黒い刃
夜。街では残業を終えた会社員が家族のまつ我が家へと帰路を急ぎ、路地裏では酔っぱらいがへたりこむ。闇に紛れて野良猫が餌を漁り、飼い慣らされたペットたちは各々の寝床で丸くなる。
そんな当たり前の景色から少し離れた郊外、舗装された道路の両手に木々の茂る峠道を、俺は登っていた。学ランを軽く着崩し、ポケットに手を入れて歩く様子は正に不良高校生だ。身長は170センチほどで体つきはやや筋肉質、前髪は目にかかるかかからないかのところまで自然に伸ばしてある。顔についてはよく「中性的な美少年」と言われるが、当然意識したことはない。
しばらく歩いていると、峠に差し掛かった。ここを越えると街は見えなくなり、下りきるまでは数メートルおきの街灯しか明かりがない。
俺はそこで立ち止まり、近くの街灯に背を預けた。
季節は秋、風のない静かな夜だった。ふいに10メートルほど先の空気が揺らいだ。
「来たか」
街灯から一歩離れ、その空間を見据える。少しすると、揺らいだ空間が俺の目線くらいの高さで徐々に裂け始めた。次元穴だ。
10年前から日本ではこの現象が多発している。次元に穴が開き、そこから次元獣と呼ばれる怪物が這い出てきて人を襲う。襲われたものは自我が崩壊し狂ったように暴れだしたり、一切の感情や欲求が消え、脱け殻のようになったりする。
空中に空いた穴は少しずつ拡がり、その下縁が俺の膝の高さに達したたとき、ついに化け物が姿を現した。
全長は2メートルほど、全体は茶色の毛皮に覆われ、足はまるで恐竜のそれだった。丸太のような腕には自らの胸の高さもある棍棒が握られ、顔は神話に出てくるミノタウロスに酷似している。
怪物の姿が完全に現れて初めて、俺は動いた。と言っても左腕を少し持ち上げ、腰にかざしただけである。怪物が俺を視界に収めた。そしてゆっくりと大股で近づいてくる。それでもなお、俺に恐怖はない。怪物が棍棒を振り上げた。空気が唸る。その瞬間、俺はかざしたのとは逆の手を反対側の腰にやり、いつの間にかそこにあった剣の柄をつかんで無造作に振り抜いた。目の前に闇が弾けた。一撃で怪物の胴体をまっぷたつに切り裂いたその片刃剣は漆黒で、金属と言うよりも水晶のような透明な材質だった。
直後、怪物が爆散した。辺りに生暖かい風を残し、次元獣は跡形もなく消え去った。留め具も無しに腰からぶら下がっている鞘に剣を納めると、途端にそれは姿を消した。俺はひとつ息を吐くと、何事もなかったように歩き出す。その場にはついさっきまで化け物がいた痕跡など微塵もなかった。
ディメンション本編一話です。
主人公はプロローグの「兄」とは全くの別人です。時系列的にはあれからしばらく経って真衣が高校生(もちろん主人公のクラスメイト)になった頃のお話となっています。真衣はそのままヒロインですが、兄のその後は・・・また本編で語られることになるのでご安心ください。
さて、今回少しダークな感じになりましたが、次話からはもっとファンタジックになるはずです。物語全体としては、コメディにはなりませんがわりと明るい雰囲気です(僕の頭の中では)。
連載にしては長いあとがきになってしまいました。読んでくれた方、ありがとうございました。次もできるだけ早くあげるつもりです。またチェックしてもらえれば嬉しいです。