第5話 天空の調理戦
「消え去りなさい! 『天聖の雷』!」
セラフィナが白銀の槍を突き出すと、天井の岩盤を突き破り、極太の雷撃が降り注いだ。
狙いは私と、鉄板の上で焼き上がったばかりのハンバーグだ。
「させんッ!」
レオンハルト様が瞬時に反応する。
彼はハンバーグの前に立ちはだかり、聖剣を頭上へ掲げた。
「我が愛する人の神聖な厨房だ! 埃一つ、雷一筋たりとも通さん!」
バリバリバリッ!!
雷撃がレオンハルト様の展開した黄金の闘気に衝突し、霧散する。
彼は一歩も引かない。その背中は、どんな城壁よりも頼もしく見えた。
「ちぃっ……! なぜ防げるのです! ただの人間ごときが!」
「愛の力だ。……それに、腹が減っている貴様の攻撃など、羽虫のように軽い!」
レオンハルト様が吼える。
確かに、セラフィナの攻撃には焦りが見え始めていた。
漂うハンバーグの匂いが、彼女の集中力を削ぎ落としているのだ。
「今のうちですわ、師匠! 次へ参りましょう!」
イザベラさんが叫ぶ。
ハンバーグは焼き上がった。でも、これは『究極のワンプレート』。
肉だけでは終わらない。
「ええ、お願いします! 次は海の恵み……『ドラゴン・サーモン』よ!」
◇
「お任せくださいまし!」
イザベラさんが、氷魔法で保冷していた巨大な切り身を取り出した。
第2部、帝国での料理対決で私たちが競い合った食材、『ドラゴン・サーモン』だ。
あの時は敵同士だったけれど、今は背中を預ける最強のパートナーだ。
「以前の私なら、薄く切って冷やすことしか考えませんでしたわ。でも……」
彼女は切り身を分厚く、贅沢なブロック状にカットした。
「今は違います。素材の熱を、衣の中に閉じ込めます!」
彼女が用意したのは、細かく砕いた『木の実クラッカー』と『香草パン粉』、そしてたっぷりの『粉チーズ』を混ぜた特製衣だ。
サーモンに小麦粉、溶き卵、そしてこの特製衣をしっかりと纏わせる。
「揚げ油、温度よし!」
ヴォルグさんが中華鍋に油を注ぎ、適温に調整してくれている。
イザベラさんは迷いなく、サーモンを油の中へ滑らせた。
シュワアアアアアッ……!!
軽快な揚げ音が洞窟に響く。
ハンバーグの重厚な音とは違う、高く、リズミカルな音色。
香草とチーズが焦げる香ばしい匂いが、肉の匂いと混ざり合い、新たな食欲の波状攻撃となって襲いかかる。
「な、なんだ……次は魚か!?」
「くそっ、たまらん! 誰かエールを持ってこい!」
上空で様子を伺っていた天翼族の騎士たちが、ふらふらと高度を下げ始めた。
彼らの清貧な食生活には、揚げ物の匂いは刺激が強すぎるのだ。
「今です! 引き上げますわよ!」
イザベラさんが網杓子でサーモンを救い上げる。
衣は美しい黄金色(キツネ色)。
余熱で中心に火を通す、絶妙なレア加減だ。
ザクッ、ザクッ。
包丁を入れると、クリスピーな衣が弾け、中から鮮やかなサーモンピンクの断面が現れる。
脂がじわりと滲み出し、断面が輝いている。
「『ドラゴン・サーモンのレア・カツレツ』、完成ですわ!」
私はそれをハンバーグの横に盛り付けた。
茶色のソースを纏ったハンバーグと、黄金色の衣を纏ったカツレツ。
陸の王者と、海の王者が一つの皿で出会った瞬間だ。
「ソースはどうする?」
「こっちだよ! タルタルソース、混ぜ終わったよ!」
ホルンがボウルを抱えて走ってきた。
中には、刻んだゆで卵とタマネギ、そして聖教国の『雷ピクルス』をたっぷり混ぜた特製タルタルが入っている。
これをカツレツの上に、雪崩のようにかける。
「完璧ね! でも、まだ終わらないわよ!」
◇
「お肉とお魚……。でも、まだ何かが足りませんわね」
イザベラさんが皿を見て呟く。
そう、主食だ。
どんなに素晴らしいおかずがあっても、それを受け止める「ご飯」がなければ定食は完成しない。
「ここからは、私とホルンの出番ね」
私は二つの袋を取り出した。
一つは、聖教国で手に入れた黄金の米『エリクサー・ライス』。
もう一つは、魔族領の秘宝、漆黒の『ブラック・ライス』。
「光と闇。人間と魔族。……相容れないはずの二つを、このフライパンの上で一つにします!」
私は熱したフライパンに、『ムームー牛』のバターを溶かした。
そこへ、刻んだニンニクとタマネギを投入し、香りが立つまで炒める。
「ご飯、行きます!」
黄金の米と、漆黒の米。
二種類のご飯を同時に投入する。
ジャァァァッ!!
ヘラで切るように混ぜ合わせる。
バターのコクが米粒一粒一粒をコーティングし、ニンニクの香りが食欲中枢を刺激する。
金と黒。
混ざり合うことで、まるで夜空に星が散らばったような、美しいコントラストが生まれる。
「味付けはシンプルに、塩と胡椒、そして『コンソメ』だけで!」
素材の味が強いため、余計な味付けはいらない。
パラパラに炒まった『金黒のガーリック・バターライス』。
これを、お椀で型を取り、プレートの中央にドーム状に盛り付ける。
「……これだけじゃありませんよ」
私は新しいフライパンを取り出した。
ここに乗せるのは、全ての具材を包み込む「布団」だ。
「ホルン、卵を!」
「はいっ! 魔王様がくれた、『皇帝コカトリス』の卵だよ!」
ボウルに割り入れたのは、オレンジ色に輝く濃厚な卵液。
そこに生クリームを少し加え、よく溶きほぐす。
熱したフライパンにバターを敷き、卵液を一気に流し込む。
ジュワァァァ……!
菜箸で手早くかき混ぜる。
火が通り過ぎないよう、半熟のトロトロ状態で火から下ろす。
フライパンの柄をトントンと叩き、卵をラグビーボール状にまとめる。
「これは……まさか、あの時の?」
レオンハルト様が目を輝かせる。
そう、第1部で彼に作った、思い出のオムレツだ。
でも、今回はサイズも材料も桁違い。
「『特大・ぷるぷるオムレツ』、乗せます!」
私はバターライスの上に、震えるオムレツを慎重に乗せた。
そして、ナイフを構える。
「セラフィナさん、見ていてください。……これが、世界を包み込む『優しさ』の形です!」
私はオムレツの中央に、スッとナイフを入れた。
パカン。
トロォォォォォ……。
黄色い半熟卵が左右に広がり、金と黒のライスを優しく覆い尽くした。
それはまるで、荒れ果てた大地に太陽の光が降り注ぐような光景だった。
「な……ッ!?」
セラフィナが目を見開いた。
彼女の槍から、力が抜ける。
「なんて……なんて無防備で、柔らかそうな……」
彼女は今まで、硬く、冷たい鎧で身を守ってきた。
だからこそ、そのトロトロの卵が持つ「無防備な柔らかさ」に、目を奪われてしまったのだ。
「仕上げよ!」
私はオムレツの上に、自家製のケチャップで真っ赤なラインを描いた。
鮮やかな赤色が、黄色のキャンバスに映える。
「『金と黒の・とろとろオムライス』、着地成功!」
◇
お皿の上には、今や三つの巨塔が並び立っていた。
左に、デミグラスソースを纏った『極厚ハンバーグ』。
右に、タルタルソースたっぷりの『サーモン・レアカツ』。
中央に、金黒ライスを包み込んだ『とろとろオムライス』。
陸、海、そして大地の恵み。
それらが一つの皿の上で、互いを引き立て合いながら共存している。
湯気と共に立ち上る香りは、もはや「匂い」のレベルを超えていた。
それは「幸福」のオーラとなって、洞窟全体、いや、天空の島全体へと拡散していく。
「ああっ……力が、抜ける……」
「槍が……重い……」
空を飛んでいた天翼族の騎士たちが、次々と地面に膝をついた。
彼らの戦意は、食欲という名の重力に引かれて地に落ちたのだ。
武器を捨て、お腹を押さえ、皿の方をじっと見つめている。
「ば、馬鹿な……。私の精鋭たちが、匂いだけで無力化されるなど……」
セラフィナが唇を噛み締め、震えている。
彼女の喉が、またゴクリと鳴った。
もう、彼女自身も限界なのだ。
「まだです。まだ終わりませんよ」
私は汗を拭い、ニッコリと笑った。
「これは『大人様ランチ』ですからね。スープとデザートがなきゃ、締まりません!」
「ま、まだ作る気ですか!? これ以上のカロリーは……これ以上の誘惑は、世界を壊します!」
セラフィナが悲鳴に近い声を上げる。
世界を壊す? いいえ。
世界を「直す」のです。
「ヴォルグさん、スープの準備は?」
「おう! 聖教国の野菜と、魔界のスパイスで仕込んであるぜ!」
「ホルン、デザートのフルーツは?」
「ここにあるよ! 帝国の宝石イチゴと、魔界のブラックベリー!」
私たちは止まらない。
最後の仕上げに向けて、調理のギアをさらに上げる。
ジュウウウウ! コトコトコト! シャカシャカシャカ!
様々な調理音が重なり合い、食欲の交響曲を奏でる。
その音は、セラフィナの頑なな心に、コンコンとノックし続けていた。
『ねえ、一緒に食べようよ』と。
「くっ……おのれ、おのれぇぇぇ!!」
セラフィナが、最後の力を振り絞って魔力を練り上げる。
彼女の背後の翼が巨大化し、眩い光を放ち始めた。
「認めません……! 食事になど屈しません! この島ごと、すべて消し去ってやります!」
「来るぞ! 最大級の攻撃だ!」
レオンハルト様が叫び、盾を構える。
しかし、私は手を止めなかった。
信じているからだ。
料理が完成した時、その力が破壊の光さえも飲み込むことを。
「あと少し……あと少しで、世界は変わるわ!」
私の手の中で、最後の魔法(味付け)が施されようとしていた。




