旦那様、
「はじめまして、可愛いお嬢さん。」
ニヤニヤと“旦那様”らしき男が着物で座っている。いつかの時代の殿様みたいな、ポーズに部屋でまったく、緊張してしまう。
私は、笑顔を貼り付けようとしつつも、やっぱり、そんな男を睨んでしまうのである。
「まあまあ、そんなに睨まずに茶でも飲みな。爺の1人酒に付き合ってくれよ。」
「ガハハ、」とやっぱり、殿様みたいな男に勧められた茶を手に取る。そして、一口、口をつけた後、口当たりのいい茶にホッと息をついた。
「旦那、酒をお持ちいたしました、」
遥が襖を開いて、盆を男に差し出す。男は、お猪口に並々と酒を瓶から注ぎ、口に運んだ。くいっ、とお猪口を傾けると、「くぅっ、」と喉を鳴らした。
私は、飲んだことがないが、やっぱり、お酒というものは美味しいのだろうか。まあ、飲もうとも思わない。
昔は、赤字だらけで荒れた父が、酒を飲んで暴れたものだ。その時は、割れそうなものを手に持って、部屋に避難したのだ。おかげで酒については、いい思い出がない。
「お嬢さん、」
「有栖川 亜理紗です、」
“お嬢さん”と呼ばれるとむず痒いので、訂正を入れておく。それに、何となく馬鹿にされている気分になるのだ。
「あぁ、すまないね。女の子の名前を呼ぶことに慣れていないものでね。
…亜理紗君、が呼びやすいかな。
私は、龍崎 漸という。
旦那様でも、漸でも、好きに呼んでくれ。」
私は、「はあ、」と会釈をしてから、話を促した。
***
旦那様はつかみどころの無い人のようです。