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【最終章完結】『「罰として下働きしろ」と言われたので、厨房で飯テロ無双します ~不味い飯に苦しむ王子を他所に、騎士団長と晩酌中~』  作者: 月雅
第4章

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第6話 魔界の激辛飯


「これより、兵士の士気を高めるための食事対決を行う!」


魔王城の中庭。

分厚い雲に覆われた空からは、絶え間なく雪が舞い落ちていた。

その極寒の広場に整列しているのは、魔王軍が誇る精鋭部隊、百名。


彼らは漆黒の鎧に身を包み、微動だにせず立っているが、その瞳には光がない。

ただ命令に従うだけの、精巧な人形のようだった。

彼らの横には、この対決の審判を務める(というより、高みの見物を決め込んでいる)魔王ゼスト様が、玉座ごとバルコニーに移動してきていた。


「始めなさい」


メルジーナ将軍の冷徹な号令と共に、対決の幕が上がった。


先行は、メルジーナ将軍だ。

彼女は指を鳴らし、部下に銀色のトレイを運ばせた。

そこに乗っているのは、親指ほどの大きさのカプセル。


「我が軍の技術の結晶、『超高濃度魔力カプセル・タイプZ』です」


彼女は兵士たちにカプセルを配り、服用を命じた。


「飲みなさい。これ一粒で、成人が三日活動するために必要なカロリーと、上級魔法を一発放つ分の魔力が補給できます」


「はッ!」


兵士たちは一斉にカプセルを口に放り込み、水で流し込んだ。

数秒後。

彼らの体の周りに、青白い魔力のオーラが立ち昇った。


「おお……力が漲る……」

「疲労が消えた……」


数値上の回復効果は劇的だった。

しかし、彼らの表情は変わらない。

ただ「燃料が補給された」というだけで、そこには高揚感も、生きる喜びもなかった。


「見ましたか、人間。摂取にかかった時間はわずか三秒。それでいて、彼らの魔力値は一五〇%まで上昇しました」


メルジーナ将軍が勝ち誇ったように私を見下ろす。


「これこそが効率。これこそが最強。……貴女がこれからコトコトと煮炊きする時間は、全て無駄なのです」


「……無駄じゃありません」


私はリュックを下ろし、魔導コンロを二台展開した。

ヴォルグさんが巨大な中華鍋(持ってきてよかった!)をセットし、イザベラさんが……じゃなくて、今日はレオンハルト様が火起こしを手伝ってくれる。


「数値だけの強さなんて、脆いものです。……本当の強さは、お腹の底から湧き上がってくる『熱』なんですから!」


私は食材を取り出した。

シルバさんの畑で収穫した、魔界の秘宝たち。

黒曜石のように輝く『ブラック・ライス』。

そして、見るからに凶悪な赤さを放つ『ヘル・ペッパー』。


「ヴォルグさん、挽肉の準備は?」

「おうよ! 『フロスト・ボア』のバラ肉、粗挽きにして脂たっぷりにしといたぜ!」


「ホルン、お米をお願い!」

「うん! 美味しく炊くね!」


調理開始だ。

まずは、主食となるご飯から。

土鍋に洗った『ブラック・ライス』と水を入れ、強火にかける。

この黒米は、炊き上がるとモチモチとした食感になり、独特の甘みと滋養強壮効果を持つ。


次に、メインの具材。

中華鍋にたっぷりの油を注ぎ、火にかける。

ここが一番のポイントだ。


「いきますよ……!」


私は刻んだ『ヘル・ペッパー』と、痺れるような辛さを持つ『デビル・サンショウ(魔界山椒)』を、低温の油に投入した。


ジュワァ……。


油が赤く染まっていく。

同時に、強烈な刺激臭が立ち上った。


「ゴホッ! ゲホッ! な、なんだこの毒ガスは!?」


風下にいた兵士たちが、突然むせ返り、涙を流し始めた。

メルジーナ将軍も慌ててハンカチで鼻を覆う。


「き、貴様! 化学兵器を使うつもりですか!?」

「いいえ、ただの香り出しです!」


唐辛子と山椒の香りを油に移したら、そこへ粗挽きのボア肉を投入。

強火で一気に炒める。


ジャアアアアアッ!!!


激しい音と共に、肉の脂が溶け出し、赤い油と混ざり合う。

香ばしい肉の焼ける匂いと、鼻を突き抜けるスパイスの香りが融合し、極寒の中庭を「熱帯」に変えていく。


「くっ……目が痛い! 痛いが……!」

「なんだ、この口の中に涎が溢れてくる感覚は……!」


無表情だった兵士たちの顔が、紅潮し始めた。

カプセルで満たされたはずの胃袋が、この暴力的な香りに刺激され、隙間を作ろうと蠢いているのだ。


肉の色が変わったら、『黒しずく(醤油)』と、甘みのある『魔界味噌(テンメンジャン風)』を加え、さらに炒める。

全体が馴染んだら、『コカトリス・スープ』を注ぎ入れる。


グツグツグツ……。


鍋の中は、地獄の釜のように赤黒く煮えたぎっている。

そこへ投入するのは、賽の目に切った真っ白な『スノー・トーフ』だ。

魔界の雪解け水で作られたこの豆腐は、絹のように滑らかで、煮込んでも崩れにくい。


「豆腐が赤く染まるまで、少し煮込みます!」


豆腐が踊る。

赤いスープを吸い込み、白から赤へ、そして飴色へと染まっていく。


「……すごい色だ」


レオンハルト様が鍋を覗き込み、少し引いている。


「エリス、これは本当に食べ物か? 溶岩に見えるが」

「大丈夫です。辛いけど、止まらなくなる味ですから」


仕上げに、水溶き片栗粉でとろみをつける。

全体が艶やかにまとまり、濃厚なあんとなる。

最後に、追い『デビル・サンショウ』と、刻んだ『ダンジョン・ニラ』をたっぷりと。


「ご飯も炊けました!」


ホルンが土鍋の蓋を開ける。

ボワッ!と白い湯気が上がり、ツヤツヤに炊き上がった漆黒のご飯が現れた。


「盛り付けよ!」


丼に、黒い『ブラック・ライス』を山盛りにする。

その上から、熱々の激辛麻婆豆腐を、雪崩のようにかける。


ドロォォォ……。


黒い米と、赤い餡。そして白い豆腐。

色のコントラストが毒々しくも、美しく、食欲をそそる。


「完成です! 『極寒を吹き飛ばす! 魔界特産・激辛黒麻婆豆腐丼』!」


ドンッ、ドンッ、ドンッ!


百人分の丼が、次々とテーブルに並べられていく。

立ち上る湯気には、カプサイシンの刺激と、肉味噌の濃厚な香りが満ちている。


「さあ、兵士の皆さん。体が冷えているでしょう? 温まってください」


私が声をかけると、兵士たちは互いに顔を見合わせた。

メルジーナ将軍が鋭い声で制止する。


「食べてはいけません! それはただの刺激物です! 消化器官に負担をかけ、戦闘能力を低下させます!」


「……でも、将軍」


一人の兵士が、震える声で言った。

彼は寒さで震えているのではない。目の前の丼から放たれる熱量に、本能が震えているのだ。


「体が……求めているのです」


彼は命令に背き、丼を手に取った。

ズシリと重い。

温かい。

手袋越しに伝わるその熱だけで、凍えていた指先が生き返るようだ。


彼はレンゲで、豆腐と挽肉、そして黒い米をまとめてすくい上げた。

赤と黒のコントラスト。

意を決して、口へと運ぶ。


パクッ。


「……!!!」


兵士の目が、カッ!と見開かれた。


その瞬間、彼の口の中で爆発が起きた。

『ヘル・ペッパー』の突き刺すような辛さが舌を焼き、『デビル・サンショウ』の痺れが唇を震わせる。


「ぐおおおおっ! からっ、辛いいいいッ!!」


彼は叫んだ。

しかし、叫びながらも、手は止まらなかった。


辛さの直後に押し寄せてくる、ボア肉の濃厚な脂の甘み。

味噌のコク。

そして何より、モチモチとした『ブラック・ライス』の力強い旨味。

それらが辛さと混ざり合い、強烈な快楽となって脳髄を直撃する。


「辛い! でも……うまいッ!!」


彼は汗を噴き出しながら、二口目を掻き込んだ。

ハフハフと熱い息を吐き出すたびに、白い呼気が赤く染まるような錯覚を覚える。

胃袋に落ちた麻婆豆腐が、燃えるような熱源となり、血液を沸騰させていく。


「熱い……力が……底から湧いてくる!」


カプセルで得た「数値上の魔力」ではない。

野生の本能が呼び覚まされたような、暴力的なまでの活力だ。


「おい、どうした! 大丈夫か!?」

「俺にも食わせろ!」

「ずるいぞ!」


一人が食べ始めれば、もう止まらない。

百人の精鋭部隊が、我先にと丼に群がった。


「うおおおおおっ! 辛ぇええええ!」

「水! いや、水なんかいらねぇ! もっと飯をくれ!」

「汗が止まらねぇ! 誰か鎧を脱がせてくれ、暑いんだよ!」


極寒の雪原だったはずの中庭が、彼らの熱気で湯気を立てている。

兵士たちは上着を脱ぎ捨て、顔を真っ赤にして麻婆豆腐を貪り食っている。

その目は生き生きと輝き、さっきまでの人形のような面影はない。


「な……な……っ!?」


メルジーナ将軍は、その光景に言葉を失い、後ずさった。


「ありえない……。私の計算では、カプセルこそが最適解のはず……。なぜ、あんな非効率な刺激物に、彼らはこれほど……」


「メルジーナ、まだ分かりませんか?」


私はお玉を持ったまま、彼女に歩み寄った。


「貴女のカプセルは、車にガソリンを入れるのと同じ。確かに動くけれど、それだけです。……でも、食事は『心』の燃料なんです」


私は兵士たちを指差した。

彼らは「辛い、うまい」と笑い合い、汗を拭きながら肩を叩き合っている。

士気が上がっているのは、誰の目にも明らかだった。


「辛さを乗り越えて食べる達成感。仲間と同じ釜の飯を食う一体感。そして、美味しいものを食べた時の幸福感。……それが、兵士を一番強くするんですよ」


「くっ……!」


メルジーナは反論しようと口を開いたが、言葉が出てこなかった。

目の前の光景という「実績」が、彼女の理論を粉砕していたからだ。


そして。

バルコニーからその様子を見ていた魔王ゼスト様が、手すりに身を乗り出した。

彼の虚ろだった瞳が、今は赤く燃える兵士たちの熱気と、立ち上るスパイスの香りに釘付けになっている。


「……辛い、か」


ゼスト様が低く呟いた。

彼の鼻が、ピクリと動く。

呪いによって閉ざされた彼の感覚に、あの強烈な刺激臭が届いているのだ。


「……余にも、よこせ」


ゼスト様の声が、広場に響き渡った。


「え?」


「その赤い丼だ。……余にも食わせろ」


「へ、陛下!?」


メルジーナが悲鳴を上げる。


「なりませぬ! あんな刺激物、陛下の高貴な胃腸には毒です!」


「黙れメルジーナ。……余は今、久々に『何かを感じて』いるのだ」


ゼスト様は自身の胸を押さえた。

心臓が高鳴っている。

あの匂いを嗅ぐだけで、唾液が分泌され、胃がキュウと鳴く。

「味がしない」という絶望の中に、一条の光が差し込んだような感覚。


私は丼を一つ、新しく用意した。

たっぷりの麻婆豆腐と、仕上げの山椒を多めに振って。


「お持ちします、魔王様」


私はバルコニーへの階段を登った。

これが、本当の勝負だ。

味覚のない魔王の舌を、この激辛でこじ開けてみせる。


(さあ、覚悟してくださいね。……飛び上がるほど辛いですから!)


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