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【最終章完結】『「罰として下働きしろ」と言われたので、厨房で飯テロ無双します ~不味い飯に苦しむ王子を他所に、騎士団長と晩酌中~』  作者: 月雅
第3章

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第7話 暴食の正体

「待ちなさい、イグニス!」


私たちは、イグニス枢機卿を追って、ダンジョンの最奥部へと続く長い回廊を駆け抜けていた。

足元は綺麗に舗装されており、ここが自然の洞窟ではなく、何者かによって管理された施設であることを物語っている。


「はぁ、はぁ……あのデブ、意外と足が速いな!」


巨大なフライパンを担いだヴォルグさんが悪態をつく。

隣を走る聖騎士団長ガロードさんは、悔恨の表情を浮かべながら剣を握りしめていた。


「全ては私の責任だ……。猊下がこれほどの裏切りを働いていたことに、気づけなかったとは」

「ガロードさん、反省は後です。今はイグニスを止めて、ルミアさんを救うことだけ考えましょう!」


私が声をかけると、彼はハッとして頷いた。


「ああ、そうだな。……感謝する、エリス殿」


前方から、強烈な黄金色の光が漏れ出しているのが見えた。

突き当たりの巨大な扉が開け放たれている。

そして、そこから漂ってくるのは――。


「……この匂い」


私は足を止めたことなく、鼻をひくつかせた。

甘く、芳ばしく、どこか懐かしい香り。

炊きたてのご飯のような、いや、もっと濃厚な穀物の甘い香り。


「エリス、これは……?」

「間違いありません、レオン。この先に、私たちが探している『何か』があります!」


私たちは光の中へと飛び込んだ。


   ◇


「な……なんだ、ここは……!」


視界が開けた瞬間、全員が息を呑んだ。

そこは、地下とは思えないほど広大な空間だった。

天井には太陽の代わりとなる巨大な発光石が埋め込まれ、昼間のように明るい。

そして地面には、見渡す限りの黄金色の草原が広がっていた。


いいえ、草原ではない。


「稲穂……?」


黄金色に輝く実をつけた植物が、風もないのにさわさわと揺れている。

その一粒一粒が、まるで宝石のように自ら発光していた。


「これが、『神の雫』……」


ガロードさんが震える声で呟く。

聖教国の聖典に記された、あらゆる病を癒やし、永遠の命をもたらすとされる伝説の食材。

その正体は、魔力を帯びた究極の『米』だったのだ。


「すげぇ……。これ全部、食えるのか?」

「ボク、目がチカチカするよ」


ヴォルグさんとホルンも圧倒されている。

しかし、その美しい景色の中心に、不穏な黒い影があった。


「フハハハハ! 素晴らしい! 今年も豊作だ!」


イグニス枢機卿だった。

彼は黄金の稲穂の中に立ち、狂ったように笑いながら、手にした鎌で稲を刈り取っては、自分の懐にねじ込んでいた。


「これだ! この『エリクサー・ライス』さえあれば、私は死なない! 老いることもない! 愚民どもが飢えに苦しんで死んでいく中、私だけが神に近い存在として生き続けるのだ!」


彼の足元には、刈り取られた稲が無造作に散らばっている。

その乱暴な扱いを見て、ホルンが耳を塞いで悲鳴を上げた。


「やめて! 痛がってる! お米たちが『痛いよ、苦しいよ』って泣いてる!」


「なんですって……?」


私はイグニスを睨みつけた。

食材は、美味しく食べてもらうために命を育む。

独り占めするために乱暴に扱われ、倉庫で腐っていくだけなんて、食材にとって一番の不幸だ。


「そこまでだ、イグニス!」


レオンハルト様が声を張り上げ、剣を向けた。


「貴様の悪事は全て露見した。民を欺き、聖女を幽閉し、この聖域を私物化した罪……万死に値する!」

「ほう、ここまで追ってきたか」


イグニスは動きを止め、ゆっくりと振り返った。

その手には、先ほどの黒水晶が握られている。

彼の目は血走り、口元からは涎が垂れていた。

もはや聖職者の威厳など欠片もない。ただの強欲な亡者だ。


「罪だと? 笑わせるな。選ばれた者が富を独占して何が悪い! 力なき者は、私の養分となるために生まれてきたのだ!」

「貴様ッ……!」


ガロードさんが激昂して踏み出そうとする。

しかし、イグニスは黒水晶を高く掲げた。


「近寄るな! ……この聖域には、太古より眠る『守護者』がいることを知っているか?」

「守護者?」

「そうだ。この無限に湧き出る『エリクサー・ライス』を守るために作られた、神の番犬だ。……普段は封印されているが、この黒水晶があれば意のままに操れる!」


イグニスが水晶に魔力を注ぎ込む。

ドクン、ドクン……。

地下空間全体が、心臓の鼓動のように脈打ち始めた。


「出でよ、守護者! 我が敵を喰らい尽くせ! 『暴食の黄金ゴールデン・グラトニー』!」


ズズズズズズ……!


稲穂畑の中央にある池から、黄金色の液体が噴き出した。

それは形を変え、巨大なスライムのような姿へと変貌していく。

しかし、ただのスライムではない。

体長は十メートルを超え、その体は黄金の稲穂と泥、そしてイグニスが溜め込んでいた欲望の残滓で構成されているようだった。


「グオォォォォ……」


低い唸り声と共に、巨大な口のような穴が開く。

そこからは、強烈な腐臭と、甘ったるい香りが混ざったような悪臭が漂ってきた。


「くっ、なんだあの化け物は!」

「あれが守護者……? いや、あれはただの『食欲の塊』だ!」


レオンハルト様が叫ぶ。

守護者と呼ぶにはあまりに禍々しい。

あれは、長年イグニスによって独占され、誰にも食べられることなく腐っていった食材たちの怨念と、イグニスの底なしの欲望が融合して暴走した姿に見えた。


「行け! 奴らを骨の髄までしゃぶり尽くせ!」


イグニスが命令を下す。

黄金のスライム――『暴食の守護者』は、ズズンと体を揺らした。

そして、ゆっくりと顔(らしき部分)をイグニスの方へ向けた。


「……ハラガ……ヘッタ……」


「な、なんだ? さあ行け、あっちだ!」


イグニスが私たちを指差す。

しかし、守護者は動かない。

その巨大な空洞のような目が、じっとイグニスを見つめている。

イグニスの持つ黒水晶と、その身に纏った大量の『エリクサー・ライス』、そして彼自身の膨れ上がった欲望を。


「オマエ……ウマソウダ……」


「は……?」


「ヨクボウ……タベタイ……」


守護者の体から、触手のようなものが伸びた。

その矛先は、私たちではなく、イグニスだった。


「ひっ、な、何をする! 私はご主人様だぞ! この水晶がある限り、お前は私の命令を……!」


バシュッ!!


触手が一瞬でイグニスの足を絡め取った。


「ギャアアアアッ!?」


「猊下!?」


ガロードさんが叫ぶが、もう遅かった。

イグニスは宙吊りにされ、守護者の巨大な口へと運ばれていく。


「やめろ! 離せ! 私は枢機卿だぞ! この国の支配者だぞ! 助けてくれ、ガロード! 騎士団長!」


必死の命乞い。

だが、守護者は聞く耳を持たない。

彼にとってイグニスは、もっとも脂が乗った、極上の「欲の塊」に見えているのだ。


「オマエノ……ヨクボウ……イタダク……」


「いやだぁぁぁぁぁぁッ!!」


断末魔の叫びと共に、イグニスは黄金の濁流の中へと飲み込まれた。

ゴクリ、という巨大な嚥下音が響き渡る。

枢機卿だった男は、自らが呼び出した暴食の化身によって、あっけなく捕食されたのだった。


   ◇


シーンと静まり返る地下空間。

誰もが言葉を失っていた。


「……食われちまったぞ」


ヴォルグさんが乾いた声で呟く。

自業自得とはいえ、あまりにあっけない最期だ。


しかし、問題は解決していなかった。

イグニスを飲み込んだ守護者の体が、さらに大きく膨張し始めたのだ。

黄金色だった体は、イグニスの悪意を取り込んで赤黒く変色し、稲穂畑を踏み荒らしながら暴れ始めた。


「グオォォォォォ!! タりナイ! マダ……タりナイッ!!」


「まずい! 暴走している!」


レオンハルト様が剣を構え、私たちの前に立つ。


「イグニスの欲望を取り込んで、さらに飢餓感が増大したようだ! このままでは地上に出て、街ごと食らい尽くすぞ!」


「そんな……!」


守護者が触手を振り回す。

岩盤が砕け、美しい稲穂が薙ぎ払われる。


「攻撃するぞ! 総員、構え!」


ガロードさんが号令をかけ、正気に戻った聖騎士たちが一斉に魔法や矢を放つ。

しかし、物理攻撃も魔法も、スライム状の体には効果が薄い。

着弾しても、すぐに再生してしまう。


「くそっ、手応えがねぇ!」

「どうすればいいんだ……!」


絶望的な空気が流れる中、私は守護者の姿をじっと観察していた。


「……あの守護者、泣いてる」


「え?」


私の隣で、ホルンが呟いた。


「『お腹が空いたよ、寂しいよ』って……泣いてる。怒ってるんじゃない。悲しいんだ」


ホルンの言葉に、私はハッとした。

あの守護者は、この『エリクサー・ライス』を守るために存在していた。

でも、イグニスによって封印され、誰にも食べてもらえない米たちの悲しみと、イグニスの身勝手な欲望をずっと吸い続けてきたのだ。


「……そうか」


私はリュックを下ろし、エプロンの紐を締め直した。

レオンハルト様が振り返る。


「エリス? 何をする気だ」

「倒すんじゃありません。……満たすんです」


私は真っ直ぐに暴れる怪物を見据えた。


「彼は空腹なんです。間違った欲望イグニスを食べて、お腹を壊しているだけ。だから……正しい『ご飯』でお腹いっぱいにしてあげれば、きっと鎮まるはずです!」


「正気か!? あんな化け物を相手に料理をするというのか!」


ガロードさんが驚愕する。

確かに無茶苦茶だ。

でも、料理人にできることは、剣を振るうことじゃない。

腹を空かせた相手に、最高の一皿を出すことだ。


「材料は揃っています」


私は足元に広がる黄金の稲穂を見た。

『エリクサー・ライス』。

究極の米。

これを使えば、彼の飢えを満たせるはずだ。


「レオン、ヴォルグさん、ガロードさん! 時間を稼いでください! 私が最高の『シメの一品』を作りますから!」


「……ははっ、そうこなくてはな!」


レオンハルト様が笑い、剣に炎を纏わせた。


「承知した! 君が料理を完成させるまで、奴を一歩も近づけさせん! 行くぞ、野郎ども! エリス嬢ちゃんの厨房を守れ!」

「「「オオオオオオッ!!」」」


男たちが突撃する。

その背中で、私は稲穂を掴んだ。


「待っててね。今、一番美味しくしてあげるから」


私は鎌(ヴォルグさんの予備の包丁)を振るい、黄金の米を刈り取った。

戦場での即席クッキング。

作る料理は決まっている。

米の美味さを極限まで引き出し、かつ、誰もが愛してやまない究極のソウルフード。


『黄金の究極・卵かけご飯(TKG)』だ!


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