私とお姫様と
落ち着け、私。
今まで二十四年間こんな場面に居合わせたことはいたって皆無だが、ここは何とかするしかないでしょ。
「だぁれ……?」
まだいくらか眠そうな、それでいてたいそうかわいらしい声が聞こえてくる。
くぅ~、可愛い!こんな妹がいたら絶対自慢するし!
あぁ、そんなぱっちりとした目でこっちを見ないで!お姉さん失神しちゃうから!
っていうか、危機感無さ過ぎじゃない?
まぁ、私は一般人なのでこのお姫様には何もしない、できないし、するつもりもない。
でもこれが、他の人間だったら?この子はどうするのだろう?
……そんな私の些細な疑問はすぐに身を持って解決されるのだが。
事は数分前。
いい加減に目の前のお嬢さんからの視線に耐えきれなくなった私は、口を開いて「ここはどこなのか」と聞こうとした。
まさにその瞬間だった。
ガチャガチャ、と金属同士がぶつかりあうような音がして(この時点で嫌な予感しかしなかった)、大げさに開かれた扉の先には、まさに兵士ですって感じの人たちがたくさんいた。
あれ?これって私マズイんじゃない?
きっと今彼らの目には見知らぬ女が可愛い可愛いお姫様の寝込みを襲ってるようにしか見えないのだから。
「姫!お怪我はありませぬか!!?」
「そこの怪しい女!早く姫様から離れないか!!」
…うわぁ、やっぱりお姫様だったのか。
とりあえず、私は死にたくないので素直に従っておりますとも、はい。
これは困った。話を聞いてもらえるどころじゃない。
今の私は完全に犯罪者扱いだ。多分。
一人で勝手に意気消沈していると、突然兵士さんたちの真ん中がバッと別れた。
ぼんやりと見ていると、そこから一人の男が現れた。わお、イケメン。
その男は180㎝くらいはあろうかという身長。それに加えて抜群のスタイル。
あぁ、女の子たちがほっとかないであろうそのルックス。
綺麗で真っ直ぐな黒髪を一つに束ねて、その男は堂々と近づいてきた。
「お兄様!」
そうかそうか。君のお兄さんか………え?
お、お兄様?え?ご兄妹っすか?マジで?
とことこと実にかわいらしい足取りでぎゅっとその男に抱きついている。
「クレア、怖かっただろう?もう心配はない。」
そんな超可愛い妹の頭を優しく撫でて、おそらく呆けたような顔をしている私にくるり、と向き合った。
「あの、お兄様…「分かっている。お前は下がっていろ」
…私に鋭い視線を投げかけるのを忘れずに。
あ、やっぱり?そうなっちゃいますよね?ですよねー。
その後、あのひっじょーに可愛い女の子は私が何もしてないということを弁明しようとしていたが、(もうそれだけでいいわ!)その努力もむなしく牢屋にぶち込まれたのでした☆
ってそうじゃないだろっ!私!
もちろん目の前には堅そうな鉄の棒がこれでもかというぐらいに何本も突き刺さり、窓もない。
はぁ、なんってついてないのだろうと思わずため息がでてしまう。
ほんの数分前の出来事であった。
いつものように仕事が終わり、悲しいことに彼氏もいない私は寄り道しないで真っ直ぐに家に帰る。これが私のいつもの習慣であった。
ただ、あの日だけはどうも違ったらしい。
その日もとくに急ぐような用事もなく、普段通りに過ごして帰ろうとしたまさにその瞬間だった。
玄関まできて、扉を開けて外に出ようとした。結局それは叶わぬこととなってしまったが。
次の瞬間目に入ったのは、ひどく青ざめた顔で声にならない叫びをあげている運転手と無情にもこちらに猛突進してくるトラックだった。