも、他の作物は特におかしい点は見当たらないし……。同じ生産者なのに、小麦だけってのもなんか変だ
」
どうせくすねるなら、全てを少しずつ減らした方が、バレないだろう。
小麦だけ、あからさますぎる。
これじゃあ、自分が犯人だと言っているようなものじゃないか……
ユリアスは、ペンを回しながら、さっき資料室でまとめた、関所の人員配置と見合わせる。
人員配置は、三名ずつの朝昼晩交代制。
おそらく連勤にならないよう、上官がシフトを決めているのだろう。
組むメンバーもバラバラで、特に法則があるとも言えない。
一見おかしい所は何もないように見えるが、何か引っかかる――――ユリアスは、最後の一粒のチョコを口に放り込みながら、頬杖をつき、紙をペラペラと掲げてみる。
「ちょっと休憩でもするか~」
椅子から立ち上がり、両手をあげ、伸びをすると、主の机に無造作に置かれている、一冊の分厚い本が目についた。
周りの本や資料が綴じてある表紙はほとんどが寒色系の色なのに、それだけは見てくれと言わんばかりの赤茶色をしている。
「暖色系の色ってことは、つまりこれは家系図とか、戸籍とかの資料ってことかな?」
王宮にある資料の背表紙の色には分類しやすいように、色が分けられていることが多い。
特に役人や役所に関する個人情報が含まれるものは、城外へ持ち出されないように、背表紙には暖色系を使うよう義務付けられているのだ。
ユリアスはその本に手を伸ばし、表紙をめくった。
それはユリアスの予想どおり、役人の身分証明書一覧。
一人ひとりの名前の下に、その個人の出身地、家柄、家族構成、経歴などが事細かに書いてある。
ユリアスは机にもたれ掛かりながら、ペラペラとそれをめくっていく。
そして、あるページにたどり着いたとき、「へ~」と声を漏らしながら、ユリアスは再び椅子に腰かけ、ペンを走らせた。
********
「おはようございます。殿下」
寝不足なのを悟られないよう、ユリアスは一礼し、精一杯の笑みで主に挨拶をする。
「ああ、おはよう」
主は視線をユリアスに一瞬向けると、再び手元へ戻す。
側近のカイルとともに、あの赤茶色の資料を見ながら何やら込み入った話をしているよう。
ここにいない方がいいのではないか、と思ったユリアスだが、今日締め切りの報告をしなければいけないので、扉の前で静かに待機する。
今日こそはちゃんと昼食をとろう……とぼんやりと物思いにふけっていたら、急に自分の名前が呼ばれ、はっと意識を戻す。
「何を朝からぼけっとしているのだ? そんなぼーっとしている暇があるってことは、終わったんだろうな?」
「あ、はい。言われた通り、資料をまとめました。こちらです」
ユリアスは手に持っていた報告書をラザフォードに渡す。
ラザフォードは受け取るなり、早速表紙を開いて中身を確認し始めた。
「ユリアス、昨晩寝てないだろう?」
「え? いや……まぁ……」
やっぱりバレたか、と苦笑いしながらごまかす。
噂を聞く限り、皇子は家臣なんかには気をかけなさそうだと思っていたが、そうでもないらしい。
「顔にそう書いてあるよ。そりゃ、だれも期限以内にできなかった仕事をやってのけたんだから、寝てる時間はなかっただろうね、殿下」
慌てるユリアスの反応楽しむかのように、カイルはそれを命じた主に向かって視線を送るが、それは皇子には届いてはいないようだ。
「カイル殿……そんな……」
「カイルでいいよ、私もユリアスと呼ばせてもらうからね」
「でも、僕は殿下の側仕えで、カイル殿は側近なので、立場が−−−」
「カイルがそうしたいと言ってるのだから、構わないだろう?」
ラザフォードは目を通し終わったユリアスの報告書を机に置きながら、ユリアスの顔を見つめる。
「これを、一晩でやったのはお前が初めてだ。ほかの側仕えにも同じようなことを頼んだが、誰一人、私のいった期限を守れた者はいないし、できたと言ってきた者も自分の配下に手伝わせていた。本当に一人でやったのか?」
「はい、殿下」
「まぁ、お前は、昨日の時点で、私がわざと優先順位を逆に命じたことも気付いていたしな」
ラザフォードは、腕を組みながら笑い声をあげた。
その様子にどう反応していいかと困っているユリアスに、カイルが助け船を出す。
「殿下がこんなに笑ったのは久しぶりだよ。とても君を気に入ったようだ」
「僕をですか?」
「気難しい主は、人前でこんなに笑ったりしないからね。気の許せる相手以外には、絶対に、笑わない」
「カイル、何を余計なことを」
ティーカップを口に運びながらカイルを睨みつつ、ラザフォードは目の前に立ったままのユリアスに向かって言った。
「ユリアス、お前は確かに信頼に値する。仕事ぶりも真面目で、他の者には『10』言わないとできないことを、『3』言っただけで理解できるその頭脳も気に入った。お前は、魔導家では出来そこないと言われているそうだが、それは嘘だろう? お前は他の誰よりも、賢いではないか」
ラザフォードの青い瞳に光が宿る。
自分とは違う瞳の色。
その目は、今までのなかで、とても優しいものだ。
そして、その言葉も……
でも、返す言葉はだれに何を言われても変わらない。
「賢くはないです。本当に僕は出来そこないなんですから。そうじゃなかったら、とっくに魔導家を建て直していますって」
ユリアスは、にこりと笑顔で受け流した。




