ナリヤという幼馴染に人生を狂わされて
やっぱりこうなったのねと思った。
目の前には婚約者のアシス・エンディーがいて私を睨みつけながら、身に覚えのない在らぬ罪を滔々と語っている。
一ヶ月前までは私のことを「愛している」と言っていたその口で私を嘘、偽りで責め立てている。
ダンスの音楽も止まってしまい、沢山の人に取り囲まれる。
今日は最近会っていなかったアシスに呼び出された公爵家の夜会だった。
何もこんな場所で言い出さなくてもいいのにとそれだけは恨めしく思う。
アシスの隣に並び立っているのは私の一つ年下の幼馴染のナリヤ・オークレット。
「なんとか言ったらどうなんだっ!!」
「アシス様。婚約者である私の言うことをどうして信じてくれないのですか?」
「ナリヤが言っていることが事実だと証言する人達がいるからだ!!」
「シューリ! お願い!! 謝ってくれたらそれでいいの!! 謝ってくれたら全て許すから、謝って!!」
「覚えのないことを謝ることはできないわ! 私はナリヤから何かを奪ったこともないし、暴力も振るったこともないわ。
私がナリヤから奪ったり暴力を振るったというところを見たという人は誰?!」
「それは言えないわ⋯⋯。だって迷惑をかけてしまうもの⋯⋯」
そう言ってナリヤはポロポロと涙をこぼす。
そんなナリヤの姿を見てアシスがナリヤを私から隠すように背に庇う。
私のほうが泣きたい。毎回こうなんだからいい加減気がついてくれてもいいんじゃないかしら?
ナリヤのことを知らないというアシスは情報収集能力が低すぎるのではないだろうか? 思わず心配になってしまう。
私はアシスの目を見て告げる。
「私がナリヤに暴力を振るったりしたところを見たと言っている人が誰だか知っているの? そしてその人たちからナリヤが言っていることが本当だと確認したの?」
アシスはほんの少し気まずそうに私から視線を外した。
「私に誰なのか教えなくてもいいわ。婚約破棄でも解消でも受け入れるわ。でも最後のお願いを聞いて。一度だけでいいの。ナリヤが言っている証言者に本当かどうか直接尋ねてみて」
「⋯⋯そんな必要はないと思っているが、一応確認してみる」
私はアシスとナリヤに背を向けて立ち去ることにした。
私たちの周りを取り囲んでいた人たちが私の行く先を一歩、また一歩と下がっていく。
「あ〜⋯⋯またか」と思っている顔は半分ほどいる。
私はいつも以上に背筋を伸ばして口角を上げて真っ直ぐ前を向いて歩いた。
やっぱりこうなった。こうなると思っていた。
アシスとナリヤが出会ったのは私にとって『ああ。やっぱり』と思う出来事だった。
婚約者が出来たことをナリヤに知られないように細心の注意を払っていた。
あの日、ナリヤが平民街に遊びに行くと言っていたから、私はアシスと図書館へ行った。
アシスと並んでノートを広げたら「あら! シューリ! 隣りに座っている人は誰?」とナリヤが声を掛けてきた。
「どうして⋯⋯」
「ふふふっ。ここ最近シューリの様子がおかしかったから後付けちゃったの。予感的中でしょ?!」
隣に座るアシスを見るとナリヤを見て頬を染めていた。
ナリヤは細くて小さくて守ってあげたくなるような容姿をしている。容姿だけなら誰もが羨む女の子だ。
それをナリヤ自身もわかっていて殊更頼りなげに振る舞い、男性の視線を自分へと集めるように涙を零す。
ひと目で異性を惹きつけてしまう。
けれどナリヤの性格は正反対で、意地が悪く人の嫌がることをすることが大好きという嫌な性格をしている。
付き合いの長い相手はナリヤのそんな性格を知っているけれど、アシスはナリヤのことを知らないからひと目で騙されてしまっている。
ナリヤにもう何度も友人知人との関係を壊されている。
一周回って被害者の会みたいな感じで友人や知人は出来たけれど心から信じられるかと言われたら信じられない。
上辺だけの付き合いをしている。
ナリヤに「どうしてこんなことをするの?」と聞いたことがある。
その返事は「だって面白いんだもの。シューリの傷ついた顔を見ると胸がドキドキしてすごく、本当にすごく高揚するの」ととても嬉しそうに答えた。
「今までいろんな子たちに同じことをしてきたけれど、シューリが一番よ! 一番高揚するの!!」
ナリヤに関わるのが嫌でなるべく近寄らないようにしてきた。
それでも気がついたら私の周りにナリヤがいる。
友人やちょっと気になる人ができたら色んな方法で私とその誰かの関係を壊していくナリヤ。
関わらないようにどれだけ気をつけてもナリヤは私の一挙手一投足を知っていて、私に関わってくる。
アシスのことだけはナリヤには知られないように気をつけていたのに、婚約してたった二ヶ月で気付かれてしまった。
でも、ナリヤが気付くことは解っていた。
アシスとナリヤが出会ったその日、屋敷に帰り着くとすぐにナリヤにアシスのことを知られてしまったと父に伝えた。
父は私をまっすぐに見て深い、深い溜息を吐いた。
この頃にはもう両親もナリヤという少女がどういう人間か知っていたので長い無言の後、父は貴族らしい笑顔を浮かべて「わかった」とだけ言った。
アシスは翌日私を訪ねてきた。
「すまない。一方的にナリヤの言葉を信じてしまって。シューリがナリヤになにかしたと証言する者は誰も居なかった。
逆にナリヤがシューリに嫌がらせをしていることが解った」
「そう」
「許してくれるか?」
「いいえ。婚約者には私のことを信じてほしかったわ。信じてくれない人とはやっていけないです。
父から婚約は解消させると言われているの」
「俺が馬鹿だった!! 許してくれ!!」
「私が許すとか許さないとかの問題じゃないの。
婚約のね、条項にナリヤのことは書かれているのよ。
私の人生につきまとうナリヤに騙されることがないようにと、万が一ナリヤに騙されて婚約破棄をアシスから申し出てきた場合は金貨500枚の慰謝料を支払い、即時婚約解消するって」
「え?!」
「アシスなら許せる? アシスの人生を狂わせてくる相手に私が心を許して婚約破棄を申し出たら⋯⋯。
私は許せないわ。だからアシスとはこれで終わりなの」
アシスはその後何も言わずに帰っていった。
その翌日には婚約は解消され、その数日後に金貨500枚も支払われた。
「お父様!! やったわ!! ナリヤ様々ね!!」
「ああ。こんなにうまくいくと思わなかった。この金貨500枚で借金を完済できるなっ!!」
母も笑顔で喜んでいる。
ナリヤに人生を狂わされているのは本当のこと。
でも今回はそれを逆手に取って我が家の借金の返済ができないか考えたのは私。
私が婚約したと知ったらナリヤが必ず奪いに来ることは解っていた。だから婚約の時エンディー伯爵にすべてを話して条項を付け足した。
エンディー伯爵夫妻は「息子はシューリ嬢が好きでしかたないようだ。だから大丈夫ですよ」と笑ってサインした。
両親も私も「安心しました」と笑ってサインした。
私は優しいアシスを好きにならないように気をつけた。
「愛している」と言われて「私も愛しているわ」と答えながらもそれは嘘偽りだった。
デートは沢山した。会えない日は手紙が届いたしささやかなプレゼントも沢山届いた。
けれど私がアシスを好きになる前にナリヤはアシスの前に現れた。
その時、私は心の中で諸手を挙げてナリヤを称賛していた。
父は借金を返済し終えてナリヤが居る王都から離れる決心をした。
王都邸を手放し、領地へと戻ることにした。
ナリヤが居ない人生は信じられないくらい順調で、隣の領地の四男と婚約して一年後結婚した。
子供も二人生まれてとても幸せだ。後二人くらいは欲しいよねと夫に言われて少しだけ気が遠くなった気がしたのは気のせいだったと思っている。
ナリヤと知り合ってから初めて噛みしめることができた幸せだった。
ここにナリヤやってくるまでは。
「久しぶりね!! シューリ!! やっぱりあなたが居ないと生きてるって気がしないわ!!」




