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【最終章完結】『「罰として下働きしろ」と言われたので、厨房で飯テロ無双します ~不味い飯に苦しむ王子を他所に、騎士団長と晩酌中~』  作者: 月雅
第4章

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第10話 世界樹の枯渇


魔族領からの長い帰路。

私たちは国境の『嘆きの壁』を越え、懐かしい王国の領土へと戻ってきた。


「……空気が、違うな」


手綱を握るレオンハルト様が、空を見上げて呟いた。

魔界の鉛色の空とは違い、王国の空は青い。

けれど、その青さはどこか頼りなく、薄い膜がかかったように霞んで見えた。


「ねえ、レオン。……あそこ」


私は遠くの空を指差した。

王国の遥か南、世界の中心にそびえ立つ巨木――『世界樹』。

雲を突き抜けるほどの高さを誇り、世界中に魔力を供給している生命の源だ。

いつもなら、その枝葉はエメラルドグリーンに輝き、生命力に溢れているはずなのに。


「……色が、茶色い?」


遠目にも分かるほど、世界樹の葉が変色していた。

時折、風に乗って巨大な枯れ葉が舞い散ってくるのが見える。


「ホルンの言っていた通りだわ。世界樹が弱ってる」

「ああ。……ただ事ではないな」


レオンハルト様の表情が引き締まる。

荷台で眠っていたホルンが、不安そうに身じろぎをした。

彼の手には、まだあの『黒い種籾』が握られている。


   ◇


数日後。

私たちは王都へと到着した。

久しぶりに見る『騎士の休息』の看板。

店の前には、開店を待つ行列ができていた。


「ただいまー!」


ホルンが馬車から飛び降り、店の扉を開ける。


「ああっ! 師匠マスター! 皆様!」


エプロン姿のイザベラさんが、厨房から飛び出してきた。

彼女は少しやつれていたが、その瞳には強い光が宿っていた。


「おかえりなさいませ! ご無事で何よりですわ!」

「ただいま、イザベラさん。お店、大変だったでしょう?」

「ええ、もう! お客様がひっきりなしで……でも、ヴォルグ料理長のレシピと、師匠の教えを守って、なんとか回しましたわ!」


彼女は誇らしげに胸を張った。

店内を見渡すと、掃除が行き届き、客席には花が飾られている。

かつて「氷の料理姫」と呼ばれた彼女が、今ではこんなに温かい店を守ってくれている。


「ありがとう。……最高のお土産を持ってきたわよ」


私はヴォルグさんと共に、荷台から木箱を運び込んだ。


「魔界からの直輸入だ! 腰を抜かすなよ?」


木箱を開けると、そこには黒曜石のように輝く『ブラック・ライス』と、真っ赤な『ヘル・ペッパー』、そしてカチカチに凍った『フロスト・ボア』のブロック肉が詰まっていた。


「こ、これは……黒いお米? それにこのお肉、すごい冷気ですわね」

「魔界のスタミナ食材よ。これで、みんなを元気にする新メニューを作るわ」


   ◇


その日の夜。

『騎士の休息』は、帰還祝いと新メニューのお披露目会で貸切となっていた。

集まったのは、常連の騎士たちや、近所の人々。


「さあ、魔界の味をご賞味あれ!」


私が厨房から運んだのは、丼からはみ出るほど肉が乗った豪快な料理だ。


『フロスト・ボア』のバラ肉を厚切りにし、『ヘル・ペッパー』とニンニクを効かせた特製ダレで香ばしく焼き上げる。

それを、炊きたての『ブラック・ライス』の上に山盛りにし、仕上げに半熟卵と『ダンジョン・ネギ』をトッピング。


「『魔界直輸入! 激辛・厚切りボア焼肉丼』です!」


ドンッ、と置かれた丼から、食欲を刺激するスパイシーな香りが立ち上る。

黒いご飯と、テラテラと輝く肉のコントラストが強烈だ。


「黒い米だと……? 毒じゃねぇよな?」

「でも、匂いは最高に美味そうだぞ!」


騎士の一人が、恐る恐る肉と黒いご飯を口に運んだ。


ガブリ。


「……ッ!!」


彼の目がカッ!と見開かれた。

『ヘル・ペッパー』の突き抜けるような辛さが舌を走り、その直後にボア肉の甘い脂がジュワリと溢れ出す。

そして、『ブラック・ライス』だ。

モチモチとした食感と、噛むほどに広がる穀物の力強い甘みが、辛味と脂を受け止める。


「う、うめぇぇぇぇ!!」


彼は叫んだ。


「なんだこれ! 体が内側から燃えるようだ!」

「黒い米、白米より味が濃いぞ! 肉との相性が抜群だ!」


「おかわり! 大盛りで!」


店内は一瞬にして熱狂の渦に包まれた。

汗をかきながら丼を掻き込む人々。

その顔色は良く、目には活力が漲っている。

魔王ゼスト様を救った「命の味」は、王国の人々にも受け入れられたのだ。


「ふふ、大成功ですね」


私は厨房からその光景を眺め、ホッと息をついた。

隣で手伝ってくれていたイザベラさんも、つまみ食いをして目を輝かせている。


「師匠、この『ヘル・ペッパー』……中毒性がありますわね。ピリピリするのに、止まりませんわ」

「でしょう? 使いすぎには注意ですけどね」


幸せな喧騒。

しかし、その空気は、一人の来訪者によって破られた。


カランカラン……。


ドアが開く音が、どこか弱々しく響いた。


「……エリスさん。お久しぶりです」


入ってきたのは、フードを目深に被った女性だった。

彼女がフードを取ると、そこには見覚えのある金色の髪と、アメジストの瞳があった。


「ルミアさん!?」


聖教国の聖女、ルミアさんだ。

しかし、彼女の顔色は以前会った時よりも悪く、立っているのがやっとという様子だった。


「どうしたんですか、その顔色は! また断食を……?」

「いいえ、違うんです。……食べてはいるのですが、力が……」


彼女はフラリと倒れそうになり、レオンハルト様が慌てて支えた。


「ルミア様! しっかりしてください!」

「……ごめんなさい。魔力が、うまく回復しなくて……」


私は急いでルミアさんを椅子に座らせ、水を持ってきた。

彼女は水を一口飲むと、苦しげに息を吐いた。


「エリスさん、気づいていますか? ……空気が、薄くなっていることを」

「空気?」

「正確には、大気中の『マナ(魔素)』です。……世界樹が枯れ始めている影響で、世界中の魔力が減少しているんです」


ルミアさんは聖女として魔力に敏感だ。

だからこそ、真っ先に影響を受けてしまったのだろう。


「やはり、世界樹か……」


レオンハルト様が険しい顔で腕を組む。

その時、カウンターの隅で黒いご飯を食べていたホルンが、静かに口を開いた。


「……うん。世界樹のお母さんが、お腹を空かせて泣いてる」


ホルンは懐から『黒い種籾』を取り出した。

それは以前よりも弱々しく、しかし必死に明滅を繰り返している。


「この種もね、言ってるんだ。『根っこに帰りたい』って」


「根っこ?」


「うん。世界樹の根っこ。……そこに、全ての始まりがあるんだって」


ホルンの言葉に、店内の空気が凍りついた。

世界樹の根元。

それは、遥か上空――雲海の上に浮かぶ『天空のスカイ・アイランド』にあると言われている聖域だ。

神話の時代、神々が食事をした場所とも伝えられている。


「まさか……世界樹が枯れている原因は、栄養不足なのか?」


ヴォルグさんが顎を撫でる。


「植物なんだから、水と太陽がありゃ育つもんじゃねぇのか?」

「普通ならそうです。でも、世界樹はこの世界の魔力の源……。もしかしたら、私たちが想像もしない『特別な栄養』が必要なのかもしれません」


私はルミアさんの顔を見た。

彼女は聖女として、人々の祈りを魔力に変えて世界樹に送る役目を担っていた。

でも、今の彼女にはその力がない。


「……私が、行きます」


ルミアさんが決意を秘めた目で言った。


「天空の島へ行って、直接祈りを捧げます。そうすれば、あるいは……」

「ダメです! そんな体で!」


私が止めるより早く、ホルンが首を横に振った。


「祈りじゃダメだよ。……お腹が空いてる時は、ご飯を食べなきゃ」


ホルンは真っ直ぐに私を見た。


「エリス。……世界樹のお母さんに、美味しいご飯を作ってあげて」


「えっ? 私が、世界樹に?」


「うん。ボクの種が言ってる。エリスの料理なら、きっと元気になるって。……魔王様も、聖騎士のおじちゃんも、みんなエリスのご飯で元気になったもん」


突拍子もない提案だ。

相手は人間でも魔族でもない、巨大な植物だ。

口があるわけでも、胃袋があるわけでもない。

どうやって「食べさせる」というのか。


でも。


(お腹が空いているなら……)


私の料理人としての魂が、静かに、しかし熱く燃え上がった。

相手が誰であろうと、何であろうと。

空腹を訴える存在を放っておくなんて、私の流儀に反する。


「……分かったわ」


私はエプロンの紐を締め直した。

そして、レオンハルト様を見上げた。


「レオン。……連れて行ってくれますか? 空の上へ」


レオンハルト様は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニカッと笑った。


「愚問だな。……君が行くなら、地の果てでも、空の彼方でも護衛する。それが私の務めだ」

「俺も行くぜ! 天空の食材なんて、料理人冥利に尽きるじゃねぇか!」


ヴォルグさんが包丁を構える。

イザベラさんも、力強く頷いた。


「お店はまた私が守りますわ。……世界を救うお弁当、作ってきてください!」


こうして、私たちの最後の旅が決まった。

目的地は『天空の島』。

ターゲットは『世界樹』。

ミッションは『世界を救う究極の料理を作ること』。


「よし、みんな! 準備よ!」


私は店内に号令をかけた。

食材は、これまでの冒険で手に入れた全てを使う。

王国の『ムームー牛』や『太陽トマト』。

聖教国の『エリクサー・ライス』。

魔族領の『ヘル・ペッパー』や『ブラック・ライス』。


世界中の「美味しい」を詰め込んで、神様も唸るような最高のお弁当を作るんだ。


「待っててね、世界樹さん。……今、とびきりのご飯を届けに行くから!」


窓の外、夜空に浮かぶ月が、私たちを導くように輝いていた。

『下働き令嬢』のエリス。

最強の騎士団長レオンハルト。

豪快料理人ヴォルグ。

そして、世界樹の申し子ホルン。


私たちの冒険は、ついにクライマックスへ。

空飛ぶレストラン、開店準備完了!


(第4部 完)


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