第8話 凱旋のピッツァと、集結する美食の王たち
『天空遠征号』が王都の広場にゆっくりと着陸した時、そこには大地を揺るがすような歓声が待っていた。
「帰ってきたぞー!」
「救世主様だ! エリス様と黒狼騎士団長だ!」
タラップを降りた私たちは、瞬く間に熱狂的な人波に飲み込まれた。
世界樹が復活した影響は劇的だった。
王都の空気は澄み渡り、街路樹は青々と茂り、花々が一斉に咲き誇っている。
マナの欠乏で元気がなかった人々も、今は肌艶よく、満面の笑みで手を振ってくれている。
「やれやれ、これじゃ店に戻るのも一苦労だな」
ヴォルグさんが苦笑いしながら、フライパンを掲げて道を開ける。
レオンハルト様が私の腰をしっかりと抱き寄せ、群衆から守ってくれる。
「エリス、離れるなよ。今の君は、世界で一番の有名人だからな」
「有名人だなんて……。私はただの料理人ですよ」
「世界を救った料理人だ。……さあ、我々の城へ帰ろう」
私たちは人々の祝福を受けながら、懐かしの路地裏――レストラン『騎士の休息』へと戻った。
◇
「ただいま、私のお店!」
数日ぶりに扉を開けると、そこには変わらない木の温もりと、少しだけ埃っぽい匂いがあった。
でも、すぐにそれは活気ある匂いに塗り替えられることになる。
「師匠! 休んでいる暇はありませんわよ! 食材の搬入と、明日の『結婚式』の準備がありますもの!」
イザベラさんが腕まくりをして、厨房へと飛び込んでいく。
そう。
天空からの帰路、レオンハルト様と約束した結婚式。
王宮からは「国を挙げた盛大なパレードと大聖堂での挙式を!」という要請が来ていたけれど、私たちはそれを丁重にお断りした。
『私たちの式は、この店でやります。美味しいご飯を、大切な人たちと食べたいから』
そのワガママを通した結果、明日はこの小さなレストランに、世界中のVIPが集まることになってしまったのだ。
「ホルン、掃除をお願い! ヴォルグさんは仕込みを!」
「任せて!」
「おうよ! 腕が鳴るぜ!」
私たちは旅の疲れも見せず、開店準備――ではなく、結婚式前夜祭の準備に取り掛かった。
◇
その夜。
『騎士の休息』の店内は、異様な緊張感と、それ以上に濃密な「圧」に包まれていた。
「……ほう。ここが噂の店か。狭いが、悪くない雰囲気だ」
一番乗りで現れたのは、ガレリア帝国の第二皇子、ヴァレリウス殿下だ。
彼は相変わらずの美貌と傲慢さを振りまきながら、我が物顔でカウンターの特等席に陣取っている。
「エリス。世界樹を救った礼はまだ言っていなかったな。……私の提供した船が役に立ったようで何よりだ」
「ええ、殿下のおかげです。……でも、厨房を勝手に覗かないでください」
「邪魔するぞ! ……む、いい匂いがするな」
次に現れたのは、空間転移の魔法陣から飛び出してきた魔王ゼスト様と、そのお目付け役のメルジーナ将軍だ。
ゼスト様は私を見るなり、尻尾(ないはずだが幻覚が見える)を振って駆け寄ってきた。
「エリス! 会いたかったぞ! 余の舌が、お前の料理を求めて乾ききっていたのだ!」
「陛下、落ち着いてください。威厳が……」
メルジーナ将軍が頭を抱えているが、彼女自身も鼻をひくつかせ、厨房の方を気にしている。
「遅くなりました!」
最後に駆け込んできたのは、聖教国の聖女ルミアさんと、聖騎士団長ガロードさんだ。
ルミアさんは元気いっぱいで、肌もツヤツヤしている。
「エリスさん、おめでとうございます! これ、お祝いの『聖域野菜』です!」
「我々からは、極上のワインを。……再会できて嬉しいぞ、レオンハルト」
ガロードさんがレオンハルト様の肩を叩く。
帝国皇子、魔王、聖女、聖騎士団長、そして近衛騎士団長。
この狭い店内に、世界を動かす要人たちが勢揃いしている。
普通なら戦争が起きてもおかしくないメンツだが、今の彼らを繋いでいるのは「政治」ではない。
「空腹」という共通点だ。
「……腹が減った」
「我慢の限界ですわ」
「さあ、今日のディナーは何だ?」
全員の視線が、厨房にいる私に集中する。
そのプレッシャーたるや、ラスボスのセラフィナさん以上かもしれない。
「ふふ、お任せください。今日は前夜祭ですから、みんなでワイワイ食べられるものにしましたよ」
私はヴォルグさんとアイコンタクトを取り、巨大な生地を宙に投げた。
「今夜は、『世界融合・焼きたてピッツァパーティー』です!」
◇
「ピッツァ? なんだそれは」
ゼスト様が首をかしげる。
この世界には、パンに具を乗せる料理はあるが、本格的なピザはまだ珍しい。
「小麦粉の生地に、ソースと具材を乗せて高温で焼き上げる料理です。……今回は、皆さんの出身地の食材をふんだんに使った『スペシャル・クアトロ(四種の味)』をご用意しました!」
私は直径五十センチはある特大の生地を広げ、四つのエリアに分けた。
第一エリアは『王国の味』。
たっぷりのトマトソースに、モッツァレラチーズとバジル。
王道のマルゲリータだ。
第二エリアは『帝国の味』。
ヴァレリウス殿下のために、ホワイトソースをベースに、『ドラゴン・サーモン』と『宝石イチゴ』を乗せた、クリーミーで少し酸味のあるリッチな味。
第三エリアは『聖教国の味』。
ルミアさんが持ってきた新鮮な野菜たち――アスパラ、コーン、トマトを乗せ、聖教国の特産オリーブオイルを回しかけた、ヘルシーなベジタブルピザ。
そして第四エリアは、『魔族領の味』。
特製味噌ソースを塗り、激辛『ヘル・ペッパー』と『フロスト・ボア』のサラミ、そして『ブラック・ライス』を散らした、スタミナ満点の激辛ピザ。
「焼きますよ! レオン、かまどの温度は?」
「完璧だ。いつでもいける!」
レオンハルト様が薪をくべ、石窯の温度を最高潮に上げている。
私はピール(大きなヘラ)にピザを乗せ、窯の中へ滑り込ませた。
ゴオオオオオッ!!
高温の熱が、生地を一気に膨らませる。
チーズが溶け出し、グツグツと音を立てる。
小麦の焦げる香ばしい匂いと、それぞれの具材の香りが混ざり合い、店内に爆発的に広がる。
「……っ! なんだこの破壊力のある匂いは!」
「チーズが……チーズが踊っていますわ!」
ヴァレリウス殿下とメルジーナ将軍が、カウンターから身を乗り出す。
「焼き上がり!」
私は熱々のピザを取り出し、木のボードに乗せた。
湯気と共に現れたのは、四色の彩り豊かな円盤。
「『オールスター・ミックスピッツァ』、完成です!」
ヴォルグさんがローラーカッターでザクザクと切り分ける。
チーズが糸を引き、とろりと垂れる。
「さあ、手で持って豪快にどうぞ!」
「手で? 野蛮な……だが、美味そうだ」
ヴァレリウス殿下が、真っ先に自分の国のエリア(サーモンとイチゴ)を手に取った。
優雅に、しかし素早く口に運ぶ。
「……むッ!」
彼の目が輝いた。
サクッとした生地の食感。
ホワイトソースのコクと、サーモンの塩気。そこにイチゴの甘酸っぱさがアクセントとなり、複雑かつ洗練された味わいを生んでいる。
「美味い……! フルーツを食事に使うとは冒険だと思ったが、この酸味がチーズの重さを消している。計算された味だ」
「余はこっちだ!」
ゼスト様は迷わず魔族領エリア(激辛)にかぶりついた。
「んぐっ! ……辛ッ! 熱ッ! 美味ッ!!」
口から火を吹きそうになりながら、彼は満面の笑みを浮かべた。
味噌と唐辛子のパンチ力。ボア肉の脂。
それを受け止めるモチモチの生地。
「これだ……! この刺激こそが『生』の実感よ! メルジーナ、貴様も食え!」
「は、はい! ……んんっ、辛いですけれど、止まりませんわ!」
「私はこのお野菜のをいただきますね」
ルミアさんがベジタブルピザを頬張る。
野菜の甘みが凝縮され、焼けたチーズと絡み合う。
「野菜が甘いです! 生地も香ばしくて、いくらでも食べられそうです!」
「俺は全部食うぞ!」
ガロードさんが、王国エリアと魔族領エリアを二枚重ね(!)にして口に放り込む。
豪快すぎる食べ方だが、この場では誰も咎めない。
「美味い! 国境なんて関係ねぇ! 口の中で世界が一つになってるぞ!」
「ふふ、気に入っていただけて何よりです」
私は次々と新しいピザを焼いていく。
照り焼きチキン、シーフード、クワトロフォルマッジ(蜂蜜添え)。
焼く端からなくなっていく様は、見ていて気持ちがいい。
「エリス、君も食べないと」
忙しなく動く私の口元に、レオンハルト様がピザを差し出した。
一番シンプルな、マルゲリータだ。
「あーん」
「も、もう! みんな見てますよ?」
「構わん。君は世界を救った英雄の妻になるんだ。これくらい許される」
彼は悪びれもせず笑う。
私は顔を赤くしながら、彼の指ごとピザを齧った。
酸味の効いたトマトソースと、ミルキーなモッツァレラ。
シンプルだけど、一番安心する味。
「……美味しい」
「だろう? 君が作ったんだからな」
レオンハルト様は、私の唇についたソースを親指で拭い、それを舐めとった。
「ヒューヒュー!」
「お熱いねぇ!」
ヴォルグさんとホルンが冷やかす。
ゼスト様が「ぐぬぬ」と唸り、ヴァレリウス殿下が「見せつけてくれるな」と苦笑する。
店内は笑顔と、咀嚼音と、幸せな空気に満ちていた。
かつては敵対し、憎しみ合っていたかもしれない人たちが、今は一つのテーブルを囲み、同じピザを分け合っている。
「……平和だね、エリス」
ホルンが、ピザの耳をかじりながら言った。
彼のポケットの中にある『黒い種籾』は、もう禍々しい光を放っていない。
静かに、満足したように眠っている。
「ええ。……これが、私が守りたかった景色よ」
私は厨房からみんなを見渡した。
明日はいよいよ結婚式。
このメンバーに加えて、街の人々や、もしかしたら空からセラフィナさんたちも来るかもしれない。
きっと騒がしくて、忙しくて、最高の一日になるはずだ。
「さて、ラストオーダーよ! デザートピザ、焼いちゃうから!」
「「「おおーっ!!」」」
歓声が上がる。
夜はまだ長い。
騎士たちの休息は、まだまだ終わりそうになかった。




