閉ざされた過去③
(まずいことになった……)
ラザフォードとユリアスの件で揉めて以来、ちょっと気まずくて、ずっと身を隠していたレイフォードは、主たちが連行されていくのをじっと耐えて見ていた。
ユリアスが殺人を犯すわけがない。
シュナイゼル殿下側の陰謀なのは間違いない。
でも、よりによって皇帝選が三日後に迫っているこの状況で無実を証明できるか?
レイフォードは誰もいなくなった執務室にこっそり忍び込んで、机の周りを物色した。
彼らが連行されてすぐこの部屋にも調査が入り、書類やら引き出しの中やら、全て見られて持っていかれてしまった。
だからこの部屋には重要なものは何一つ残っていない。
でもレイフォードは机の下に手を伸ばし、何かをひっつかんだ。
『ユリアスを頼んだ。絶対に守り通せ』
それはラザフォードの字で走り書きされたメモの一部だった。
書類を机からわざと落として、机の下に隠した彼の動きをレイフォードは窓の外からしっかり見ていたのだ。
すぐさま、執務室から外に飛び出し、みつからないよう厩へ急いだ。
*********
「いっ――」
「おうおう、意外と我慢強いんだな。でもいつまで持つかね?」
バシっつ――
勢いよくユリアスの方に鞭が当たる。
両手を引っ張られるように吊るし上げられたユリアスの腕や肩や頬からは血が伝ってポタポタと地面に落ちていく。
「おい、殺すなよ? こいつにはまだ用があるんだから」
「わかっております。デルモゾール様」
拷問室へ送られたユリアスを待っていたのは、黒髪を後ろに束ねた長髪の切り目の男、デルモゾール。
デルモゾールは用意された上等の椅子に腰掛け、ユリアスの拷問を酒の肴にワインを飲んで楽しんでいる。
(こいつがデルモゾール、なんとも悪趣味なやつだ――)
痛みで意識が飛びそうになるのをこらえながらユリアスは、知っている情報を整理する。
デルモゾールは商道家のなかで、ウォルター公爵の右腕と噂されているやり手の貴族。
貴族とは言えない貧乏の家に生まれたデルモゾールは上にのし上がるため、士官学校へ入学、主席で卒業したのち、巧みな戦術で商道家の領地を山賊から守り、いちやく上へのし上がった。
そんな彼をウォルター公が目をつけ、自分の部下として引き入れた。
それからは家柄的にはありえない昇進を繰り返し、今や商道家の重要人物となっている。
一度会ってみたいと思っていたけど、こんな形で会うとは――
かなり手強い相手かもしれない。
それでも、なるべく情報を彼から引き出したい。
「僕に用って、何? だれが来るのを待っているわけ?」
デルモゾールはワイングラスを傾け、ユリアスに視線を合わせた。
「うるさい、黙れ」と憲兵がユリアスに鞭を叩きつけていると、「やめろ」とデルモゾールはゆったりと立ち上がりユリアスの顎を掴み上へと押し上げる。
「お前は死ぬのが怖くないのか? おとなしくしていればこんなに打たれはしない。お前は馬鹿か?」
「で、何を期待しているのか知らないけど、僕を殺したって何もならない」
「そんなことはない。殺人をした側仕えを雇っていたラザフォード殿下は無事ではすまないさ」
「殿下は関係ないだろ!? もう僕はラザフォード殿下の側仕えじゃないんだ!!」
「そんな理屈は通用しない。実際、お前は殿下の側で働いていたのだ。この殺人だって誰が企てたのか――」
ユリアスの顔から一気に血の気が引いた。
なんでこんな大事なことを見落としてしまっていたんだろう。
辞めたからって、仕えていた事実は残る。
「皇帝選……は……」
「さすが賢い子だね。そうだよ、皇帝選は三日後だ。でももう無意味なものになってしまった。お前のせいでな」
ドクン…ドクン…ドクン……
(まずい、僕のせいで拘束されてしまったら、殿下は皇帝選に出られない――なんで、このタイミングでなんだ、なんで…こんなときに捕まった――?)
ユリアスはハッとデルモゾールを見上げ、「お前たちの目当てはこれか?」と目を見開き言った。
すると、ギイっ――と鉄の扉が開く音がし、誰かが部屋に入ってきた。
「デルモゾール、よくやった」
「お待ちしておりました。お前たち下がれ!」
デルモゾールは憲兵に出ていくよう指示を出した。
ユリアスは部屋に入ってきた人物に目を見張った。
「………どうして……あなたが?」
「どうしてって、君に会いに来たんだよ。賢者の君にね」
「何を言っているのか……意味が、シュナイゼル殿下」
シュナイゼルは次の瞬間、ユリアスの首根っこを捕まえ、耳元で囁いた。
「お前が賢者なんだろう? 箱の開け方を教えなさい。そうすれば、お前も兄上も助かる。このまま大事な主が拘束されていもいいのかい?」
「う…ゥ、で、殿下、な、なにか、勘違いされて……います。僕は…賢者じゃ――」
「じゃあ、試してみようか?」
ユリアスはゴホゴホと咳き込みながら、シュナイゼルが何をするつもりなのか目を見張った。




