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【最終章完結】『「罰として下働きしろ」と言われたので、厨房で飯テロ無双します ~不味い飯に苦しむ王子を他所に、騎士団長と晩酌中~』  作者: 月雅
第3章

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第1話 聖教国からのSOS

王都の朝は早い。

特に、レストラン『騎士の休息』の朝は、香ばしい匂いと共に始まる。


「おはよう、エリス。……今日も良い匂いだ」


厨房の勝手口から顔を出したのは、私の婚約者であり、国最強の騎士団長レオンハルト様だ。

彼は公務前の日課として、こうして朝食を食べに――いや、私の顔を見に来てくれる。


「おはようございます、レオン。ちょうど焼き上がったところですよ」


私はオーブンから熱々の鉄鍋を取り出した。

今日の日替わりモーニングは、『ゴールデン・コーンの焼きリゾット』だ。


『ムームー牛』の濃厚なミルクとバターで炊き上げたリゾットの上に、甘みの強い『ゴールデン・コーン』をたっぷりと乗せ、チーズを散らして焼き上げたもの。

表面のチーズが狐色に焦げ、パチパチと音を立てている。


「熱いので気をつけてくださいね」


カウンターに置くと、レオンは嬉しそうにスプーンを手に取った。


「いただくよ」


サクッ、トロッ。

香ばしい焦げ目を崩すと、中から真っ白なミルクのリゾットが湯気と共に現れる。

彼はそれを一口食べると、ほう、と幸せそうな息を吐いた。


「……美味い。コーンの甘みが、朝の体に優しく染み渡るようだ」

「よかった。これなら、今日の会議も頑張れますね?」

「ああ。君の料理がある限り、どんな難題も怖くはないさ」


彼は微笑んで、私の手元にあるコーヒー(カッファ)を受け取った。


平和だ。

帝国のヴァレリウス殿下との料理対決、そして地下水路での異端審問官との戦いから数ヶ月。

店はかつてないほど繁盛し、元ライバルのイザベラさんも、今では頼もしいスタッフとして働いてくれている。

リスの獣人族の少年、ホルンもすっかり元気になり、看板息子として人気者だ。


この穏やかな日々が、ずっと続けばいい。

そう思っていた。


カランカラン。


開店前のドアベルが、急かすように鳴り響いた。


「……店主のエリス殿はおられるか!」


入ってきたのは、王宮の伝令官だった。

その表情は焦燥に満ちており、手には封蝋のされた手紙が握られている。


「私ですが……どうなさいました?」

「緊急の連絡です! ガレリア帝国のヴァレリウス殿下から、至急の親書が届いております。それと、我が国の国境警備隊からも!」


「ヴァレリウス殿下から?」


レオンがスプーンを置き、騎士団長の顔に戻った。

嫌な予感がする。あの美食家の皇子が、わざわざ急ぎの手紙を送ってくるなんて、ただ事ではない。


私は手紙を受け取り、封を切った。

そこには、流麗な文字でこう書かれていた。


『親愛なるエリスへ。

 前置きは省く。すぐに東の国境へ向かえ。

 隣国・聖教国の辺境都市で、奇妙な病が流行している。

 民が次々と衰弱し、倒れているのだが……治療に当たっていた聖教国の「聖女」ルミアまでもが、病に伏したらしい。

 これはただの疫病ではない。「食」に関わる呪いだ。

 私の舌を満足させたお前なら、何とかできるかもしれん。

 ……急げ。美味い飯が食えなくなる世界など、私は御免だからな』


「食に関わる呪い……?」


私が呟くと、伝令官が補足した。


「実は、国境警備隊からの報告も同様です。聖教国側の街から、ガリガリに痩せ細った難民が逃げてきているとか。彼らは口を揃えて言うそうです。『食べることは罪だ』と」


「食べることは、罪?」


その言葉に、私は背筋が寒くなった。

食事は命の源だ。それを罪だなんて。


「……ホルン」


厨房の奥で野菜を洗っていたホルンが、ビクリと肩を震わせた。

彼は鼻をひくつかせ、怯えたようにこちらを見ている。


「どうしたの? ホルン」

「……匂いがする」


ホルンが私のそばに駆け寄り、ヴァレリウス殿下の手紙を嗅いだ。

そして、青ざめた顔で言った。


「この手紙についた匂い……ボクの村を焼いた人たちと同じ匂いがする。それと……ボクの仲間たちの匂いも」


「仲間の?」


「うん。地下水路で助けられなかった、他の獣人たちの匂いが混じってる。……エリス、あそこで何か酷いことが起きてるよ」


ホルンの故郷を奪った聖教国。

そこで起きている「食べない病」。

そして、聖女のダウン。


点と点が繋がっていく。

これは病気じゃない。人為的な、あるいはもっと悪意のある何かだ。


「……行かなきゃ」


私はエプロンの紐を強く握りしめた。

料理人として、「食べられない」苦しみを放ってはおけない。

それに、ホルンの仲間がいるかもしれないなら、尚更だ。


「エリス」


レオンが立ち上がり、私の肩を抱いた。


「私も行こう。聖教国との国境付近は治安が悪い。君一人を行かせるわけにはいかない」

「レオン……でも、お仕事は?」

「王都の守りは副団長に任せる。それに、これは『国境の危機管理』だ。騎士団長が出向く名目は立つ」


頼もしい言葉に、私は頷いた。


「俺も行くぜ」


厨房の奥から、ヴォルグさんが巨大な包丁を肩に担いで現れた。


「ヴォルグさん? でも、王宮の料理長が……」

「へっ、陛下には『未知の食材の視察』ってことで休暇をもらってきた。聖教国には手つかずのダンジョンがあるって噂だからな。それに……」


彼はニヤリと笑い、ホルンの頭をくしゃくしゃに撫でた。

「うちの可愛い店員が震えてるんだ。落とし前つけに行かねぇとな」

「ヴォルグおじちゃん……」


ホルンが涙ぐむ。


「私も行きます!」

「ボクも!」


イザベラさんとホルンも手を挙げた。

でも、私は首を横に振った。


「イザベラさんは、ここでお店を守ってください。私たちがいない間、常連さんたちのお腹を満たせるのは貴女だけです」


「……エリス師匠」


イザベラさんは悔しそうに唇を噛んだが、すぐに真剣な眼差しで頷いた。


「分かりましたわ。この店は『騎士の休息』。皆様が帰ってくる場所ですもの。私が責任を持って守り抜いてみせます」


彼女なら大丈夫だ。

今の彼女の料理には、もう温かい心がある。


「ホルンは……一緒に行こうか」

「えっ、いいの? ボク、怖いけど……でも、行きたい!」

「うん。鼻の利く君が必要なの。それに、もし仲間がいるなら、君の声が一番届くはずだから」


こうして、遠征メンバーが決まった。

私、レオン、ヴォルグさん、そしてホルン。

少数精鋭の『出張料理部隊』だ。


「準備をしましょう。向こうで何が食べられるか分からないから、保存食と調味料をたっぷりと」

「ああ。私は装備を整えてくる」


閉店の札を掲げた店内で、私たちは慌ただしく旅支度を始めた。


リュックには、乾燥させた『妖精キノコ』や、粉末にした『コンソメ』、そして私の宝物である『黒しずく(醤油)』の瓶を詰め込む。

聖教国は「清貧」を教義とする国だ。

美食を否定する彼らに、私の料理が通用するかどうかは分からない。


でも。


「食べることは罪なんかじゃない。……生きることの喜びよ」


私は心の中で繰り返した。

痩せ細った人々に、笑顔を取り戻す。

そして、歪んだ教義の裏に隠された真実を暴く。


新たな戦場は、聖なる祈りと飢餓が渦巻く国境の街。

私の武器はフライパン。弾薬は食材。

いざ、出陣の時だ。


数日後。

私たちは馬車を飛ばし、東の国境へと到着した。

そこで見た光景は、想像を絶するものだった。


街を覆う重苦しい空気。

通りを行き交う人々は皆、骸骨のように痩せ細り、うつろな目をしている。

そして、街の中央広場には、巨大な祭壇が築かれ、一人の男が声を張り上げていた。


「断食こそが救済である! 食欲という欲を捨て、清らかな体で神の声を聴くのだ!」


赤い法衣を纏ったその男――イグニス枢機卿の足元には、山積みになった食材が「不浄なもの」として焼かれようとしていた。


「……なんてことを」


野菜が、肉が、パンが。

誰かの命を繋ぐはずのものが、灰にされようとしている。

私は怒りで震えた。


「おい、そこの旅人たち!」


私たちの馬車を見咎めた聖騎士たちが、槍を向けて近づいてきた。


「この街は現在、枢機卿猊下の命により『清めの期間』に入っている。不浄な他国の者は立ち去れ!」

「不浄ですって?」


私が馬車から降りようとすると、レオンが手で制し、先に地面に降り立った。

黒いマントを翻し、鋭い眼光で騎士たちを見据える。


「我々はガレリア帝国および王国からの特使だ。……道を空けろ」


一触即発の空気。

聖教国編の幕開けは、歓迎とは程遠い、敵意に満ちたものだった。


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