挿話1〜青年〜
たまに過去話みたいなのを書くんですが、敢えて挿話という形にしました。
西暦〜??年〜
・・・大陸西側に威容の大きな建物がある。
辺りは鉄柵に囲まれておりその建物から抜け出すのは限られた人物を除けば容易ではないだろう。そこに収容できるのは何処か1つの町の住民全てを連れてきたとしてもまだ余裕がある程だ。そして其処では日々様々な研究が執り行われている。その目的は主に差し迫った世界の滅亡を回避するため、人類と言う一つの種を後世に残すために、各国が莫大な予算を挙げて共同で力を注ぎ込んでいる、というものだ・・・
かつては世界における何処の国家でも我先にとこの地から退避しようとしていた。だからこそ・・・当初は、人類の夢の架け橋となるはずだった惑星間移動装置、通称エレベータの研究、そして人口惑星居住区、通称惑星コロニーの製造・建設が最優先で開発を推し進められていたが、ある理由によりそれら全ての計画が水泡に帰した・・・
一言で言えば人類はこの地に・・・この星の中へと強制的に収容されることとなった。
そのような現状を打破すべく各国、ひいては世界中が総力を挙げてこの建物を建造し、それに関わる者を選りすぐって用意したのだが・・・建物の外に漏れ聞こえる悲鳴あるいは叫びはそのための結果が出ていないことを肯定している。
・・・ゲノム研究所、その大きな建物の名はそんな通称で呼ばれていた。
〜〜〜
「シット!また失敗か!このくそったれっ!」
建物の中の一室で研究結果を見た僕は1人口汚く叫んだ。もうこれで何度目の失敗になるのか数えるのも嫌になる。今のように世界の情勢が変化する10年前までは安定した高給な誇りある職に就くことができたと、希望に充ち溢れていたものだが、何のことはない・・・押し付けがましい英雄とやらの立場へと甘言を用いて誘導されたにすぎない。何故ならばこの研究所の実態はある意味では世界の、と言うよりも神への冒涜とも言える所業を行おうとしているにも関わらず誰1人として望み通りの結果を出してはいないからだ。あの天幕、あれさえなければそして時間制限さえなければ本来穏やかな性格である僕がこのように薄暗い一室で1人叫ぶこともなかっただろう。全てはあの日から狂ったのだ・・・
コンコン
部屋のドアをノックする音が聞こえる。
「シット!」
おそらく今日の見廻りだろう。つまりもしない屁にもならない結果報告をしなければならないこの時間がやってきたことについつい口から愚痴がこぼれる。あいつらはさながら機械のように感情のない瞳でただ報告を聞くだけだから気にする必要もないのかもしれないが、僕のプライドにとって何も結果を出していないというこの状況はそれこそ何かの罰のように感じる。
「ドクター本日の首尾はいかがですか」
部屋に入ってすぐに抑揚のない口調で問いかけてくるこの人物は、見廻りの兵士だ。顔といいその重武装といい誰が誰なのかあまり見分けがつかない。唯一分かる違いと言えば声ぐらいか。日替りでこの役目を交代しているようなので、事務的にさしたる重責も負ってないように見えるからその点に関しては良い役割分担だと言うこともできる。
「いつもと一緒さ!」
半ば自棄になった口調で言い放った。
「そうですか。では」
そうしてそいつは何事もなかったかのように部屋を出ていった。
・・・このロボットのような、同じことしか繰り返せない奴等の上役はもしやこの僕にこのような屈辱、(つまりは無言の圧力、そして表情に表れない嘲笑)を味遭わせるためにあえて無駄口を叩かせないように言い含めているのではないか、と勘繰りたくなるほどにワンパターンな反応だ。いやいいさ、解っているんだ。以前学会で塩基配列の仕組み、ヒトゲノム理論の論文を発表しそれなりに名声を得た僕を、そして今の日々何も結果をだしていない僕をあいつらは見下しているんだ。
ヒトゲノム理論、それは生物を構成する遺伝子の塩基配列の構成に言及したもので、言い方を変えればDNA理論とも呼ばれている。
僕の理論とはつまりは・・・
「愚痴ったところで結果が出るわけでもない、か」
見廻りに邪魔された作業を再開することにしよう。
「トール!」
・・・と、思っていたらまたしても邪魔が入った。ノックすらせずに今いきなり部屋に飛び込んできたこの子は、
「やあ、どうしたんだいジェシー」
ジェシカ・ガーリアス、僕の同期だ。
この年齢にそぐわない程に元気な金髪の女性は僕と同じ研究を行っている。僕同様あの見廻りが来る時間のはずだけど、何で此処に?
それに彼女はもう・・・
「トール、ちょっといい?」
そんないたずらっ子のような微笑を浮かべたジェシーは何故だか人生が楽しくて仕方ないといった様子だ。
「ジェシー?」
だが天真爛漫なこの女性と言えども訳もなくこのように上機嫌だというのは腑に落ちない。そう思って怪訝な顔でジェシーを見てみるもやはりその表情はにこにことしている。
「結合、したの」
「!!?・・・う、嘘だろ、本当かいジェシーッ!!」
「ええ本当よ、それより痛いから離して?」
「えっ?あ、ああごめんよ」
ジェシーの話にどうやら興奮しすぎていたようだ。思わずその華奢な両肩を掴んで揺さぶっていたらしい。
「でも、分かるわ。私も目を疑ったもの。あなたにいの一番に知らせに来たのは一緒に確認してほしいっていうのもあるんだ」
「そ、それなら行こう!直ぐ行こう!疾く行こう!」
「ぷっ」
「どうしたのジェシー!」
興奮して促すもジェシーはくすくすと微笑むだけで動こうとしない。
「いえね、貴方はやはりあの国出身の人なんだなと思って。今のその表現は中々に興味深いものだわ」
何だそんなことか、と僕は納得した。興奮したときについ昔の喋り、そして言語が出るのは僕の癖だ。今は遠いあの故郷の言葉はでもこの建物で通じる人物は限られている。ジェシーもそのうちの一人だ。
って、そんなことはどうでもいいことに気がついた僕はジェシーと共に部屋を出た。
「これが・・・」
「どう、かな?」
そしてジェシーの研究室の中で僕は先程の言葉が正しいことを確認した。
「凄いよジェシー!どうやったの」
その部屋にあったフラスコの中では確かに結合が果たされている、それを目にした僕はジェシーにその方法を訊いた。
「隠すほどでもないけど。つまりね、実験体に刺激を与えるでしょう?今回やったのはその刺激を・・・」
成る程、それは異端な発想だと僕はその方法を聞いて納得した、と同時に今まで試さなかった方法でもある。
気付かなかった・・・というか気付けなかった方法だ。
「でも凄いよ、どうやってそんなの思いついたんだい?」
当然の疑問だと考えて直接に訊いた。
「それはつまりね・・・」
・・・・・・成る程。
それは確かに今まで誰もしなかっただろう、いやできなかっただろう、と思える方法だ・・・誰だって自分の命は惜しいから。いや心の中では誰もが、どの研究者が考えていたのかもしれないがそれを実行に移すとなると。
それを訊くと同時に僕は何故ジェシーが僕の部屋を訪ねてきたのかを悟った。これほどまでに落ち着いているのはどうしてだろうか、分からないが。
「でも、よく思いきったね・・・」
僕がそう言うとジェシーは寂しそうに微笑んだ。
「だって悔しいじゃない?意のままに操られるなんて・・・私は操られるよりも操りたい。ううん、操りたかったの」
見えざる意思を
・・・と言い残してジェシーはその場に倒れた。
「・・・君がやったこと、出した結果はきっと伝播するよ。いやしてみせる!・・・それが自分の命を懸けてまで結果を出した君の望みなんだから」
結合とは遺伝子の結合・・・別種の種族間の・・・十年前に突如、空を覆った天幕から放射されている生物を死に至らしめるあの物質、に対抗するべく抗体を造り出すために立てられたゲノム研究所。その物質に触れたものは最大でも十年しか潜伏期間がなく、その死の病が発症した時点で十日しか生きられない、と現在考えられている。だから発症したジェシーは僕に後を託したのだろう、文字通り死に物狂いで。そんな姿をおくびにも出さず只々僕に全てを託して・・・つまりは致死量に達する程の自身の血液を実験に費やすことで。
・・・しかし、結合が可能な程の数種類の血液を費やすということはハイリスクな手段である。僕は実験を成功させ完遂させるためにも自分のものを使うわけにはいかない・・・・・・死を悟っていたジェシーとは違い、まだ発症の兆しすらない僕がやるべきことじゃあない。
ではどうするか・・・
決まっている、方法は他にない。自分のでなければ・・・
・・・それを考えている僕の顔は自然にぐにゃりと歪んでいた。
挿話にした理由は世界観のずれがあるからです。