表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【最終章完結】『「罰として下働きしろ」と言われたので、厨房で飯テロ無双します ~不味い飯に苦しむ王子を他所に、騎士団長と晩酌中~』  作者: 月雅
第4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/50

第3話 魔王と、幻のプリン


「ここが、魔王城……」


私が息を呑んで見上げた先には、黒曜石を削り出して作ったような巨大な城がそびえ立っていた。

空は相変わらず鉛色で、ちらつく雪が城の尖塔を白く染めている。

美しくはあるが、そこには生物的な温かみが一切感じられなかった。


「エリス、離れるなよ」


レオンハルト様が私の腰を引き寄せ、警戒を強める。

私たちは今、先ほどラーメンで手懐けた……いえ、和解した魔王軍の小隊に案内され、城の長い回廊を歩いていた。


「安心してください。俺たちがついている限り、他の兵には手出しさせません」


ラーメン隊長(と心の中で呼んでいる)が、胸を張って先導する。

彼の体からは、まだ微かに味噌とニンニクの香ばしい匂いが漂っていて、すれ違う他の魔族たちが「なんだこの匂いは?」と驚いた顔で振り返っていた。


「へっ、魔王の城って言うからどんな恐ろしい場所かと思ったが……。どいつもこいつも顔色が悪いな」


ヴォルグさんが辺りを見回して呟く。

確かに、城内ですれ違うメイドや兵士たちは皆、無表情で痩せていた。

彼らの手には、あの灰色の「栄養ブロック」が握られている。

歩きながら無造作にかじり、ただの燃料補給のように飲み込む姿は、見ていて胸が痛くなる光景だった。


「……食べることは、生きる喜びなのに」


私の背中で、高熱にうなされているホルンが小さく身じろぎした。

懐の黒い種籾が、ドクンと脈打つ。

この城のどこかに、ホルンを救う鍵があるはずだ。

そして、その鍵を握るのは、この国を統べる王――魔王ゼスト。


「着きました。この扉の奥が『玉座の間』です」


隊長が巨大な鉄の扉の前で立ち止まった。

重々しい音が響き、扉がゆっくりと開かれる。


そこには、広大な空間と、底冷えするような静寂が広がっていた。


   ◇


ホールの最奥。

一段高くなった台座の上に、漆黒の玉座があった。

そこに座っていたのは、一人の男だった。


「……遅い」


その声は低く、地響きのように空気を震わせた。


「偵察に出た部隊が戻ったかと思えば……人間を連れ帰るとはな。どういうつもりだ」


彼が顔を上げる。

透き通るような蒼白の肌に、燃えるような紅蓮の瞳。

額からは捻じれた二本の角が伸び、背中にはコウモリのような黒い翼が畳まれている。

圧倒的な美貌と、魔力を兼ね備えた存在。


魔王ゼスト。


しかし、その体は玉座に沈み込むように細く、頬はこけていた。

瞳には強い光があるものの、その奥には深い疲労と退屈アンニュイが見て取れる。


「ゼスト様! この者たちは敵ではありません! 素晴らしい『技術』を持つ客人です!」


隊長が膝をついて報告する。

ゼストはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「技術だと? 人間ごときがか」

「はい! 彼女たちの作る『食事』は、我々の魂を震わせました! ゼスト様の長年の憂いも、彼女ならば晴らせるかもしれません!」


「食事……?」


その単語を聞いた瞬間、ゼストの眉間に深い皺が刻まれた。

彼は苛立ちを隠そうともせず、手元にあった皿を払いのけた。

皿に乗っていた栄養ブロックが、カランと音を立てて床に転がる。


「下らん。食事など、生命活動を維持するための作業に過ぎん。……砂を噛むような時間を、これ以上俺様に強いる気か」


「砂を噛むよう……?」


私が思わず声を漏らすと、ゼストの紅蓮の瞳が私を射抜いた。


「ほう。それが、噂の人間か」


彼は玉座から立ち上がることなく、指先だけで私を示した。


「見るからに弱々しい。だが……妙な匂いがするな。甘く、焦げたような……」


「エリスです。一介の料理人です」


私は一歩前に出た。レオンハルト様が止めようとするが、私は目で制した。


「魔王様。貴方、お腹が空いているのではありませんか?」

「は?」

「痩せすぎています。それに、その肌の乾燥……栄養が偏っている証拠です」


私がズバリと言うと、周囲の護衛兵たちがざわめいた。

魔王に対して「栄養不足」などと指摘する人間は、前代未聞だろう。


「……ふん。面白いことを言う」


ゼストは自嘲気味に笑った。


「空腹? ああ、腹は減っているかもしれん。だが、食欲がないのだ。……この世の全てのものが、俺様にとっては無味乾燥なガラクタでしかない」


彼は虚ろな目で天井を仰いだ。


「貴様、料理人と言ったな。……ならば、俺様を満足させてみろ」


「え?」


「俺様の舌を喜ばせることができたなら、貴様らの不法侵入は見逃してやろう。望みの褒美もくれてやる。……だが」


彼の目が妖しく光った。


「もし俺様を失望させたなら……その場で氷像にして、城の飾りに加えてやる」


生死をかけた料理勝負。

第2部のヴァレリウス殿下も無茶を言ったが、この魔王様はもっと深刻だ。

彼の言葉からは、「期待」よりも「諦め」の色が濃く感じられる。


「受けます」


私は即答した。

褒美なんてどうでもいい。ただ、目の前にいる「食べる喜び」を失った人を放っておけない。

それに、彼を満足させれば、ホルンのことを聞くチャンスが生まれる。


「エリス、大丈夫か? 相手は魔王だぞ」

「平気ですよ、レオン。お腹を空かせた人に悪い人はいません……たぶん」


私はリュックを下ろし、魔導コンロを展開した。

広くて冷たい玉座の間が、私の厨房になる。


(何を作ろうか……)


私はゼストの様子を観察した。

痩せこけた体。荒れた肌。そして、漂う倦怠感。

今の彼に、いきなり脂っこい肉料理や、消化の悪いものは毒だ。

まずは胃腸を驚かせず、かつ、脳に直接「美味しい」という快楽を届けるもの。


そして、彼の言葉の端々に感じた、微かな甘えのような響き。

もしかしたら、彼は――。


「……甘いもの、お好きでしたか?」


私が尋ねると、ゼストは一瞬きょとんとして、バツが悪そうに視線を逸らした。


「……昔の話だ。今は何を食べても同じだがな」


当たりだ。

隠れ甘党。しかも、今は食べられない反動で、体が糖分を渇望しているはず。


「決めました。……とびきり優しくて、甘いものを作ります」


私は食材を取り出した。

聖教国で手に入れた『コカトリスの卵』。

『ムームー牛』の特濃ミルク。

そして、精製された純白の『スノー・シュガー』。


シンプル・イズ・ベスト。

素材の力だけで勝負する、王道スイーツ。

『極上・なめらかカスタードプリン』だ。


まずはカラメル作り。

小鍋に砂糖と少量の水を入れ、火にかける。

ふつふつと泡立ち、色が狐色から褐色へと変わる瞬間を見逃さない。


焦がしすぎれば苦くなる。

早すぎればコクが出ない。

ギリギリのラインで火を止め、お湯を少し加えて色止めをする。


ジュワッ!


甘く、ほろ苦い香りが広がる。

ゼストの鼻がピクリと動いた。


次にプリン液。

卵黄だけを贅沢に使い、砂糖と混ぜる。

温めたミルクには、香り付けの『バニラ・ビーンズ(魔界産)』を入れる。

これを卵液に少しずつ加え、丁寧に混ぜ合わせる。


「ヴォルグさん、し器をお願い!」

「おうよ!」


ヴォルグさんが持った布で、卵液を二度漉す。

これで絹のようになめらかな口当たりになる。

耐熱容器にカラメルを敷き、プリン液を注ぐ。


あとは蒸すだけ。

魔導コンロの火力を弱火に保ち、じっくりと熱を通す。

「す」が入らないように、優しく、優しく。


十分後。

鍋の蓋を開けると、甘い蒸気と共に、ぷるぷると揺れる黄金色の宝石が現れた。

氷魔法で急速冷却し、皿の上にひっくり返す。


プッチン。

プルルンッ。


「完成です。……『魔王様に捧げる、極上なめらかプリン』」


琥珀色のカラメルソースを纏ったプリンは、照明を受けて艶やかに輝いている。

その揺れ方は、あまりにも魅惑的だ。


「……ほう」


ゼストが身を乗り出した。

その瞳に、僅かに興味の色が宿る。


「見た目は悪くない。……香りも、懐かしいな」


私は皿を捧げ持ち、玉座の階段を登った。

レオンハルト様が緊張して剣に手をかけるが、ゼストは私しか見ていない。


「どうぞ」


スプーンを渡す。

ゼストは震える手でそれを受け取り、プリンをすくった。

スプーンが入る感触だけで、その柔らかさが伝わる。


彼はゆっくりと口へ運んだ。


パクッ。


静寂。

玉座の間にいる全員が、魔王の反応を固唾を呑んで見守る。


舌の上でプリンが崩れる。

濃厚な卵のコク。

ミルクの優しい風味。

バニラの妖艶な香り。

そして、ほろ苦いカラメルが全体を引き締める。


食感は完璧だった。

今まで作った中でも、最高傑作と言っていい出来栄えだ。


しかし。


カラン……。


ゼストの手から、スプーンが滑り落ちた。

彼の表情は、喜びでも、怒りでもなかった。

深い、深い、絶望だった。


「……やはり、か」


彼が乾いた声で呟いた。


「美味しい……はずなのだろう。柔らかくて、冷たくて、喉越しもいい」


彼は自分の喉元を押さえた。


「だが……味がしない」


「えっ……?」


「甘みも、苦味も、何も感じない。……まるで、冷たい泥を飲み込んでいるようだ」


嘘でしょう?

あんなに濃厚な卵と砂糖を使ったのに。

味がしないなんて、ありえない。


「そ、そんな……。もう少し食べてみてください! 下のカラメルと混ぜれば……」

「無駄だ!!」


ゼストが叫び、皿を払い落とした。

ガシャーン!!

私の自信作だったプリンが、床に飛び散り、無残な姿になる。


「ひっ……!」

「エリス!」


レオンハルト様が駆け上がり、私を庇う。

ゼストは玉座で頭を抱え、震えていた。


「なぜだ……なぜ俺様には味が分からない! 匂いはするのに、食感はあるのに……舌に乗せた瞬間、全てが虚無に変わる!」


彼は私を睨みつけた。その瞳には涙が滲んでいた。


「期待させるな……。甘い匂いで、俺様を弄ぶな……!」


魔力の暴走。

彼を中心にして、黒い瘴気が渦巻き始める。

城全体が震動し、窓ガラスにヒビが入る。


「ゼスト様、お鎮まりください!」

「殺される! 逃げろ!」


兵士たちがパニックになる。

レオンハルト様が防御障壁を展開するが、魔王の力は桁違いだ。


「……味覚障害、いえ、呪い?」


私はレオンハルト様の背中で、冷静に分析していた。

ただの好き嫌いや病気じゃない。

彼の魔力そのものが、味覚を拒絶しているような感覚。

まるで、何者かによって「食の喜び」を封印されているような。


「エリス、ここは退くぞ! 話が通じる状態じゃない!」

「でも……!」


その時。

玉座の間の扉が、再び大きく開かれた。


「――おやめなさい、陛下! みっともない!」


凛とした、しかし冷徹な女性の声が響き渡った。

瘴気を切り裂いて入ってきたのは、蛇の下半身を持つ妖艶な魔族――ラミアの女性だった。

彼女は軍服のようなきっちりとした衣装を身にまとい、片眼鏡モノクルを光らせている。


「メ、メルジーナ将軍!」


兵士たちが叫ぶ。

彼女こそが、魔王軍の補給を一手に担う『効率の女将軍』メルジーナだ。


彼女は暴走するゼストの前に立ち、無造作に何かを投げつけた。

それは、あの灰色の「栄養ブロック」だった。


「陛下。血糖値が低下して情緒不安定になっているのです。……さあ、これを摂取してください」


「……メルジーナ……」


「味などという不確定な要素に惑わされるから、そうなるのです。食事とは栄養摂取。それ以上でも以下でもありません」


彼女は冷ややかな目で、床に散らばったプリンの残骸を見下ろした。

そして、ヒールの先でそれを踏み潰した。


「……汚らわしい。人間風情が、陛下に毒を盛ろうとは」


「毒じゃないわ! それはプリンよ!」


私が抗議すると、彼女は私を虫でも見るような目で見下ろした。


「同じことです。栄養効率の悪い、快楽物質の塊。……衛兵! この侵入者たちを地下牢へ!」


「なっ、待て! 俺たちは客として……」

「黙りなさい、下等生物」


メルジーナが指を鳴らすと、床から魔法陣が浮かび上がった。

転移の罠だ。


「しまっ……エリス、捕まれ!」


レオンハルト様が私とホルンを抱き寄せる。

ヴォルグさんも集まるが、足元が光に包まれる。


「陛下に必要なのは効率的な管理です。……貴様らのような『不純物』は排除します」


メルジーナの冷酷な宣告と共に、私たちは光の中に飲み込まれた。

最後に見たのは、栄養ブロックをかじりながら、虚ろな目で玉座に沈み込む魔王ゼストの姿だった。


   ◇


ドサッ。

硬い石畳の上に放り出された。

冷たく、湿った空気。鉄格子の向こうには、薄暗い廊下が続いている。


「……地下牢、か」


レオンハルト様がすぐに起き上がり、周囲を警戒する。

私とホルン、そしてヴォルグさんも無事だ。

武器や調理器具も没収されていないのが不幸中の幸いか。


「ちくしょう、あの女将軍! 俺のプリンを踏みやがって!」


ヴォルグさんが悔しそうに壁を蹴る。

私も、悔しさで唇を噛んだ。

私のプリンが通用しなかった。

いや、料理以前の問題だ。ゼストの舌は、呪いによって完全に封じられている。


「……味がないって、どんな気持ちなんだろう」


ホルンが、熱に浮かされながら呟いた。


「ボク、お腹すいたけど……何を食べても砂だったら、悲しくて泣いちゃうよ」


「そうね……。それは、地獄と同じだわ」


私は握り拳を作った。

魔王ゼストは、最強の力と引き換えに、孤独な地獄にいる。

そして、それを「効率」という言葉で管理しようとするメルジーナ。


このままじゃ終われない。

料理人のプライドにかけて、あの魔王に「美味しい」と言わせてやる。

そして、ホルンの呪いを解く手がかりを掴むんだ。


「出ましょう。こんな所で腐っている暇はありません」

「どうやって出る? 鍵は頑丈だぞ」


レオンハルト様が鉄格子を揺らす。

私はリュックの中身を確認した。

食材はまだある。そして、ここは魔族の城の地下。

きっと、お腹を空かせた見張り番がいるはずだ。


「いつもの手で行きます。……牢獄の中から、飯テロ開始よ!」


私は魔導コンロに火を点けた。

暗い地下牢に、希望の火が灯る。

反撃の狼煙は、香ばしい匂いと共に上がるのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ