カップ麺を生成する程度の能力
「かっプめン、オとしマしたヨ」
俺が街を歩いていると、後ろからスマホの翻訳AIの物と思われるアクセントのおかしい日本語が聞こえてきた。
振り返ると、遠目には日本人っぽいが近くで見ると明らかに日本人っぽくない顔つきをした、中国人と思われる男たち2人組が一方は右手にスマホを、もう一方は右手にカップ麺を持って立っていた。
ラフな格好、それに両者とも左手に大型のトロリーバッグのハンドルを握っているのを見るに、おそらく観光客だろう。
近づくと相手は俺にスッとカップ麺を差し出してくる。俺は素直にそれを受け取った。
「謝謝。enjoy japan」
カタコトの中国語と英語とぎこちない造り笑顔で何とか意思疎通を図る。どうやら相手には通じたらしくて笑顔、かつ上機嫌で去っていった。
翻訳アプリを入れておけばもう少し気の利いた話も出来たと思うのだが、肝心な時に限って必要な物が出てこない。っていうのはいつの世にもある事らしい。困ったもんだ……。
かつては「異能」「超能力」あるいは「才能」「スキル」と呼ばれていたものが人為的に引き出せるようになって、今では当たり前のように子供にスキルを引き出す処置が施されるようになった。
もちろん俺もそれでスキルを引き出されたのだが、それが「カップ麺を生成する程度の能力」で、4時間に1個カップ麺を生成する、というもの。
スキルが無いよりはマシだが、あった所でどうするのやら……という能力だ。常に兄の能力と比較されて「ダメな奴」の焼き印を押され続けていた。
もちろん昔はこんな能力しか授けてくれなかった神や俺と違って恵まれている兄を恨んだし、何だったら兄の事ばかり可愛がって欲しいものは何でも優先的に買わせていた両親の事も、随分と憎んでいた。
だから18歳になり高校を卒業すると同時に家を飛び出し、その後家族には頼らずに1人だけで生きている。金銭面では随分と貧乏しているが、悪くない生活だ。
「ふう」
ビルのガラスに映る俺の姿は、左手には膨らんだ紙袋を持ち、背中には登山家や探検家が使うような大型のリュックを背負っている、というもの。
10月になって過ごしやすい日が続く中、今年のお盆の頃から毎週土曜日に「とある場所」へ向かうための手土産のカップ麺がパンパンに詰まっている。
服装はTシャツにレザーベスト、アーミーパンツを合わせたいわゆる「アメカジ」と呼ばれるコーデだ。
再開発でにぎわうビル街を抜け、下町風情の残るエリアに構える雑居ビルの2階にある「子ども食堂 Nozawa」に今週もやってきた。狭いながらも子供たちが8人、食堂の中で俺を待っていた。
「あ、おじさんだ!」
「カップ麺おじさん! 今日も持って来たんだ!」
「おじさん、カップ麺ちょうだい。持って来たんでしょ?」
腹を空かせた子供たちが一斉に群がってくる。毎週土曜の昼に顔を出すようになってからはすっかり顔を覚えられてしまった。にしてもおじさんって……俺はまだ25歳なんだぞ。
「しょうゆが良いな!」
「私ミソが欲しい!」
「とんこつ食べたい!」
「分かった分かった。ちゃんとあるから安心しろ」
とりあえず腹が膨れる事が分かったら今度は味にこだわりだす、か。まぁ良い事だろう。
俺が生成するカップ麺の味はしょうゆ、ミソ、塩、とんこつ、の4種類がランダムで出る。統計を取ったのだが、どうもどれかが連続して出ると他の味が出やすくなるらしく、それでバランスが保たれているらしい。
自分自身の能力なのに、らしい。と言うのはおかしいかもしれんが。
カップ麺をすする子供たちを見てると、どうやらこんな能力でも人を笑顔にすること位は出来るらしい。
「あら、広田さん。やっぱり来てくれたんですね」
「あ……の、野沢さん」
子供たちが騒いでいるのを聞いて仕事を中断して子ども食堂の経営者、野沢さんが様子を見に来た。動きやすい服装の上にエプロンを付けた、保育士によくある格好をした女性だ。
こんなところで地味な保育士をしているのがもったいない程の美少女で、最近ようやく普通に話は出来るようになったがそれでも緊張してしまう。
「いつもありがとうございます。カップ麺でも子供たちの食事になるから大助かりですよ」
「あ、ああ。そうですか……いやいやこちらこそ。大したことじゃないですし」
野沢さんの顔を見ていると心臓の鼓動が早まる上に音もでかくなる気がする。口も乾くし彼女に変な事を言わないか心配で口数も急に少なくなる。
アイドルでもやれそうな顔なのに子供たちのために骨身を削るところも健気だ。
「あ、そうそう。広田さんにお客さんだそうですよ」
「へ? 俺に客?」
誰だろう。と思ってフロア内の会議スペースに行くとメモ帳を片手に持った、いかにも安っぽい男が待っていた。
俺よりも兄に用があるのだろう、俺には分かる。こういう連中を見ていると心底イライラしてくる。正面玄関から堂々と入らずにコソコソと裏口を使おうとする卑怯者で、スケールの低い奴に決まってる。
相手はヘラヘラとした嫌味に見える笑顔をしながら気安い、というよりは「無礼」あるいは「恥知らず」と言える態度で接してきた。本当に、小物だ。
「いやぁ~会いたかったですよ、あの『ビッグバン広田』の弟さんですよね! ちょっとだけお話よろしいでしょうか?」
「兄に関する話がしたいのなら兄と直接会って話をしてください。それに俺は家族とは疎遠なので話を通したところで相手側には伝わりませんよ? 俺を経由せずに本人と直談判した方が早いですよ」
「何をおっしゃいますか! せっかくあなたと会えた記念にもうちょっとだけおしゃべりをしてくれませ……」
俺は相手の口を端折る形でスマホのサイドボタンを5回連続で押し、警察への緊急通話が出来る画面を呼び出した。
「これ以上食い下がるようなら警察呼びますけど?」
「……」
さすがに警察沙汰になったら分が悪いと思ったのか、相手は渋々子ども食堂を後にした。
やはり警察をチラつかせるのは悪い虫を追い払う方法としては良い物らしい。ざまぁみろ。
どうやら自力では「ビッグバン広田」要は俺の兄に近づくことが出来ず、家族を当てに記事にでもなりそうなネタを探すつもりだったらしい。無様で残念だな。
兄が「人を笑わせる程度の能力」を持っているのが分かると幼少期よりさっそくお笑い芸人養成所に通わせ、さらには7歳の頃から動画配信者として動画に出るようになり、今では28歳にして冠番組を2本も抱える国民的お笑い芸人だ。
実家には唸る程のカネが送られていてそれを元に最近家を新築、しかも土地を買い増しして元よりも広い家を建てたそうで、まさに「故郷に屋敷を建てる」を実現したという。
……ただカップ麺を作れるだけの俺とは大違いだ。
「……やはりお兄さんと比較しているんですか?」
「!! 野沢さん……」
男が去って間もなく、野沢さんが声をかけて来た。聞いていて耳に心地いい声だ。
「ええ、まぁ。兄に近づきたいために俺を利用する。っていういつもの事ですよ」
「広田さんの能力は素晴らしいものだと思います。こうやって子供たちのお腹を満たせますから」
「……そうですか。そう、だよな」
普段だったら「カップ麺ばかりじゃ栄養が偏るじゃないか」とかいじけそうになるが、野沢さんの前ではついつい「カッコつけて」悟りすました高僧のような態度を出してしまう。
「あの……ちょっといいですか?」
「? 何でしょうか?」
「明日は食堂を閉めるんです。それで時間が空きますので……一緒にお食事でも行きませんか?」
え……一緒に、食事!? 耳を疑った。あの野沢さんが俺を誘って!?
「!? お、俺と!? 良いんですか!?」
「え、ええ。子供たちにカップラーメンを出してくださって、遊び相手にもなってくれてますし……お礼もしたいんです。良いでしょうか?」
「もちろんですよ!」
返事はもちろん「OK」だ。
それから2年後……俺達は「新婚夫婦が出演するTV番組」に出ていた。
「確か……旦那さんは『カップ麺を生成する程度の能力』をお持ちだとお聞きしましたが?」
「ええ、そうなんですよ。それで私の子ども食堂にこの人がカップ麺を子供たちに配ってるのを見て『良い人だなぁ』って思って勇気を出して食事に誘ったのがきっかけなんですよ」
「俺もビックリしたんですよ。こんな素敵な人が俺の事を思ってくれただなんて夢にも思ってなかったですから」
新婚特有の甘ったるい雰囲気を隠そうともせず、のろけ話を続ける。こういうテレビ番組でもなければ嫌味に聞こえるだろうが、視聴者が望んでいる事らしくて気にせず話を続けていた。
兄程ではないが、どうやらこんな能力でも人を幸せにする程度の事は出来るらしい。




