表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【最終章完結】『「罰として下働きしろ」と言われたので、厨房で飯テロ無双します ~不味い飯に苦しむ王子を他所に、騎士団長と晩酌中~』  作者: 月雅
最終章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/50

第2話 沈黙の天空島と、岩陰の焼き小籠包


「不浄な者たちよ! 神域から立ち去れ!」


頭上から降り注ぐ怒号と共に、鋭利な光の矢が雨のように襲いかかってきた。

私たち『天空遠征号』が着陸した浮遊島の大地は、一瞬にして戦場と化した。


「くっ、上空からの攻撃か! 分が悪いぞ!」


レオンハルト様が剣を抜き、飛来する矢を払い落とす。

彼の視線の先には、背中に純白の翼を持つ『天翼族』の騎士たちが、数十人も空を舞っていた。

彼らは地上に降りてこようとせず、安全圏から一方的に魔法や槍を投擲してくる。


「卑怯だぞ、鳥野郎ども! 降りてきて正々堂々とやり合え!」


ヴォルグさんが愛用のミスリル製巨大フライパンを盾にして叫ぶ。

カンッ! キンッ!

硬質な音が響き、魔法弾がフライパンに弾かれて四散する。さすがは元宮廷料理長の調理器具、防御力も一級品だ。


「ヴォルグさん、挑発しても無駄です! 彼らは私たちを『汚れ』だと思っているんですから!」


私はフライパンの影に隠れながら、状況を分析した。

敵は空を飛べる。こちらは地上戦のみ。

この開けた場所で戦い続けるのは不利だ。


「レオン! 一旦退きましょう! あそこの岩場なら、空からの射線を切れます!」


私が指差したのは、枯れ果てた世界樹の根が複雑に隆起し、天然のドーム状になっている岩場だった。


「良かろう! 総員、撤退だ! 船は防御結界を張って放置する! 私について来い!」


レオンハルト様の号令で、私たちは船を飛び出した。

イザベラさんが食材の入ったリュックを抱え、ホルンが私の手を引く。


「逃がすな! 串刺しにせよ!」


天翼族たちが追撃してくる。

しかし、レオンハルト様が殿しんがりを務め、剣を一閃させた。


「『空裂エア・スラッシュ』!」


風の刃が上空へ巻き上がり、敵の編隊を崩す。

その隙に、私たちは岩場の裂け目へと滑り込んだ。


   ◇


「はぁ、はぁ……ここまで来れば、大丈夫でしょうか」


岩陰の洞窟。

外の喧騒が遠のき、静寂が戻ってきた。

薄暗い洞窟内はひんやりとしており、足元には枯れた植物の残骸が散らばっている。


「とりあえずはな。だが、包囲されていることに変わりはない」


レオンハルト様が入り口を見張りながら、険しい顔で言った。


「それにしても……酷い有様だ」


彼が見上げた先、岩の隙間から見える空は、灰色に濁っていた。

かつては緑豊かだったはずの『天空の島』。

しかし今、目の前に広がるのは、ひび割れた大地と、白骨のように干からびた世界樹の根だけだ。

生命の息吹が感じられない。


「……お母さんが、泣いてる」


ホルンが、洞窟の壁に露出した木の根に触れて呟いた。

彼の手にある『黒い種籾』は、弱々しく明滅している。


「お腹が空いて、力がなくて……もう、声を出す元気もないって」


「なんてこと……」


イザベラさんが口元を押さえる。

世界樹が枯れれば、地上の食材も育たなくなる。

私たちが普段当たり前のように料理している野菜も、肉も、すべてはこの木から分け与えられた魔力のおかげだったのだ。


「……腹が減ったな」


重苦しい空気を破ったのは、ヴォルグさんのお腹の音だった。

緊張の糸が少しだけ緩む。


「そうですね。戦うにも、逃げるにも、まずはエネルギー補給が必要です」


私はリュックを下ろし、携帯用の魔導コンロを取り出した。

こんな状況でも、料理人は火を絶やさない。


「匂いが漏れると敵に見つかるんじゃねぇか?」

「大丈夫です。この洞窟の奥へ気流が流れていますから。それに……」


私はニヤリと笑った。


「敵の将軍、セラフィナでしたっけ? 彼女は『食事は穢れ』だと言っていました。なら、美味しい匂いを嗅がせて動揺させるのも、立派な作戦です」


「ははっ、さすがはエリスだ。頼もしいな」


レオンハルト様が笑い、剣を鞘に納めた。


「よし、作戦名は『岩陰のランチタイム』だ。……メニューは何だ?」


「簡単に食べられて、肉汁たっぷりの元気が出るやつです」


私は食材を取り出した。

前回の旅で持ち帰った魔族領の特産品、『フロスト・ボア』の挽肉。

そして、王国の『ロイヤル・ウィート』の小麦粉。


「『特製・焼き小籠包しょうろんぽう』を作ります!」


   ◇


まずは皮作り。

小麦粉にぬるま湯と少量のラードを加え、滑らかになるまで練り上げる。

イザベラさんが手際よく生地をこね、棒状に伸ばして切り分けていく。


「具材はこちらです!」


ボウルに挽肉を入れ、刻んだ『ダンジョン・ネギ』と『ショウガ』、そして味の決め手となる『ゼラチンスープ』を混ぜる。

このゼラチンは、豚骨と鶏ガラをじっくり煮込んで冷やし固めた煮凝りだ。

熱を加えると溶け出し、溢れんばかりのスープになる。


「包みますよ!」


小さな皮に肉ダネを乗せ、親指と人差し指でヒダを作りながら包んでいく。

キュッ、キュッ。

可愛い巾着のような形が出来上がる。


フライパンに油を引き、小籠包を隙間なく並べる。


ジュウウウゥッ……。


底面に焼き色がついたら、水を回し入れて蓋をする。

蒸し焼きだ。


狭い洞窟の中に、小麦の焼ける香ばしい匂いと、肉の蒸される甘い香りが充満し始める。

それは、殺伐とした戦場の空気を、温かい食卓の色へと塗り替えていく。


「……いい匂いだ」


レオンハルト様が鼻をひくつかせた。

ホルンも、種籾を握りしめたまま、じっとフライパンを見つめている。


「仕上げです! 最後にごま油を垂らして……カリッとさせます!」


パチパチパチッ!


水気が飛び、軽快な音が響く。

蓋を開けると、ふっくらと膨らんだ白い小籠包たちが、湯気の中で輝いていた。

底はきつね色のカリカリ、上はモチモチの蒸し上がり。

最後に『青ネギ』と『白ごま』を散らして完成だ。


「熱いうちにどうぞ! 『肉汁飛び出し注意・焼き小籠包』です!」


「いただきまーす!」


ホルンが一番に手を伸ばした。

フーフーと息を吹きかけ、小さな口で端っこをかじる。


カリッ。


「あつっ! ……ん~~~~っ!」


ホルンが目を丸くした。

かじった瞬間、中から熱々の黄金色のスープが溢れ出し、口の中いっぱいに広がったのだ。

フロスト・ボアの濃厚な脂の甘みと、ショウガの爽やかな風味。

カリカリの皮の香ばしさと、モチモチ部分の食感のコントラスト。


「おいしい! スープがいっぱい入ってる!」

「どれ、俺も……」


ヴォルグさんが一口で放り込む。


「ハフッ! ホフッ! ……ぐぅぅ、たまらねぇ!」


口の中でスープ爆弾が破裂する。

肉の旨味が凝縮された汁が、喉を焼き、胃袋へと落ちていく。

冷え切った体が、内側からカッと熱くなる感覚。


「これは……戦闘糧食としては贅沢すぎるな」


レオンハルト様も、上品に、しかし熱さに顔をしかめながら食べている。


「皮が美味い。肉汁を吸った皮だけで、酒が飲めそうだ」

「レオン、お仕事中ですよ?」

「分かっている。……だが、君の料理を食べると、戦いの緊張が解けていくようだ」


彼は優しい目で私を見た。

その言葉が、何よりの褒め言葉だ。


「師匠、この『ヘル・ペッパーラー油』をつけると、さらに食欲が増しますわ!」


イザベラさんが、魔族領から持ち帰った激辛調味料をつけて食べている。

ピリッとした辛味が、肉の脂っこさを引き締め、何個でも食べられそうだ。


私たちはお腹いっぱい食べた。

不安も、恐怖も、美味しいものを食べている間だけは忘れられる。

それが「食事」の魔法だ。


   ◇


「ごちそうさまでした」


完食し、片付けを終えた頃。

ホルンが、洞窟のさらに奥――暗闇が続く方向を指差した。


「……ねえ、エリス。こっち」

「こっち?」

「うん。この奥から……誰かの声がするの」


ホルンは立ち上がり、吸い寄せられるように歩き出した。

種籾の光が、洞窟の奥を照らしている。


「待って、ホルン! 一人じゃ危ないわ!」


私たちは慌てて後を追った。

洞窟は奥へ行くほど狭く、そして奇妙なことに、少しずつ「温かく」なっていた。

まるで、生き物の体内に潜り込んでいくような感覚。


やがて、行き止まりかと思われた岩壁の隙間から、微かな緑色の光が漏れているのを見つけた。


「……ここだ」


ホルンが隙間をくぐり抜ける。

私たちも後に続いた。


そこは、小さな空洞だった。

天井からは世界樹の根が垂れ下がり、天然の檻のように何かを囲んでいる。

そして、その檻の中に――。


「……誰?」


一人の少年が、膝を抱えて座っていた。

緑色の髪に、透き通るような肌。

年齢はホルンと同じくらいだろうか。

しかし、その体は枯れ木のように痩せ細り、身に纏っている貫頭衣はボロボロだった。


少年は、私たちが侵入してきたことに気づき、怯えたように身を縮こまらせた。


「ひっ……だ、誰……?」

「ボクたちは怪しいものじゃないよ!」


ホルンが駆け寄る。

少年はホルンの手にある『黒い種籾』を見て、目を見開いた。


「それ……ボクの、かけら……?」


「かけら?」


私は少年の前に跪いた。

近くで見ると、彼の肌には葉脈のような緑色の血管が浮き出ており、微弱な魔力が放出されているのが分かった。

ただの子供じゃない。


「ねえ、君の名前は?」


私が優しく尋ねると、少年は震える唇で答えた。


「……ユグ」

「ユグ君ね。こんな所で何をしているの?」


「……閉じ込められてるの」


ユグ君は、天井の根を見上げた。


「セラフィナが……『お前は穢れているから、ここから出るな』って。……『世界のために、何も食べるな』って」


「食べるな?」


「うん……。ボクが食べると、世界が汚れちゃうんだって。だから……ボク、ずっと我慢してるの」


彼のお腹から、小さく、しかしはっきりとした「グゥ~」という音が聞こえた。

彼は恥ずかしそうにお腹を押さえた。


「でも……お腹すいたよぉ……。何か、食べたいよぉ……」


その涙ながらの訴えに、私は全てを悟った。

この子は、ただの子供じゃない。

『世界樹の化身』だ。

世界樹が枯れているのは、病気でも寿命でもない。

この子が、無理やり断食させられているからだ。


「……許せない」


レオンハルト様が低い声で唸った。

子供を閉じ込め、飢えさせ、それを「世界のため」だと言うなんて。

セラフィナという番人の正義は、あまりにも歪んでいる。


「ユグ君」


私はリュックから、先ほど作った『焼き小籠包』の残りを一つ取り出した。

まだほんのり温かい。


「これ、食べてみて」

「えっ……? でも、ボクが食べたら……」

「大丈夫。これは『穢れ』なんかじゃないわ。……世界で一番、元気が湧いてくる魔法の玉よ」


私は彼の手のひらに小籠包を乗せた。

ユグ君は、恐る恐るそれを持ち上げた。

香ばしい匂いが、彼の鼻腔をくすぐる。

本能が、理性を凌駕する。


彼は、小さな口でそれを齧った。


「……!」


肉汁が溢れる。

彼の痩せ細った体に、温かいスープが染み渡っていく。


「……おい、しい……」


ポロポロと涙を流しながら、彼は言った。


「おいしい……っ! あたたかい……っ!」


その瞬間。

洞窟を囲んでいた枯れた根っこが、脈打つように震え、ほんの少しだけ緑色を取り戻した。

世界樹が、喜んでいるのだ。


「やっぱり……!」


私は確信した。

世界を救う方法は、難しい儀式でも、敵を倒すことでもない。

この子に、お腹いっぱい美味しいご飯を食べさせることだ。


「見つけたわ。私たちのラストミッション」


私はレオンハルト様とヴォルグさん、イザベラさんを見回した。


「この子を守り抜いて、最高のフルコースを食べさせましょう!」

「ああ、合点承知だ!」


しかし、その決意をあざ笑うかのように。

洞窟の入り口から、冷徹な声が響いた。


「――見つけましたよ、不浄なネズミたち」


純白の翼を広げた女性――天空の番人、セラフィナが、氷のような眼差しで私たちを見下ろしていた。


「私の管理する世界樹ユグに、下賤な餌を与えましたね? ……その罪、万死に値します」


最終決戦の幕が上がる。

食を否定する管理者と、食を愛する料理人たちの戦いが、今ここで始まる!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ