第6話 聖剣の盾と、虹色プリン・アラモード
「消えなさい、全て! 『天界の粛清』!!」
天空の番人セラフィナが、狂乱の叫びと共に槍を振り下ろした。
上空に展開された巨大な魔法陣から、島そのものを蒸発させかねないほどの極大光線が、一直線に私たちの『厨房』へと降り注ぐ。
それは、彼女が守り続けてきた「清浄な無」への執着であり、食欲という「生」への恐怖そのものだった。
「終わりです……!」
イザベラさんが悲鳴を上げ、思わず目を覆う。
しかし、私は手を止めなかった。
信じているからだ。私の背中を守る、最強の騎士を。
「……させんと言ったはずだッ!!」
レオンハルト様が大地を蹴り、光の奔流に向かって飛翔した。
彼の全身から、黄金色の闘気が爆発的に膨れ上がる。
「我が剣は、国を守るため、そして……愛する人が作る『温かい食卓』を守るためにある!」
彼は聖剣を掲げ、光線を受け止めた。
ズガガガガガッ!!
凄まじい衝撃音が響き、火花が散る。
光の圧力は圧倒的だ。普通なら一瞬で消し飛ぶ威力。
だが、レオンハルト様は一歩も退かない。むしろ、その口元には不敵な笑みさえ浮かんでいる。
「重いな……。だが、エリスのハンバーグへの想いに比べれば、羽毛のように軽い!」
「な、何ですって!? 私の最大魔法を、ただの人間が……!?」
セラフィナが驚愕に目を見開く。
「ヴォルグ、イザベラ! 今のうちに仕上げろ! 私の背中は、鉄壁だ!」
「おうよ! 任せな団長!」
「はいっ! 師匠、スープの仕上げを!」
レオンハルト様が作り出してくれた時間。
コンマ一秒も無駄にはできない。
◇
「スープ、行きます!」
私はヴォルグさんが管理していた鍋を覗き込んだ。
中では、聖教国でルミアさんを救った『七草』と、魔族領で手に入れた『ダンジョン・ポテト』、そして『コカトリスの出汁』が煮込まれている。
「ミキサー代わりの風魔法、お願いします!」
「任せて!」
ホルンが種籾をかざすと、鍋の中で小さな竜巻が起き、具材を一瞬でペースト状にした。
そこへたっぷりの牛乳と生クリームを加える。
鮮やかな翡翠色のポタージュ。
七草のほろ苦さと、ポテトの甘み、そしてミルクのまろやかさが一体となる。
「味付けはシンプルに塩のみ! 素材の命をそのまま飲むスープです!」
『癒やしの七草ポタージュ』の完成だ。
これを、プレートの隅にあるカップに注ぐ。
翡翠色の液体が、ハンバーグの茶色やオムライスの黄色と並び、彩りを添える。
「最後はデザートですわ!」
イザベラさんが、氷魔法で冷やしておいた器を持ってきた。
そこに乗せるのは、私の原点にして最強の武器。
『カスタードプリン』だ。
ただし、今回は特別仕様。
魔王ゼスト様を唸らせたレシピをベースに、世界中のフルーツで飾り付ける。
「盛り付けよ!」
プリンの周りに、帝国産の真っ赤な『宝石イチゴ』。
聖教国の透明な『天空桃』。
魔族領の漆黒の『ブラック・ベリー』。
そして王国の甘い『ハニー・メロン』。
赤、白、黒、緑。
宝石箱をひっくり返したような鮮やかさ。
その上から、雪のようなホイップクリームを絞り、カリカリのカラメルチップを散らす。
「『世界を巡る、虹色プリン・アラモード』!」
これをプレートの真ん中、オムライスの横に鎮座させる。
ついに、全ての役者が揃った。
ハンバーグ、カツレツ、オムライス、ポタージュ、そしてプリン。
直径五十センチはあろうかという巨大な皿の上で、世界中の「美味しい」が手を取り合っている。
湯気と共に立ち上る香りのハーモニーは、もはや暴力的なまでに魅惑的だった。
「完成よ!! 『世界樹復活・究極の大人様ランチプレート』!!」
◇
その瞬間。
洞窟全体が、眩い光に包まれた。
魔法の光ではない。料理そのものが放つ、圧倒的な「シズル感」のオーラだ。
「な、な……っ!?」
上空で魔法を放ち続けていたセラフィナの動きが、ピタリと止まった。
彼女の鼻腔を、甘く、香ばしく、そして懐かしい香りが満たしたからだ。
肉の焼ける匂い。
スープの優しい湯気。
フルーツの瑞々しい香り。
カラメルのほろ苦さ。
それらが渾然一体となって襲いかかり、彼女の脳内で「空腹」という警鐘を最大音量で鳴り響かせた。
「あ……ぅ……」
セラフィナの槍から、魔力の輝きが消えた。
攻撃魔法を維持する集中力が、食欲によって完全に断ち切られたのだ。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」
静まり返った戦場に、可愛らしくも盛大な、彼女の腹の虫の音が響き渡った。
「しまっ……!」
セラフィナが顔を赤らめてお腹を押さえる。
同時に、周囲の天翼族の騎士たちも、次々と武器を取り落としていた。
「もう……無理だ……」
「食べたい……一口でいいから……」
戦意喪失。
圧倒的な「メシの力」の前に、高潔な空の戦士たちはひれ伏した。
「今だ、エリス!」
レオンハルト様が剣を収め、道を開ける。
「行ってこい! 最後の仕上げはお前の役目だ!」
「はい!」
私は巨大なプレートを持ち上げた。
ズシリと重い。でも、それは世界の重みではなく、希望の重みだ。
私はセラフィナの横を通り過ぎ、ユグ君の元へと走った。
「待ちなさい……! それを……それをあの子に食べさせたら……!」
セラフィナが震える手を伸ばす。
止めようとしているのか、それとも自分が食べたいのか、彼女自身にも分かっていないようだった。
「食べさせますよ。そして、世界を変えます」
私は立ち止まらずに言った。
「貴女も、あとで一緒に食べましょう。……みんなで食べたほうが、百倍美味しいですから」
その言葉に、セラフィナは呆然と立ち尽くした。
私はユグ君の前に到着した。
彼は、輝くプレートを見て、目をキラキラとさせていた。
「……すごい。宝石箱みたい」
「そうよ。これは世界中のみんなから、ユグ君へのプレゼント」
私はフォークとスプーンを彼に手渡した。
「さあ、召し上がれ!」
ユグ君は頷き、震える手でフォークを握りしめた。
そして、一番手前にあるハンバーグに突き刺した。
肉汁が溢れる。
大きな口を開けて、ガブリ。
「……んッ!!」
ユグ君の目が大きく見開かれた。
咀嚼する。
飲み込む。
その直後。
ドクンッ!!
大地が大きく脈打った。
枯れ果てていた世界樹の根元から、黄金色の光が奔流となって噴き出したのだ。
「あ……あぁ……っ!」
ユグ君が声を上げる。
次々と料理を口に運ぶ。
オムライスを頬張り、カツレツを齧り、スープで流し込む。
一口食べるごとに、光は強さを増し、洞窟を、島を、そして空を飲み込んでいく。
「おいしい……! おいしいよぉ……ッ!」
彼の体から溢れ出した魔力が、枯れ木となっていた世界樹の幹を駆け上がっていく。
バリバリと音を立てて、乾いた樹皮が剥がれ落ち、その下から瑞々しい緑色の若木が現れる。
枝が伸び、葉が茂り、蕾が膨らむ。
数百年分の成長が、わずか数秒で駆け巡る奇跡。
そして。
ポンッ。
空高くそびえる世界樹の頂点で、巨大な花が開花した。
そこから放たれたのは、花粉ではなく、七色に輝く光の粒子――高純度のマナだった。
「雨……?」
外で見張っていた天翼族の一人が呟く。
空から、光の雨が降り注いでいた。
それは地上へと降り注ぎ、霞んでいた空気を浄化し、痩せた大地を潤していく。
世界樹が、完全復活したのだ。
たった一皿の『大人様ランチ』によって。
「そんな……。ただの食事が……世界を救ったというのですか……?」
セラフィナはその場に崩れ落ちた。
彼女が何百年もかけて守ろうとした「清浄な世界」よりも、もっと力強く、もっと鮮やかな「命の世界」が、今ここに誕生したのだ。
「……私の負け、ですね」
彼女の目から、涙がこぼれ落ちた。
それは悔し涙ではなく、張り詰めていた糸が切れたような、安堵の涙に見えた。
「セラフィナさん」
私は彼女の前に、取り分けておいた小さな皿を置いた。
プリンと、一口サイズのハンバーグが乗っている。
「まだ温かいですよ」
彼女は涙目で私を見上げ、そして震える手で皿を受け取った。
小さなハンバーグを口に運ぶ。
「……っ」
彼女は言葉にならなかった。
ただ泣きながら、何度も何度も咀嚼し、飲み込んだ。
その顔は、私が今まで見たどの客よりも、幸せそうだった。
「……美味しい。……本当に、美味しいです……」
その一言が、長い戦いの終わりを告げる鐘の音となった。
レオンハルト様が私の肩を抱き、ヴォルグさんがガッツポーズをする。
イザベラさんとホルンが抱き合って喜んでいる。
そして、満腹になったユグ君が、世界樹の根元ですやすやと眠り始めた。
空飛ぶレストランのミッション・コンプリート。
世界は救われ、お腹もいっぱい。
あとは、みんなで笑って帰るだけだ。
「さあ、宴の準備だ! 今日は神様も無礼講だぞ!」
ヴォルグさんの号令で、天空の島での大宴会が始まった。
人間も、天翼族も関係ない。
美味しいものの前では、みんなただの「食いしん坊」なのだから。




