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【最終章完結】『「罰として下働きしろ」と言われたので、厨房で飯テロ無双します ~不味い飯に苦しむ王子を他所に、騎士団長と晩酌中~』  作者: 月雅
第3章

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第9話 聖女の覚醒と、奇跡の七草リゾット

夜明け前の聖教国。

私たちは、捕縛したイグニス枢機卿を引きずりながら、街の大聖堂へと戻ってきた。


「離せ! 私は枢機卿だぞ! こんな扱いをして、タダで済むと思っているのか!」


イグニスは粘液まみれの法衣を振り乱し、喚き散らしている。

しかし、その声に応える者はいない。

彼を守っていた聖騎士たちは、ガロード団長の指揮のもと、すでに私たちの味方になっていたからだ。


「黙れ、イグニス」


ガロードさんが冷徹な声で言い放つ。


「貴様の悪事は、聖女ルミア様の前ですべて明らかにされる。それまで大人しくしていろ」

「聖女だと? ふん、あの小娘か。どうせ衰弱して死にかけているだろう。証言などできるものか!」


イグニスが下卑た笑いを浮かべる。

確かに、私たちがダンジョンに向かう前、ルミアさんはクリスタル・ゼリーで少し回復したとはいえ、まだベッドから起き上がれる状態ではなかった。


「……大丈夫です」


私はリュックの中身――黄金に輝く『エリクサー・ライス』の種籾を確かめ、強く頷いた。


「このお米があれば、ルミアさんは必ず元気になります。そして、貴方の嘘を暴く『光』になるはずです」


   ◇


大聖堂の厨房。

以前は枢機卿の美食を作るために使われていた豪華な設備を、私が占拠していた。


「時間がないわ。夜が明けるまでに、ルミアさんに食べさせないと」


私はエプロンを締め、調理台に向かった。

レオンハルト様とヴォルグさんが入り口を見張り、ホルンとイザベラさんが手伝ってくれる。


作る料理は決めていた。

病み上がりの体に優しく、かつ『エリクサー・ライス』の爆発的な生命力を最大限に吸収できる料理。

そして、この国の「清貧」という教えに寄り添いながらも、それを正しい方向へ導くような一皿。


「『七草のリゾット』を作ります」


本来ならお正月明けに食べる日本の『七草粥』だが、ここでは洋風にアレンジする。

具材は、ダンジョンから持ち帰った薬効のある七種類の野菜とハーブだ。


『ヒーリング・ネギ』『クリスタル・スピナッチ(ほうれん草)』『ホワイト・ラディッシュ(大根)』『ダンジョン・セリ』……。

どれも、デトックス効果や滋養強壮に優れた食材ばかり。


「まずは、『エリクサー・ライス』を研ぎます」


水に触れた瞬間、米粒が淡い光を放つ。

普通の米なら白く濁る研ぎ汁が、この米だと金粉を混ぜたように輝いている。


鍋に『ムームー牛』のバターを溶かし、洗った米を透き通るまで炒める。

そこへ、先日作った『コカトリスの出汁ブイヨン』を少しずつ加えていく。


ジュワァァァ……。


香ばしい音と共に、米が出汁を吸い込んでいく。

『エリクサー・ライス』は生命力が強いため、加熱しても煮崩れず、一粒一粒がしっかりと存在感を保っている。


「ここで、刻んだ七草を投入!」


鮮やかな緑色の野菜たちが、黄金色の粥に彩りを添える。

野菜の青い香りが、バターのコクと混ざり合い、爽やかで優しい香りに変わる。


仕上げに、隠し味の『パルメザン・チーズ』を少しと、塩で味を調える。

米の甘みが強いため、調味料は最小限でいい。


「完成よ。……『聖女のための、奇跡の七草リゾット』」


出来上がったリゾットは、器の中で自ら発光していた。

それは魔力的な光ではなく、命そのものが放つ温かい輝きだった。


   ◇


最上階、『清めの塔』。

ルミアさんの部屋に入ると、彼女は浅い呼吸を繰り返しながら眠っていた。

顔色はまだ白い。長期間の栄養失調は、ゼリー一つでは完治しきれないのだ。


「ルミア様……」


ガロードさんが痛ましげに眉を寄せる。

私はベッドサイドにリゾットを置き、彼女の肩を優しく揺すった。


「ルミアさん、朝ごはんですよ」


彼女の瞼が、ゆっくりと震えて開いた。

アメジストの瞳が、私を捉える。


「……エリス、さん……? いい匂い……」

「ええ。貴女を元気にする、魔法のご飯を作ってきました」


私はスプーンでリゾットをすくい、ふうふうと冷ました。

湯気の中に、七草の爽やかな香りと、お米の甘い香りが漂う。


「さあ、あーん」


ルミアさんは、私を信じて口を開けた。

パクッ。


その瞬間。


「……んッ!」


彼女の喉が鳴った。

噛みしめると、『エリクサー・ライス』から溢れ出した生命のエネルギーが、電流のように全身を駆け巡ったのだ。

野菜のシャキシャキとした食感と、バターのコク、そして出汁の旨味。

それらが一つになり、枯渇していた彼女の細胞一つ一つを叩き起こしていく。


「あつい……体が、熱い……」


「大丈夫、それは生きる力です。もっと食べて」


私は二口、三口と運んだ。

最初は弱々しかった彼女の咀嚼が、次第に力強くなっていく。

スプーンを持つ私の手を、彼女自身の手が掴み、もっと欲しいと求めてくる。


そして、最後の一口を食べ終えた時。


カッッッ!!!!


ルミアさんの体から、目も眩むような純白の光が溢れ出した。

部屋全体が光に包まれる。


「うおっ、なんだ!?」

「ま、眩しい!」


光が収まると、そこには信じられない光景があった。


ベッドの上に、一人の少女が座っていた。

透けるようだった肌は健康的な桜色に染まり、パサついていた金髪は、陽光のように艶やかに輝いている。

瞳には強い意志の光が宿り、全身から溢れ出る魔力は、以前とは比べ物にならないほど澄んでいた。


「……力が、戻ってきたわ。ううん、前よりもずっと強く」


ルミアさんは自分の手を見つめ、そして私を見て、花が咲くような笑顔を見せた。


「ありがとう、エリスさん。……私、もう迷いません」


彼女はベッドから軽やかに降り立った。

その足取りはしっかりとしており、もう誰の支えも必要としていなかった。


「行きましょう。民が待っています」


   ◇


朝。

大聖堂前の広場には、何千人もの民衆が集まっていた。

「枢機卿が捕まったらしい」「聖騎士団が反乱を起こした」という噂を聞きつけ、不安と混乱が広がっているのだ。

彼らは皆、まだ断食の影響で痩せ細り、疲弊していた。


「静まれ! 静まるのだ!」


大聖堂のバルコニーに引き出されたイグニス枢機卿が、縄で縛られながらも往生際悪く叫んだ。


「これは悪魔の仕業だ! 異国の料理人たちが私を襲い、聖女を人質にとったのだ! 民よ、騙されるな! 聖騎士団は洗脳されている!」


彼の嘘に、民衆がざわめく。


「悪魔だって?」

「やっぱり、あの美味しい粥は罠だったのか……?」


長年の洗脳は根深い。

イグニスの言葉に、動揺が広がり始める。


「そうだ! 奴らを捕らえろ! 神の怒りを恐れぬか!」


イグニスが勝ち誇ったように笑った、その時だった。


「――おやめなさい」


凛とした、鈴を転がすような声が広場に響き渡った。

それは、魔法拡声器を使わずとも、全員の心に直接届くような澄んだ声だった。


バルコニーの扉が開き、ルミアさんが姿を現した。

朝日を背に浴びて輝くその姿は、まさに『聖女』そのものだった。

しかも、以前のような儚げな姿ではない。

生命力に満ち溢れ、圧倒的な存在感を放っている。


「せ、聖女様……?」

「あんなにお元気そうな姿、初めて見たぞ……」


民衆が息を呑む。

イグニスが目を剥いて後ずさった。


「ば、馬鹿な……。貴様、死にかけていたはず……」

「ええ。死にかけていました。貴方が私から『食事』を奪ったせいで」


ルミアさんは静かに、しかし力強く告げた。


「民よ、聞きなさい。……イグニス枢機卿は、嘘をついていました」


彼女は隣に立つ私と、私の手にある『エリクサー・ライス』の稲穂を示した。


「食べることは、罪ではありません。神は私たちに、この大地の実りを与えてくださいました。それを美味しくいただき、命を養うことこそが、神への最大の感謝なのです」


「なっ……何を言うか! それは教義に反する!」


イグニスが喚くが、ルミアさんは彼を一瞥もしなかった。


「見てください。この黄金の稲穂を。これは私たちの国の地下、聖域に眠っていた『神の恵み』です。イグニス枢機卿はこれを独占し、私たちを飢えさせ、自分だけがその恩恵を受けていたのです!」


「う、嘘だ! 証拠はあるのか!」


「証拠なら、貴方のその体よ」


ルミアさんが指差した先。

イグニスの肥え太った腹。それは、ガリガリに痩せ細った民衆とはあまりにも対照的だった。

そして、ガロードさんがバルコニーから、イグニスの隠し倉庫から押収した高級食材の山をばら撒いた。

ハム、ワイン、干し肉、果物。


「あっ……あれは俺たちが収めた税じゃないか!」

「俺たちには食べるなと言っておいて、自分だけ……!」


民衆の目に、疑問が怒りへと変わっていく。


「違う! これは儀式のための……!」


「往生際が悪いぞ、イグニス」


レオンハルト様が剣の柄でイグニスの背中を押し、彼を民衆の前に晒した。


「審判の時だ」


ルミアさんが両手を広げた。

その瞬間、彼女の体から溢れ出した光が、シャワーのように広場全体へと降り注いだ。


「『聖なる癒やし(ホーリー・ヒール)』――!」


それは、彼女が『エリクサー・ライス』を食べて得た、膨大な魔力をすべて還元する奇跡の魔法だった。

光の雨を浴びた民衆たちの顔色が、みるみるうちに戻っていく。

こけていた頬に肉が戻り、濁っていた目に光が宿る。

空腹による苦痛が消え去り、代わりに温かい活力が湧いてくる。


「おお……体が軽い!」

「痛くない……お腹が空いたけど、苦しくない!」


奇跡だ。

数千人の飢餓を一瞬で癒やす、本物の聖女の奇跡。


「これが……食事の力……」


ルミアさんは光の中で微笑んだ。

彼女自身が美味しいご飯で満たされたからこそ、そのエネルギーを他者に分け与えることができたのだ。


「民よ! 今日より『断食』の掟を撤回します! 食べてください! 笑ってください! それが神の望みです!」


「うおおおおおおおおっ!!」

「聖女様万歳! ご飯万歳!」


広場は歓喜の渦に包まれた。

人々は抱き合い、涙を流し、そしてイグニスに向けて軽蔑の視線を送った。


「連れて行け」


ガロードさんの命令で、聖騎士たちがイグニスを拘束した。

もはや誰も彼を擁護する者はいなかった。

彼は「私の米だぁぁぁ!」と浅ましい悲鳴を上げながら、地下牢へと引きずられていった。


   ◇


騒動が落ち着いた午後。

大聖堂のバルコニーで、私はルミアさんと並んで街を見下ろしていた。

街のあちこちから、炊き出しの煙が上がっている。

ヴォルグさんとホルンが、押収した食材を使って大宴会の準備をしているのだ。


「エリスさん」

「はい」

「私、今まで『聖女』という役割が重荷でした。でも今は……この力を使って、みんなを幸せにしたいと思えます」


ルミアさんは、太陽のように明るい笑顔を私に向けた。


「貴女の料理が、私に『生きる意味』を教えてくれました。……あのリゾットの味、一生忘れません」

「ふふ、いつでも作りますよ。またお店に来てくださいね」

「はい! 必ず行きます!」


そこへ、レオンハルト様がやってきた。


「エリス、そろそろ宴の始まりだそうだ。主役がいないと始まらないぞ」

「あら、主役はルミアさんですよ」

「いや、世界を救った料理人もだ」


彼は私の手を取り、エスコートした。


「行こう。君の作った平和の味を、みんなで噛み締める時間だ」


広場では、私が持ち込んだ『黒しずく』と『エリクサー・ライス』を使った、特大のおにぎりパーティーが始まろうとしていた。

聖騎士も、元異端審問官も、民衆も、みんな一緒になって大きな口を開けている。


「さあ、私も腕を振るわなきゃ!」


私はエプロンを締め直した。

聖教国の長い夜が明け、今、最高に美味しい朝が始まったのだ。


しかし、その宴の片隅で。

ホルンだけが、楽しげな喧騒から離れ、北の空――魔族領の方角をじっと見つめていた。


「……ホルン?」

「……うん、なんでもないよ、エリス!」


彼は明るく振り返ったが、その手には、ダンジョンの奥で見つけた『黒く焦げた種籾』が握られていた。

それは、『エリクサー・ライス』とは似て非なる、禍々しい気配を放っていた。


平和な宴の裏で、次なる冒険への伏線は、すでに撒かれていたのだった。


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