第102話〜勇気ある者の想い〜
~光の大陸とある場所~
「いくらなんでも遅すぎないでしょうか・・・?」
転送をして暫く経った、にも関わらず未だに何の音沙汰もない。あの2人は何を・・・
「むう。確かにな。これはやはり何かあったと考えるべきか」
私の懸念を肯定したハンスは嫌なことを言う。
「で、では我々も向かいましょうその島に!」
「まあ待て・・・あの者達なら迂闊なことはしていないだろう」
あのリシナという若い娘が是非にと懇願するので、転送記憶を持つ妹がその鬼ヶ島という場所へと連れていったのは、戦力増強のためしょうがないことではあるが・・・
「で、ですが」
正直冗談ではないのだ。私にとって、これ以上妹が危険な目に遭うというのは。しかし魔法の性質上、また合理性を考えるならば必要最小限の2人で行った、とも言える。
「それに、お主はその鬼ヶ島とやらに行ったことはないのだろう?それならば行くだけでも相当な手間ではないのか」
「そう、ですが・・・」
言ったきり私は項垂れた。確かにハンスの言う通りではあるのだ。
転送魔法というのは、その使用者が今までに行ったことのある場所にしか行くことができない。それは転送の魔法が、使用者がその地に漂う力を認識して記憶し、その記憶を引き出して魔力を注ぐものだからだ。だから行ったことのない場所の力はわかりようもないために適当に転送を行うということはできない。
『・・・っ!これはっ!』
「ぬっ?なんだ、どうしたアルス?」
と、仕方なくまた待機を余儀なくされたと落ち込んでいると、突如剣が喋りだした。
・・・それもどこかしら慌てたように。
「アルス殿・・・?」
視れば剣が放つ光も流動的に明滅している。
・・・興奮している、ようにも見てとれるが、
『まさか・・・・・・?何故・・・』
その声を発する剣は何かを独白しているかのように、
『このような遠く離れた地で・・・』
呟き続ける。
『しかしこの波動は間違いなく、』
まるで何事か知りたくないことを知ったかのように。
・・・何処となく辛そうな声色で。
「いったいどうしたと言うのだアルス?」
「そうですよ。かつて勇者とまで呼ばれた貴方がそのような」
ハンスと同じく怪訝そうな顔で私は剣に訊いた。かつてこの大陸で勇者と呼ばれており、今は魔を滅するために剣へとその身を転じた一体の・・・
『・・・龍巣を使うぞハンス』
「何故だ?」
これまたハンスと同じく私も疑問を覚えた。何故この光の大陸から移動をしなければ、と。
『何故、か・・・勿論、止めるためにだ』
しかしその疑問は剣の次の言葉で解消された。
ーーー暗黒魔神を止めるため。
▽▽▽
遥かなる昔、大陸にて二体の者が対峙していた。
一方はその姿を縦横無尽に移動させ、目で追えない程に素早い動きをしており、もう一方はそれとは対称的にまるで足に根が生えたかのようにどっしりとその場に留まっている。
死闘・・・それを繰り広げている両者。傍から見ればどちらが優勢でどちらが劣勢かは明らかだった。
『はぁ、はぁ、はぁ・・・』
・・・やがて一方の動きが止まった。
『くそっ!まるで霞を相手取っているかのようだ!』
小さき姿をしている、とは言ってもそこらに生えている葦よりも背丈があるその者はもう一方の大きな者を見ながら悪態を吐いた。
『・・・汝は生物にしてはよくやった・・・』
そして大きな、大きく黒い者のほうは小さき者を称賛しているかのように言い放った。
『くっ。舐めた物言いを!』
『・・・真実だ。この我にここまで肉薄した生物は未だかつて居ない・・・』
何処と無く慰めている、そんな口調で大きな者はその身体に纏わりついている黒い霧のようなものを震わす。
『この私が!』
まだ年若きその小さき者・・・この地より異なる世界に生まれ落ち、成長しきらぬままにこの世界へと落とされた者は再びその黒い大きな者へと立ち向かう。
『・・・諦めるがいい、滅びるがいい、この地諸とも・・・!』
『ぐっ!?』
しかし黒い大きな者のその体躯に見合う、凄まじいまでの力の洗礼を浴びて小さき者は吹き飛ばされた。
『・・・我は最強の存在。汝ごとき矮小なる者に後れをとるわけもない・・・』
その様を見た黒く大きな者・・・この大陸のみならず近隣の大陸に生きとし生ける全ての者より畏怖され魔神と呼称される者は、ただ淡々と事実を述べている。といった体で小さき者へと話しかけた。
『だが!それでも!例え勝てぬ敵だとて!私は私の想いを貫き通す!!!』
『・・・ならば来い、勇気ある者よ・・・』
『貴様に言われずとも!・・・はああああああ・・・!』
小さき者の身体は淡く光り、
『・・・!忌まわしき力を持つもの・・・』
『喰らうがいいっ!これが龍を騎士たらしめる力っ!!』
『・・・騎士?』
『護りの一撃だっ!!!』
『・・・っ!!?』
小さき者はその身を賭して大きな者へと一撃を入れた。
△△△
あの戦いで自身は辛うじて打ち克つことができた・・・大陸に巣食う暗黒魔神へと。
彼の地に蔓延る邪なる想いを抑えるべく、その主なる者を滅ぼすためにこの身を賭して、また投じた一手を行使したのは今でも間違っていないと断言できる、そのことに一片の後悔すらない。
・・・結果として止めを刺せなかったとしても。
だが、とこの姿になってからも時たま思うことがある。
それは・・・
「しかし。何故分かったのだアルスよ」
今の自身の使い手、である人間が訊くことは考えるまでもなく奴のことだ。他でもない、あの黒き魔神・・・
『決まっている・・・奴は定まった肉体は持たない。というよりも持てないのだ、その強すぎる想いある故に・・・だからこそ力自体ではない奴の想いを嗅ぎとることができる・・・私には、な』
「想い、だと?」
『そうだハンス。奴の存在には目的らしい目的は無い』
▽▽▽
『・・・この一撃・・・騎士とは・・・!』
『そうだ!龍剣!・・・私はこの世界に生きる者達を護るべく戦う』
『・・・我に立ち向かう者』
『勇者だっ!』
『・・・我が存在を打ち消す者・・・』
『光の力を!地の祝福を!』
『カアアアアア!!!』
『っ!?身体がっ』
『我が眼から逃れる術は・・・・・・無い!』
『魔神の眼かっ・・・!』
自身の技を喰らったやつは僅かにたじろいだ。
だがそれを打つと同時に身体が見えない何かに押さえつけられる。
『・・・去らばだ・・・最強の騎士・・・・・・勇者、よっ!』
『くっ。ここまでかっ!』
その瞬間生を諦めた。
それでも動かぬ身体に力を込めて、できる限り足掻く。
『・・・!!?』
『なんだっ!?』
だが。
いよいよ止めを差されそうな段になって魔神がその動きを止めた。
『こ、この光はっ!?』
『光?』
見れば魔神の黒い身体を覆うように、眩い光が奴を取り囲んでいる。
『・・・まさか・・・生命の輝きが・・・』
『なんだと・・・?』
もがき苦しむ素振りを見せる黒い魔神が喚いた言葉は不可解なものであった。
『お、おおおおおおっ!』
『っ!?動けるぞ!』
不意に身体を押さえつけていた戒めが解けた。
勝機!
『我が想いを!』
世の大陸に生きる、全ての生物を護りたいというこの想いを!
『受け取れっ魔神!』
そうして・・・自身の一撃を為す術なく受けた黒い魔神の肉体は塵となった。
△△△
・・・勝てたとはいっても、あの不思議な力が無ければおそらく私のほうが倒れていただろう。それほどあの不思議な力は強力なものだった・・・暗黒魔神の動きを止めるほどに。あの光が無ければ・・・
冷静に考えてみれば、あれほどの力はまさしく神の・・・
考えていると龍巣へ辿り着いた。
「着いたな。それでアルス?その力を感じるという場所は何処なのだ」
『火の大陸だ』
「・・・承知した」
〜〜〜
この者は・・・強い。
自身が想いと共にこの地に蘇って、直ぐに対峙したこの存在はかつての奴、我が宿敵である者をも凌ぐ力を見せつけた。
アルス・・・騎士にして勇者なるあの輩、生命の輝きに邪魔をされたといえどもそれまであれほど強力な存在に出会ったことなど無かった。
・・・いや。厳密に言えばあるにはある・・・しかしそれはまた別の次元に位置する存在だ・・・この世の災厄を司る者、自身と同じく特殊な想念、肉体を持つあの者。比べるものではない・・・だが、想いを・・・それが正なるものと負なるものという違いがあるとはいえ、想いを自身の力にするという点では似通う両者・・・そして同じく自身も・・・
今に至るまで眼を通じて全て見ていた、この人間の戦う様を。
始めにこの世界へと再現した時はかつての記憶が甦ったため、憎き奴の姿を追い求めているだけだった自身・・・決してこの人間に対して油断していたわけではない、何せあの災厄の者を以てして最強とまで言っていたのだから。
この人間・・・名はオルレアンというらしいが、オルレアンのその時の一撃により我が蘇った肉体は再び霧散した。が、眼だけは消滅しなかった。それだけでなく何故かオルレアンという人間の視界を共有することになり。
・・・かつて魔眼と呼ばれていた自身の眼を通してオルレアンの戦う様を幾度か見てきた。この人間も奴と同じく騎士を名乗る者だ、ということはこの人間が剣を振るうのは奴と同じく護るため、何かを護るために、だとは理解できた。だがいったい何を・・・?
・・・護りの剣とは厄介なものだ。かつてアルスですら自身と初めて対峙した時には力に呑まれていた、にも関わらず奴は自身の想いを貫くため、騎士とやらの役割を果たすために己の敗北を意識しながらもあれほどの力を見せつけたのだから・・・そも単に奴だけの強さならば我が後れをとることなどはなかっただろう。動きを眼で封じられたアルスはもう1撫でするだけで滅ぶところだった。だがあの地における生命の輝き、その力をまともに浴びてはさしもの我も・・・
とどのつまりあの光を呼び寄せたものこそが強き想い。護りたいという想い・・・
・・・ならば、
「・・・私の頭に出てきたばかりだが、あまり長い付き合いではないかもしれん」
『・・・それはあの魔の力を持つ者が相手だからか』
自身の眼の宿主オルレアンが不安感を出して言う。それは無理もないことだろう、先ほど真っ向からの力と力における競り合いで身体を貫かれていた・・・
向こうに見える生物はそれほど危険な存在だ。此方を見据えてオルレアンに警戒し身構えているあの生物、オルレアンはトウヤと呼んでいた。
「・・・そうだ。トウヤは強い。このまま何の策も無く再びやり合えば万に一つも勝ち目はないだろう」
『・・・ではどうするオルレアン?』
確かに両者の強さには大きな開きがある、ように感じる。魔力ひとつとってもそうである上に、
「・・・せめて剣があれば」
『・・・・・・牙か』
アルスと同じくオルレアンもまた業を牙へと昇華させることができる。あの一撃があれば一矢報いるぐらいのことはできるのだろう・・・
「・・・無い物ねだりをしている場合ではない、か」
見るとトウヤという生物が此方へと歩を進めている。その立ち上る雰囲気からするに手心を加えるということはなさそうだ。
オルレアンに憎むが故に。
「・・・仕方がない。例え無手とはいえやるだけはやってやる・・・!」
『・・・だが、』
「これは!?」
『・・・?』
突然驚きを顕にしたオルレアンの感覚に従って目線を合わせてみると、
「魔物か・・・?」
『魔物?・・・いや』
海の方より巨大な生物がこの地へと近づいていた。
・・・この感覚は、
〜〜〜
あれは・・・
その場に居た老人といった風情の者は口許で呟いた。
海を伝って泳いでくるその大きな姿の者には見覚えがあった。
それはかつて見たことがある姿よりも大きくなってはいたが、以前の面影もある上に魔力も既知のものであり、何よりその姿かたち・・・龍の姿をしていることから自身の記憶と照らし合わせなくとも間違いようもない。しかも海を移動してくるとなれば一体しか居ない。
『レヴィアタン?』
ベヒーモスは怪訝そうに呟いた。
・・・何故だ、と。
・・・奴は儂に会いに来たのではないのか。
災厄が蘇ったため各々の龍の力を合わせるために。(もっとも既にその必要はなくなったが)
ならば儂の元へ駆け寄るのが道理ではないのか?
・・・それが何故、
「あの龍は?」
『奴はレヴィアタン。儂の同族じゃ。が・・・?』
その場に居た生命が彼方を見て呟いた。
レヴィアタンがあの人間に近づく様子を見て。
・・・あの、災厄と共に現れた人間に。