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【最終章完結】『「罰として下働きしろ」と言われたので、厨房で飯テロ無双します ~不味い飯に苦しむ王子を他所に、騎士団長と晩酌中~』  作者: 月雅
第3章

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第6話 聖騎士の改心

「殺せ、ガロード! その不届き者たちの首を刎ねよ!」


イグニス枢機卿の金切り声が、地下の巨大倉庫に響き渡る。

虚ろな目をした聖騎士団長ガロードさんが、獣のような咆哮と共に剣を振り下ろした。


「ウオオオオッ!!」


「くっ……!」


レオンハルト様が剣で受け止める。

ガキンッという甲高い金属音と共に、火花が散った。


「重い……! 普段より腕力が上がっているか!?」

「『隷属の首輪』の機能だ。使用者の身体能力を限界まで引き出す代わりに、理性を奪い、命を削る……!」


レオンハルト様は歯噛みした。

ガロードさんは王国と聖教国の国境を守る騎士として、互いに実力を認め合う仲だったはずだ。

その友人が、今は操り人形として命を燃やされている。


「ヴォルグさん、防御をお願いします! 私、すぐに彼の『目を覚ます薬』を作りますから!」


私は簡易コンロを展開し、大声で叫んだ。


「おうよ! こっちは任せな!」


ヴォルグさんが巨大なミスリル製フライパンを盾のように構え、ガロードさんの連撃に割り込む。

鈍い音が響くが、ヴォルグさんは一歩も引かない。


「へっ、王宮の厨房戦争に比べりゃ、これくらい屁でもねぇぜ!」


彼らが稼いでくれている時間は、わずか数分だろう。

私はリュックの中身をぶちまけた。


ガロードさんは、過酷な断食と、首輪による強制労働で心身ともに衰弱しきっている。

彼に必要なのは、冷え切った体を芯から温め、枯渇したエネルギーを一瞬で補給できるもの。

そして、何よりも「生きる力」を思い出させる、強烈に懐かしく、暴力的なまでに食欲をそそる香り。


「これしかないわ」


私が取り出したのは、ダンジョンで採取した『オーク・ポーク(豚肉)』のバラ肉と、大根、人参、ゴボウなどの根菜類。

そして、私のとっておきの秘蔵調味料――『特製合わせ味噌』だ。


作る料理は一つ。

『具だくさんの豚汁』と『握りたてのおにぎり』だ。


   ◇


まずは、豚肉を鍋で炒める。

油は引かない。豚肉から出る脂だけで十分に香ばしい。


ジューッ!!


脂が溶け出し、肉が焼ける音が戦場に響く。

この音だけでも、ガロードさんの耳がピクリと反応した。


そこに、ささがきにしたゴボウ、いちょう切りの大根と人参を投入。

全体に油が回ったら、水を注ぐ。


ジュワァァァ……!


立ち上る湯気。

根菜の土の香りと、肉の動物的な香りが混ざり合う。

これは、人間のDNAに刻まれた「狩猟と農耕」の記憶を呼び覚ます香りだ。


「煮立ったら、アクを取って……ここからが勝負!」


私は『特製合わせ味噌』を溶き入れた。

大豆を発酵させた独特の芳醇な香り。

それが熱々の出汁と出会った瞬間、爆発的な破壊力を持つ「匂いの爆弾」と化す。


「な、なんだこの匂いは……!?」


後方で指揮を執っていたイグニス枢機卿が、ハンカチで鼻を覆った。


「臭い! 発酵臭ではないか! やはり不浄な……」


しかし、彼の言葉とは裏腹に、戦っていた聖騎士たち(ガロードさんの部下で、同じく操られている者たち)の動きが鈍り始めた。

彼らの鼻が、無意識にクンクンと動いている。


「ヴォルグさん、レオン! おにぎり握ります!」


私は隣で炊き上がっていた(魔法で超速炊飯した)『パールライス』の鍋を開けた。

真っ白な湯気と共に、甘いお米の香りが広がる。


熱々のそのご飯を、水で濡らした手に取り、塩をまぶす。

具なんていらない。

米と塩、そして握る人の手の温もり。それだけでご馳走だ。


キュッ、キュッ。


リズムよく三角に握っていく。

熱い。でも、その熱さが命の温度だ。


「ガロードさん!!」


私は完成したおにぎりを手に持ち、戦場の只中へ駆け出した。

危険だなんて言っていられない。


「エリス!?」


「ガロードさん、お腹空いてるんでしょう! だったら剣なんか置いて、ご飯を食べなさい!」


私は叫んだ。

ガロードさんが私を振り向く。

その瞳は赤く充血し、焦点が合っていない。

彼は獣のような唸り声を上げ、私に向かって剣を振り上げた。


「……コロ……ス……」


「させんッ!」


レオンハルト様が割り込み、剣を受け止める。

鍔迫り合いの状態で、二人の顔が接近する。


「ガロード! 目の前にあるものを見ろ! いや、嗅げ!」

「ウ、ウウッ……!?」


レオンハルト様の後ろから、私が豚汁のお椀を突き出した。

湯気が、ガロードさんの顔を直撃する。

味噌と豚肉、そして野菜の甘い香り。

それは、断食で飢餓状態にある彼の胃袋を、容赦なく鷲掴みにした。


グゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!


雷のような腹の虫の音が、剣戟の音をかき消した。


「あ……」


ガロードさんの剣から力が抜けた。

首輪が妖しく光り、彼に「殺せ」と命令を送る。

だが、彼の生物としての本能が「食べろ」と叫び返している。

二つの命令が衝突し、彼の体は激しく痙攣した。


「今だ! エリス!」


レオンハルト様がガロードさんの剣を弾き飛ばし、彼の腕を押さえ込む。

無防備になった彼の口元へ、私はおにぎりを差し出した。


「食べて!」


ガロードさんの口が、反射的に開いた。

おにぎりが口の中に押し込まれる。


パクッ。


彼は無意識に噛んだ。

塩味の効いたお米の粒がほどけ、甘みが広がる。

シンプルにして至高のエネルギーの塊。


「……んッ!!」


彼の目が大きく見開かれた。

咀嚼するたびに、脳髄に電流が走る。

美味い。

ただそれだけの感情が、呪われた思考を塗り替えていく。


「スープも飲むのよ!」


私は続けて、豚汁を彼の口に流し込んだ。

味噌の塩気とコク、豚の脂の旨味、根菜の滋味。

温かい液体が食道を通り、空っぽの胃袋に落ちる。

その瞬間、彼の体の中心から、カッ!と熱い何かが爆発した。


「う、うおおおおおおおっ!!!」


ガロードさんが絶叫した。

それは苦痛の声ではない。

生命力の奔流だ。

全身の筋肉が脈打ち、生きるための力が溢れ出す。


パキィッ……!


乾いた音が響いた。

ガロードさんの首に巻かれていた『隷属の首輪』に、亀裂が入ったのだ。


「ば、馬鹿な! 古代魔道具の呪いが解けただと!?」


イグニスが目を剥く。


「ありえん! ただの飯だぞ!? なぜ呪いに打ち勝つ!?」

「『ただの飯』だからよ!」


私はイグニスを睨みつけながら言った。


「生きようとする意志は、どんな呪いよりも強いの! そして美味しいご飯は、その意志に火をつける燃料なのよ!」


パリーンッ!!


首輪が粉々に砕け散った。

呪縛から解き放たれたガロードさんは、膝から崩れ落ち――なかった。

彼はしっかりと大地を踏みしめ、口元の米粒を拭いながら立ち上がった。


その目には、理性の光が戻っていた。


「……美味かった」


彼は深く息を吐き、自分の手を見つめた。


「体が熱い。……力が、湧いてくる」


そして、ゆっくりとイグニスの方を向いた。

その眼光は、先ほどまでの虚ろなものではなく、誇り高き騎士のそれだった。


「枢機卿猊下。……いえ、イグニス」

「ひっ……!?」

「貴様は私に『清貧』を説いた。だが、貴様自身は飽食の限りを尽くしていた。……その欺瞞、もはや見過ごせん」


ガロードさんは落ちていた剣を拾い上げた。


「聖騎士団、傾注!!」


彼の号令が響く。

同じくおにぎりと豚汁の香りに当てられ、動きを止めていた部下の騎士たちも、次々と正気を取り戻し始めていた(ヴォルグさんとホルンが、戦闘の合間におにぎりを口に放り込んで回っていたおかげもある)。


「我らの剣は、神と民のためにある! 私利私欲に溺れた豚を守るためではない!」


「そ、造反か! 貴様ら、破門にするぞ! 地獄へ落ちるぞ!」


イグニスが後ずさりながら喚き散らす。


「地獄? ああ、そうだな」


ガロードさんは、私の方を一瞬振り返り、ニカッと笑った。


「だが、あの豚汁の温かさを知ってしまった今……貴様の言う天国より、ここの飯がある地獄の方がマシだ!」


「よく言った、友よ」


レオンハルト様がガロードさんの隣に並ぶ。

かつてのライバル同士が、今、最強のタッグを結成した。


「く、くそっ! どいつもこいつも食い意地の張った野蛮人どもめ!」


形勢逆転を悟ったイグニスは、悔し紛れに懐から何かを取り出した。

それは、以前地下水路で見たものより遥かに巨大な、禍々しい黒水晶だった。


「こうなれば、奥の手だ! 『エリクサー・ライス』は誰にも渡さん! あれは私の永遠の命の源だ!」


彼は踵を返し、通路の最奥――黄金の光が漏れる扉の方へと走り出した。


「待てッ!」


「追うぞ、エリス! 奴は何かとんでもないものを呼び覚ます気だ!」


レオンハルト様の声に、私は鍋をリュックにしまい込んだ。


「ホルン、ヴォルグさん! 行きますよ!」

「おう! 残ったおにぎりは持ったか!?」

「ボクも行く! あっちから、すごい『悲鳴』みたいな匂いがするんだ!」


ホルンの言葉が気になる。悲鳴?

『神の雫』と呼ばれる食材が、悲鳴を上げているというの?


私たちはイグニスを追い、通路を駆け抜けた。

その先にあるのは、伝説の食材か、それとも破滅か。


最後の扉が開かれる。

そこには、黄金に輝く稲穂の草原と、それを踏み荒らす巨大な影が待ち受けていた。


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