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不親切な親切

作者: 蒼崎 恵生




 大学入学と同時に一人暮らしを始めてもうすぐ一年になる。


 なんて快適なんだろう。車がなくてもバスや地下鉄でどこへでも行ける。実家は1時間に一本しかバスの出ないような片田舎だったのでマイカーを勧められたけど、気ままに外へ出てあまり待つことなく公共交通機関を利用できる今となっては車の必要性を感じない。


 友達と遊んだり買い物したり。大学生活に欠かせない欲求も簡単に満たせる。


 初めは多少不安だった一人暮らしも、今では楽しい一色。面倒な近所付き合いもない。この街では隣人同士の顔なんてそうそう知り合うことがない。


 実家の地域は常に他人の目があり、どこか監視されているような息苦しさがあった。彼氏と家の前でバイバイのキスをしていた年下の子が井戸端会議の餌食になってヒソヒソ言われていた。昔よく遊んだ子だったので気の毒だった。そんなことで悪く言わなくても、と、大人にも嫌悪感を覚えた。


 でも、一人暮らしを始めた土地にはそんな圧迫感がない。他人が何をしていても関係ない。自由。良くも悪くもドライで、私にはそこが心地よかった。この暮らしが気に入っている。



 春休み、地元から訪ねてきてくれた幼なじみの親友と案内がてら街を歩いていると、信号待ちで見知らぬおばあさんに声をかけられた。


「この辺に良い美容院はありますでしょうか?」


 白髪で和服を着た、年老いているのにどこか上品な人だった。一人で歩いていたのだろうか。どこから来たのだろう。


 近所の人かもしれないけど、そうじゃないかもしれない。


「美容院だったら……」


 幸い、美容院へはここへ引っ越してきてから何軒か行っていた。そこそこ良くてここから最も近い美容院の場所を教えた。


「ありがとうございました。では行ってみます」


 おばあさんは満足げに歩いていった。今から直で行くのだろうか。予約制の店だった気がするんだけど大丈夫かな。


 親友が言った。


「ねえ、さっき言ってなかった? ここからは遠いけど交通費が気にならないくらい腕も対応もいい美容師のいる店見つけたって」


 ああ。たしかにさっきそんな話を彼女としていた。それは本当だ。


 美容院というのは歯科医院やコンビニ以上に多いらしい。だからってわけではないだろうけど、その分当たり外れがある。一番最悪だと思ったのは、引っ越し後初めて行った店の美容師が初対面からなぜか不機嫌で、痛いくらい乱暴に髪を扱われたこと。


 あれはさすがに不愉快で、この人色々やばくない? 社会人としてどうなの? と、こちらが妙に冷静になり観察してしまったほど。不機嫌が高じて変な髪型にされそうで嫌だったので気を遣って髪質の相談をしてみたらコロッと機嫌が直り乱暴な手つきもなくなった。数日後その美容師は店を辞めたと、店からハガキが来た。


 割引券付きだったけど即ゴミ箱に捨てた。あの美容師がいてもいなくても二度と行きたくなかった。


 そこまでひどいのはそこが最初で最期だったけど、通いたいと思える店を見つけるまでに時間がかかった。


 腕が良くてもやたら店のシャンプーを勧めてきたり、対応が良くても腕が微妙で提示した写真とはかけ離れたイメージの髪型にされたり。


 最近になってやっと、対応も腕も最高の美容師を見つけた。口数は多すぎず少なすぎず、今まで行ったどの美容院よりも居心地がよく腕も確か。


 家から遠いので交通費と移動時間がかかるけど、それすら必要経費と割り切れるくらい気に入った。そろそろ次の予約を入れるつもりだったと、さっき彼女にも話したところだった。


 だからといって今のおばあさんに勧められるかどうかは別。よく知らない相手だ。


「だってあの人歩きだったし、あの年頃の人って地下鉄乗って移動ってきついだろうと思ってさ。うちのお母さんですら、実家で顔見るたび階段嫌だってグチるし。さっき教えた店も商品勧めてくるのがビミョーってだけで腕はまあまあ良かったし」


「それ良い美容院とは言えないよ。客の要望無視してひたすら商品勧めてくる店なんて客のことホントに考えてるとは言えない」


 彼女の両親は地元でも有名な腕のいい美容師だ。高校の頃までは私もお世話になっていた。その分、業界の事情が読めるのだろう。


 彼女はさらに。


「親切心のつもりでそうしたんだろうけど、あのおばあさんが求めてたものとは違んじゃないかな?」


 その通りだ。細かく説明するのが面倒で適当におばあさんの対応をし、親切をしてやったつもりでいた。


 おばあさんは徒歩でどこまででも行くつもりだったのかもしれない。同年代ではなく年下の私に声をかけてきたんだ。よく考えたらそれってすごい冒険。


「そうだよね。本当のオススメ教えてくる。適当に部屋戻ってて」


 彼女にアパートの合鍵を渡し、おばあさんの歩いていった方へ駆け出した。教えた店にはまだ着いていないはずだ。


「またね!」


 彼女の声が背中に届いた。今なら本当に追い風に乗れる気がした。










(完)



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