刺激が足りない…。そうだ、抗議しに行こう!
前作も読んでくださると大変ありがたくわかりやすい仕様になっております。
空がまだうっすらと闇を残し、草木が露を帯びて輝きだそうとするころ。
一人の女が床に這い蹲り、この世の不幸を嘆いている。
世界が朝日を浴びてこの世の春を歌おうという早朝に、似つかわしくない、女の口から洩れる呪詛。
城の奥ノ宮と呼ばれ、かつては女の園として栄華を誇った建物の一室に、ド派手なオレンジ色を基調とした迷彩柄の衣装。
何もかもが異様なその空間は、女以外の気配はまるでない。
やがて女が、打ちひしがれ床にひれ伏すと辺りはしんと静まりかえった。
「嘘つき…」
女から吐き出されたやけに大きく響く声が、空しく部屋に溶けた。
女の名は、ムーナ。王都から遥か遠くの王政もあまり関係のない村から、前日に側室へと召し上げられた、少しばかり年かさの言った女であった。
* * * * *
前日、国を挙げての側室探しがあったというのに、王国の側室が住まう場所として使われる奥ノ宮は、それまでとあまり変わらない動きをみせている。
数か所変わったところと言えば、奥ノ宮の一室に選ばれた一人の女が住むことになり、そこに割り当てられた人数が移動になったことぐらいである。
部屋に住むことになった女は、なぜ選ばれたのかと首を傾げるほどみすぼらしく埃にまみれた姿で、顔かたちも美しいとは言い難く、さして可愛らしい顔立ちでもなかった。
当たり前である。
王国の端も端、辺境過ぎて王政ってなんだ?状態のド田舎からやって来た女は旅の格好そのままで、王との面談を済ませ、そのまま奥ノ宮に来ており、顔に至っては本人自体が顔で通るつもりでいなかった程の普通顔に近い不細工なのだ。
そんな女を通されて、奥ノ宮がどうしたかというと、事前に通達されていた通りに、入居する側室に人数を振り分け、側室の不自由がないようにと淡々と仕事をさばくだけであった。
そして、迎えた翌朝、奥ノ宮が新しく迎えた側室であるムーナを起こしに部屋に向かった女官が見たものは、床に転がるオレンジ色の迷彩柄の物体だった。
「……………何をなさっているのです?」
側室に割り振られた女官は、ムーナが一人しかいなかったこともあってか、かなりのベテランで固められていた。
「アリーネさん…。私、現実に打ちのめされていました」
ごろりと床に転がったまま、顔だけを女官であるアリーナに向けて返事をするムーナ。
「ムーナ様。そろそろ、朝食のお時間でございます。いつまでも、お遊びになっておらずに、お召し物をお取替えいたしますよ」
アリーネは側室の奇妙な行動と衣装にも、さしたる動揺も見せずに、ムーナを朝支度へと促す。
「…側室やめますとか、無理ですよね~?」
やや面倒くさそうに体を起こしながら、アリーネにぼそりと相談するムーナに、アリーネは心底呆れた目を向けた。
「そんなにやめたいなら、なぜ側室になりたいと来られたのですか?」
そんなアリーネの至極もっともな返しに、ムーナは、実に悲しそうに答えた。
「私の住んでたところは、本当になんの娯楽がないド田舎なんです…。だから、側室になれば、毎日刺激的でスリルに塗れた毎日が送れると思ったんです」
体を起こしたムーナであったが、立ち上がることもなく膝を抱えしゅんとなる。
「陛下にも、刺激が欲しいから、側室にしてくれって言ったのに…。だから今朝は、わざわざ早起きをして他の側室がいそうなところを見て回ったっていうのに、側室になったはずのお嬢さん方がどこにも見当たらないんです」
うじうじとムーナの口から洩れる戯言に、ちょっとばかり眉を顰めるアリーネであったが、そういえば…と昨夜、城の中枢である本宮からこの新しく側室になった娘についての注意事項があったことを思い出した。
「刺激を求めて、わざわざド田舎から来たのに、これじゃ意味ないと思いませんか?」
愚痴をこぼしながら、だんだん腹が立ってきたムーナが、目を据わらせてアリーネを見上げる。
「そのように私におっしゃられても、私にはどうしようもございませんわ」
主ノ宮からの注意事項を思い出しながら、アリーネはムーナを宥めることにした。
「ただ、昨夜、主ノ宮からムーナ様がご不満をお持ちの場合は、すぐにお伝えするように仰せつかっております。ムーナ様がお望みとあらば、すぐ主ノ宮の方にお伝えしますが?」
「しゅのみ…や?とかいう所に言えば、この現状が変わるんですか?」
一度騙されたと思っているムーナはじと目でアリーネを見つめる。
「さぁ…、それも私にはわかりかねます。ですが、なんらかのご説明は主ノ宮の方からムーナ様になされると思いますよ」
ムーナに恨めしそうに見られても、たいして表情も変えないアリーネはある意味正しい女官としてそこにあった。
ムーナの不満はアリーネにより、すぐさま主ノ宮へと伝えられた。主ノ宮とは、城の中枢にあたり、国王を中心に機能しているところであるので、ムーナの不満も国王の元へとすぐに伝わった。
そもそも、国王であるオルズロクがそのように取り計らっていたので、ムーナの動向自体、逐一報告がなされるようになっていたのだ。
ムーナからの不満を聞いたオルズロクは、そのままムーナを主ノ宮にある執務室に呼び出すように、奥ノ宮に使いを出すと、ムーナが訪れるその時まで目の前の業務に取り組むのだった。
朝から鬱々としていたムーナであったが、アリーネの素早い対応により、昼前には主ノ宮にある国王の執務室へと足を運んでいた。
アリーネと護衛の騎士を伴って、国王の執務室を訪れたムーナは、執務室につくなり挨拶もそこそこに国王に向かって切々と自らの現状を訴えた。
「陛下、わたしは今朝大いに絶望したのです。何故、奥ノ宮には側室が一人もいないのですか?私のドキドキハラハラドロドロの人間観察はどこに行ったんですか!?昨日はわざわざ、早く就寝をして、今朝も早くから奥ノ宮をくまなく探索したというのに…、側室が一人もいないなんて…っ!!わたし、ここに来た意味がないじゃないですかぁっ!!」
話しながら、自分の予定と違う現実に苛立ってきたのか、ムーナの発言に熱が籠り出す。執務用の大きな机を挟んで座っていたオルズロクは、それを見ながらわずかに苦笑していた。
「まぁ、少し落ち着くが良い」
だんだん興奮していくムーナを面白そうに観察しながら、オルズロクは言葉を続ける。
「側室に関しては、ムーナ、そなたがいるからこちらは何も問題ないんだが…、まぁ、そんな目で見るな」
オルズロクの発言に、何言ってんだ?こいつとでも言うかのように目を眇めるムーナに、やっぱり自覚はないのかとおかしくなるオルズロク。
「こっちは問題ありまくりですよ!何故に側室がいない!?私の刺激はどこにいったっ!!?」
大げさに天を仰いで慟哭するムーナは、もはや目の前にいるのが国王だということは頭になさそうである。
そんなムーナに顔がにやけそうになるのを、必死に抑えながら、オルズロクは唐突に話題を変えた。
「ムーナよ、そなた、知っているか?城の左ノ宮には、大きな狸と狐がわんさかおってな。そこの中でも格段化かし合いのうまい古狸と古狐がおるのだ。ムーナが動物好きであれば…、左の宮に行くのもいいと思うのだがなぁ?」
まるで世間話のようなそれであるが、次第に目の輝くムーナ。
「わたし、出来れば綺麗な蝶々の方が好きなんですけど…、仕方ないので狸と狐で我慢しますね」
多少の不満を見せつつも、どことなく嬉しそうなムーナに、オルズロクはにっこり笑ってやる。
「たまに出入りする鼠や烏もなかなかすばしっこくてな。いい運動になると思うぞ?」
「ふぅーん…。で、それって観察報告ありなんですか?」
ムーナはニヤリと笑い返しながら、早速そわそわし出して今にも部屋を飛び出しそうである。
「あぁ、遊ぶのもいいが、無茶だけはしてくれるなよ」
「はい、陛下」
何気に偉そうなムーナとそれを許すオルズロクを静かに見守っていた者たちは、一同に思っていた。
(それでいいのか!?)
その思いにいろいろと混じっているのは、ムーナ以外の者が感じ取っていた。
それから、国王の執務室では度々、ド派手なオレンジ色の迷彩柄の人物が出入りすることになるのだが、おかしなことにとても目立つ衣装の割に目撃談は執務室に限られていた。
そのおかしな人物が、最近奥の宮に入った側室というのは一部の関係者の公然の秘密となっている。
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