閉ざされた過去④
シュナイゼルはユリアスの髪をひっつかみ、ユリアスの首元にナイフを突きつけた。
ひんやりとした刃がユリアスの皮膚をあと少しで切り裂こうとしている。
「ここで君が死んだら世界はどうなってしまうのかい? 魂はすぐ転生するのか非常に気になるな。『叡智の力』はいつどのように発動するものなのか」
「だから、そんなの知らな――」
ポタポタポタ……
「私はね、君自身にも興味があるんだ。 だから、本当はすぐにでも始末したいが、ここで君を殺すのは惜しい。せっかく追い求めてきたモノがやっと掴めそうなのだから」
ユリアスは薄れる意識の中、力を使おうと神経を集中させたが、うまくいかない。
血が足りない。
血だけじゃなくて、体力も思ったより消費していて、うまく手足を動かせなくなっていた。
意識を保つだけでも、力が失われていく。
いっそのこと、意識を手放したい――
そんな衝動に駆られたが、あと少しのところで留まった。
なんとかしてこの状況から脱出する方法を考えるべきだ、そうじゃなきゃ、ラザフォード殿下たちの身にも危険が……
ユリアスは、時間をかせぐために、力を振り絞ってシュナイゼルに問いかけた。
「シュナイゼル殿下、どうして僕が賢者だと思ったのですか? 僕は魔導家でも出来損ないといわれていて――」
「お前が出来損ないなわけないじゃないか。あの兄上に今まで仕えていたお前が? フフ……いいだろう、教えてあげよう。全ては『サキヨミの巫女』だ」
「サキ…ヨ……ミ」
「そう。『未来を視る』巫女に神が手を差し伸べたようだ」
シュナイゼルはそう言うと、ユリアスの髪を掴んでいた手を離した。
その反動でユリアスは後ろの壁に叩きつけられる。
跪いてゴホゴホと咳き込んでいると、デルモゾールが「立て」と腕を引き上げ怒鳴った。
本格的に頭が回らなくなってきた。
視界が霞み、唇が乾燥してうまく言葉が発せられない。
それでも、必死に堪えて、なんとかこの場をやり過ごさなければ――
「さて、自分が賢者だと認める気になったかい? 聡いお前なら、わかるだろう? 自分の立ち位置が」
「そうですね、本当に僕が賢者だったら、殿下を一瞬で吹き飛ばしてますね」
「ほう、そんな減らず口を叩く余裕がまだあるのか。まぁいい、皇帝選は3日後だ。それまでゆっくりここで考えるといい」
―――ガシャン
シュナイゼルは、デルモゾールに「しっかり監視するように」と言い残し、地下牢を去っていった。
そして、牢屋は暗闇に包まれる。
この牢屋の外もおそらく雪が積もっているだろう。
焚き火のないこの場所は、ほとんど外と同じ気温まで下がっている。
裸足で立たされているユリアスの足はもう感覚がなくなっていた。
足だけじゃない、腕も、手の指も、自分の力ではうまく動かせない。
血はだいぶ止まったが、失われた血液の分を補う体力はないから、体温は下がる一方だ。
「はは…本当に死んじゃうかもな……」
ユリアスの脳裏に、『死』がよぎる。
別に死んだってかまわないと、ずっと思って生きてきた。
父親を失ったときから、自分の居場所が見つけられない。
ずっと『力』を隠して、本当の自分を隠して生きてきた。
この『力』が何なのか、やっと思い出したのに……
忘れてた『大切な思い出』がやっと見つかったのに……
ここで終わる。
なんで、もっと早く思い出せなかったんだろう。
なんで、ちゃんとラザフォード殿下に聞かなかったんだろう。
明らかに、彼は何か隠してたじゃないか……
それなのに……
どんな力だって、万能であるはずはない。
『叡智の力』の弱点は、本人が大きな怪我をすると使えなくなること。
体の修繕にエネルギーを持っていかれてしまう。
しかし、その体の修繕も体力が落ちている今では間に合っていない。
エネルギーを生み出す血が体から漏れ出しているのだから。
ユリアスは自分の考えが甘かったことを嘆いた。
完全に一人でどうにかできると読み誤ったせいで、いろいろな人を巻き込んでいる。
なんでも一人でできると思った自分の傲慢さのせいだった。
そのせいで、ラザフォード殿下をまた傷つけた。
「ちゃんと、謝りたかったな……」と、つぶやきながらユリアスはゆっくり瞼を閉じる。
キィっつ―――
「じゃあ、謝ってもらおうか?」
蝋燭の明かりに灯されたその顔は笑っていた。




