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【最終章完結】『「罰として下働きしろ」と言われたので、厨房で飯テロ無双します ~不味い飯に苦しむ王子を他所に、騎士団長と晩酌中~』  作者: 月雅
第3章

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第8話 決戦、守護者を満たせ!

「グオォォォォォォォッ!!」


地下空間を揺るがす咆哮と共に、『暴食の守護者』から伸びた無数の触手が、鞭のように襲いかかってきた。


「くっ、速い!」


レオンハルト様が剣で触手を弾き飛ばす。炎の魔力を纏った剣撃は、触手を焼き切るが、切り口からはすぐに新しい泥が盛り上がり、再生してしまう。


「物理も魔法も効き目が薄いぞ! キリがねぇ!」


ヴォルグさんが巨大なフライパンを盾にして、触手の連打を受け止める。

その横では、正気を取り戻したガロードさんと聖騎士たちが、必死に光魔法の障壁を展開し、私と調理場を守ってくれていた。


「持ちこたえろ! エリス殿が料理を完成させるまで、一歩も通すな!」

「おおおおっ!」


騎士たちの気迫は凄まじい。

だが、守護者の力は圧倒的だ。イグニス枢機卿の底なしの欲望を取り込んだ怪物は、刻一刻とその質量を増し、赤黒い瘴気を撒き散らしている。


「ハラガ……ヘッタ……全部……ヨコセ……!!」


怪物の咆哮は、ただの音ではない。

「空腹」という概念そのものをぶつけてくる精神攻撃だ。

油断すれば、立っているだけで生気を吸い取られそうになる。


「待っていて……。今、最高のご飯を食べさせてあげるから!」


私は戦場のど真ん中で、簡易コンロの前に立っていた。

私の目の前には、刈り取ったばかりの黄金の稲穂――『エリクサー・ライス』の山がある。


通常なら、脱穀して、精米して、浸水させて……と、炊き上がるまでに数時間はかかる工程だ。

だが、今の私には時間がない。

だからこそ、持てる全てのスキルと魔法を動員する。


「生活魔法、『精米ポリッシュ』!」


私は稲穂の山に手をかざし、魔力を流し込んだ。

風魔法の応用だ。

渦巻く風が籾殻を一瞬で弾き飛ばし、中から白く輝く米粒だけを抽出する。

キラキラと舞い落ちる米の宝石たちを、大鍋でキャッチする。


「水は……これを使う!」


リュックから取り出したのは、ダンジョンの地底湖で汲んでおいた『聖水』だ。

不純物が一切ない、清らかな水。

これを米になじませる。


「火力全開! お願い、ヴォルグさんのフライパンみたいに熱くなって!」


私は魔導コンロの出力を最大にした。

さらに、自分の魔力も鍋に注ぎ込む。

『圧力』と『加熱』。

鍋の中の気圧を一気に高め、高温で米の芯まで火を通す。

お米のデンプン質を、爆発的なスピードで糖化させるのだ。


シュシュシュシュシュッ……!!


鍋から激しい蒸気が吹き出し始めた。

その蒸気には、穀物の甘く、芳醇な香りが含まれている。


「!?」


その匂いが漂った瞬間、暴れていた守護者の動きがピタリと止まった。


「イイ……ニオイ……」


怪物の巨大な目が、私の方――正確には、私の手元の鍋に向けられる。


「こっちを見たぞ! チャンスだ、引きつけろ!」


レオンハルト様が叫び、わざと隙を見せて怪物の注意を引く。


「あと少し……蒸らしの時間が必要よ」


私は焦る気持ちを抑え、鍋の火を止めた。

この数分が、米の味を決める。

その間に、トッピングの準備だ。


究極の卵かけご飯(TKG)。

主役は米だが、それを包み込む卵もまた、最強でなければならない。


「ホルン! イグニスの隠し倉庫にあった『あの箱』、持ってきて!」

「うん! 任せて!」


ホルンが瓦礫の山となった倉庫跡から、一つの木箱を抱えて走ってきた。

イグニスが隠し持っていた、最高級食材の一つ。

箱を開けると、中にはソフトボールほどの大きさがある、黄金色の卵が鎮座していた。


「『皇帝コカトリス(エンペラー・コカトリス)』の有精卵……!」


市場価格なら家が一軒建つほどの代物だ。

その黄身は、箸で掴めるほど濃厚で、クリのような甘みがあるという。


「これなら、『エリクサー・ライス』にも負けない!」


私は小さなボウルに卵を割り入れた。

とろりとした白身と、夕陽のように濃いオレンジ色の黄身。

そこへ、私の宝物である『黒しずく(醤油)』を数滴垂らす。

さらに、隠し味として、イグニスの倉庫から拝借した『トリュフ・オイル』をひと回し。


カチャカチャカチャ……。


軽く混ぜ合わせる。

完全に混ぜきらないのがポイントだ。

白身のドロッとした食感と、黄身の濃厚さ、そして醤油の塩気がマーブル状になるように。


「炊けたわ!」


私は大鍋の蓋を一気に開けた。


ボワァァァッ……!


真っ白な湯気が、キノコ雲のように立ち上った。

その瞬間、地下空間全体が、「炊きたてのご飯」という幸せの香りで満たされた。

腐臭も、血の匂いも、全てを浄化する聖なる香り。


「うおおっ……なんだこの神々しい輝きは!」

「米が……立っている!」


鍋の中を覗き込んだ騎士たちが息を呑む。

『エリクサー・ライス』は、炊き上がると一粒一粒が自ら発光し、まるで真珠の山のように輝いていた。

一粒が普通の米の倍ほど大きく、ふっくらとしている。


「さあ、仕上げよ!」


私は巨大な器(倉庫にあった鉢植え用の未使用の陶器)に、ご飯を山盛りに装った。

その中央に窪みを作る。

そこへ、先ほどの特製卵液を、静かに、そして大胆に流し込む。


トロォォォ……。


黄金色のご飯の上に、さらに濃い黄金色の卵が広がる。

熱気で醤油の香ばしさが立ち、トリュフの香りが高級感を添える。

最後に、刻んだ『ダンジョン・ネギ』と、パリパリの『ケーブ・ノリ(岩海苔)』を散らす。


完成だ。

『黄金の究極・卵かけご飯(TKG) ~皇帝の卵と黒しずくを添えて~』。


「レオン、道を開けて!」


私はその巨大な鉢を両手で抱え、戦場の最前線へと走り出した。


「エリス、危ない!」

「大丈夫! この料理は、あの子のためのものだから!」


私は守護者の目の前まで進み出ると、鉢を高く掲げた。


「暴食の守護者さん! お腹が空いてるんでしょう!?」


私の声に、怪物がゆっくりと顔を近づけてきた。

巨大な口からは、どろりとした涎が垂れている。

でも、その目はもう、破壊衝動に燃える赤色ではなく、美味しいものを前にした子供のような色をしていた。


「タベタイ……ソレ、タベタイ……」


「食べていいのよ。これは貴方がずっと守ってきた、お米たちからのプレゼントだから!」


私は鉢を、怪物の口元――触手で形成された受け皿のような場所へと差し出した。


怪物は躊躇った。

今まで、イグニスのどす黒い欲望ばかりを食べさせられ、腹を壊していた。

こんなに純粋で、温かいものを食べていいのかと。


「遠慮するな! エリスの飯は世界一だぞ!」


レオンハルト様が叫んだ。


「食ってみろ! そして思い出せ! お前の本当の役目を!」


その言葉に背中を押されたのか、守護者は触手を動かし、巨大な鉢の中身を一気に飲み込んだ。


ゴクリ。


巨大な嚥下音が響く。


そして、静寂が訪れた。


「……」


怪物の動きが止まる。

次の瞬間。


カッッッ!!!!


怪物の体の中心から、太陽のような光が溢れ出した。


「ア……アァ……」


口の中で、米粒が弾けた。

一粒噛むごとに、凝縮された生命力が溢れ出す。

甘い。

信じられないほど甘い。

そして、それを包み込む卵のまろやかさと、醤油の塩気が、味の輪郭を引き締める。

トリュフの香りが鼻腔を抜け、ネギのシャキシャキ感がアクセントになる。


熱いご飯が、冷え切った泥の体を温めていく。

イグニスの欲望という毒素が、米の浄化作用によって洗い流されていく。


「オイシイ……。アッタカイ……」


怪物の体から、赤黒い瘴気が抜け落ちていく。

泥の体が崩れ落ち、その下から現れたのは――純金でできたような、美しいスライムの姿だった。

それは、本来の『守護者』の姿。


「マン……プク……」


守護者は満足げに目を細め、その場にぺたりと座り込んだ。

そして、大きく口を開けると、ポーン!と何かを吐き出した。


「ぎゃあああああああッ!!」


粘液まみれになって転がり出てきたのは、気絶したイグニス枢機卿だった。

彼は守護者の体内(別空間)に保存されていただけで、消化はされていなかったらしい。

(まあ、あんな不味そうな欲望の塊、守護者だってお腹を壊すから吐き出したかったのだろう)


「やった……! 浄化成功だ!」


ガロードさんが剣を掲げて歓声を上げた。

聖騎士たちも、ヴォルグさんも、抱き合って喜んでいる。


「エリス!」


レオンハルト様が駆け寄り、私を抱きしめた。


「無茶をしやがって……! だが、見事だった」

「レオン……はい。あの子、喜んでくれました」


私は腕の中で、黄金のスライムを見つめた。

彼は私に向かって、ぷるぷると体を震わせ、まるで「ごちそうさま」と言っているようだった。


「これで、『聖域』は解放されたな」


ヴォルグさんがイグニスを縄で縛り上げながら言った。


「ああ。イグニスの悪事は白日の下に晒される。この国の歪んだ教義も、これで終わるだろう」


ガロードさんが、清々しい顔で頷いた。

戦いは終わった。

料理の力が、剣と魔法、そして長年の呪縛に打ち勝ったのだ。


「さあ、帰ろう。ルミア様が待っている」


私たちは『エリクサー・ライス』の一部を種籾たねもみとして分けてもらい、イグニスを連行して地上への道を戻り始めた。


ホルンが、黄金のスライムに手を振った。


「また来るね! 美味しいご飯、持ってくるから!」


スライムは、私たちが姿を消すまで、黄金の光で道を照らし続けてくれていた。


地上に出ると、そこには満天の星空が広がっていた。

夜風が心地よい。

リュックの中には、世界を救う『神の食材』と、みんなを守った『おにぎりの思い出』が詰まっていた。


(さあ、次はルミアさんを元気にしなきゃ)


私は決意を新たにした。

『エリクサー・ライス』で作る最高のリゾット。

それを食べれば、きっと彼女も完全に復活するはずだ。


「お腹空いたな……」

「帰ったら、特大のTKGパーティーだな!」


笑い声と共に、私たちは街の灯りを目指して歩き出した。

聖教国の夜明けは、もうすぐそこまで来ていた。


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