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【最終章完結】『「罰として下働きしろ」と言われたので、厨房で飯テロ無双します ~不味い飯に苦しむ王子を他所に、騎士団長と晩酌中~』  作者: 月雅
第2章

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第10話 決着のローストビーフと、美食外交の結末

「……ば、馬鹿な。私の『飢餓の結界』が……ただの食事ごときに破られるなど……!」


地下水路の最深部。

異端審問官の男は、信じられないものを見る目で私たちを凝視していた。

彼の周囲に展開されていた赤黒い魔力の壁は、ヴァレリウス殿下の紫炎と、私たちの「満腹パワー」によってガラスのように砕け散っていた。


「食事ごとき、ではありません!」


私は一歩前に出て、叫んだ。


「貴方がたは『神の食材』だなんて言って、命を粗末にしました。でも、食事は誰かの命を奪うための儀式じゃない。命を繋ぎ、明日を生きるための活力なんです!」

「黙れ俗物! 神への供物が口を利くな!」


男は激昂し、懐から黒い水晶を取り出した。

それはドクンドクンと脈打ち、周囲の泥人形たちを吸収して巨大な怪物へと変貌していく。


「ならば、貴様ら自身を苗床にしてやろう! 食らえ、『暴食の泥巨人マッド・ジャイアント』!」


天井に届くほどの泥の巨人が、雄叫びを上げて拳を振り上げる。

その質量攻撃は、地下空洞を崩落させかねない威力だ。


「チッ、往生際の悪い!」


ヴァレリウス殿下が舌打ちをし、魔導師団に防御障壁を展開させる。

しかし、巨人の拳は障壁ごと私たちを押し潰そうと迫ってくる。


「……させない!」


その時、小さな影が飛び出した。

ホルンだ。


「ホルン!?」

「ボクたちの仲間を……これ以上いじめるな!」


ホルンが両手を広げると、彼の体から眩い翠緑すいりょくの光が溢れ出した。

それは、世界樹を守護する一族だけが持つ浄化の光。

光は地下空間を満たし、泥巨人の体に絡みつく。


「な、なんだこの光は!? 私の泥が……崩れていく!?」

「今だ、レオンハルト!」


殿下の合図と共に、レオンハルト様が疾走した。

その剣には、ヴァレリウス殿下の炎の魔力が付与されている。


「我が愛する人々の食卓を脅かす者は……斬るッ!!」


炎を纏った一撃が、泥巨人の核である黒水晶を一刀両断した。


パリーンッ!!


水晶が砕ける音と共に、巨人は泥水へと還り、崩れ落ちた。

異端審問官の男はその衝撃で吹き飛び、壁に叩きつけられて気絶した。


「……終わったか」


レオンハルト様が剣を納め、息を吐く。

地下空間に静寂が戻った。


「やった……ボクたち、勝ったんだ……」


ホルンがへなへなと座り込む。

私は彼に駆け寄り、強く抱きしめた。


「凄かったわ、ホルン! 君がみんなを守ったのよ!」

「エリス……うん、うん!」


檻から救出された獣人たちも、涙を流してホルンを称えている。

ヴォルグさんとイザベラも、泥だらけの顔で安堵の笑みを浮かべていた。


「ふん。まあ、余興にしては楽しめたな」


ヴァレリウス殿下は、マントの埃を払いながら、気絶している異端審問官を冷ややかに見下ろした。


「この男と部下たちは、我が帝国が拘束する。聖教国が王都の地下で何をしていたのか……たっぷりと吐かせてもらうとしよう」

「よろしいのですか? これは王国の管轄ですが」


レオンハルト様が問うと、殿下はニヤリと笑った。


「貸しにしておいてやる。それに、聖教国の横暴は帝国にとっても目に余る。外交カードとして使わせてもらうさ」


殿下はそこで私に向き直り、悪戯っぽく片目を閉じた。


「その代わり……分かっているな、エリス? 私の活躍に見合うだけの『美味い飯』を用意しろ」


   ◇


数日後。

事件の後処理も落ち着き、王都には平穏が戻っていた。

今日は、ガレリア帝国への帰国が決まったヴァレリウス殿下の送別会だ。


場所はもちろん、『騎士の休息』。


「……ほう。これはまた、豪勢だな」


貸切の店内で、殿下は目の前の料理を見て感嘆の声を漏らした。


テーブルの中央に鎮座するのは、巨大な肉の山。

『ムームー牛』の希少部位、テンダーロインを低温でじっくりと焼き上げた『特製ローストビーフタワー』だ。


表面は香ばしく焼き色がついているが、ナイフを入れた断面は美しい薔薇色。

溢れ出る肉汁が、さらに食欲をそそる。

ソースは二種類。

一つは、肉汁と赤ワイン、そして『黒しずく(醤油)』を煮詰めた和風グレービーソース。

もう一つは、ピリッとした辛味がアクセントの『西洋ワサビ』のクリームソースだ。


「さあ、存分に召し上がってください。私たちからの感謝の気持ちです」


私が切り分けると、殿下は優雅にフォークを刺した。

まずはグレービーソースで一口。


「……んッ」


殿下が目を見開く。

柔らかい。驚くほど柔らかい。

噛む必要がないほどしっとりとした肉質。

赤身の濃厚な旨味が、醤油ベースのソースと絡み合い、口の中で爆発する。


「美味い……! 脂がしつこくなく、いくらでも腹に入る。それにこのワサビソース……鼻に抜ける香りが肉の甘みを引き立てている!」


殿下の手が止まらない。

隣では、ヴォルグさんや騎士たち、そして元気になったホルンたちも、山盛りのローストビーフに食らいついている。


「肉だー! 肉祭りだー!」

「このマッシュポテトと一緒に食うのが最高なんだよなぁ!」


イザベラも、以前のような気取った態度はなく、幸せそうに肉を頬張っている。


「……悔しいけれど、美味しいですわ。低温調理の温度管理、勉強になります」

「ふふ、イザベラさんも随分とたくましくなりましたね」


宴は盛り上がり、笑顔と話し声が絶えない。

ヴァレリウス殿下はワイングラスを傾けながら、ふと真剣な表情で私を見た。


「エリス」

「はい」

「やはり、帝国に来る気はないか?」


一瞬、店内が静まる。

レオンハルト様が鋭い視線を向けるが、殿下はそれを手で制した。


「……と言いたいところだが、諦めよう。お前の料理は、この場所で、この者たちと食べるからこそ美味いのだとな」


殿下は少し寂しげに、しかし清々しく笑った。


「あの地下水路で、お前が薄汚いパンを配っていた時……正直、羨ましいと思ったよ。あんなに美味そうに飯を食う連中は見たことがない」


彼はグラスを掲げた。


「だから、この店は残しておく。私がいつかまた、腹を空かせて訪れた時のためにな」

「ありがとうございます、殿下。……いつでもお待ちしています」


殿下は次に、イザベラを見た。


「イザベラ。お前は……どうする?」

「……私は」


イザベラは立ち上がり、殿下に深く頭を下げた。


「私はここに残ります。エリス師匠の元で、もっと学びたいのです。『心』のある料理を」

「そうか。……精進せよ」


短い言葉だったが、そこにはかつての主従としての、最後の情けが含まれていた。


   ◇


翌朝。

王宮の門前で、帝国の馬車列が出発の準備を整えていた。


「世話になったな、レオンハルト」

「いえ。殿下の協力がなければ、王都は火の海になっていたでしょう。感謝いたします」


レオンハルト様とヴァレリウス殿下が握手を交わす。

昨日の敵は、今日の友。

食を通じて結ばれた絆は、意外と強固なものになっていた。


「エリス」


馬車に乗り込む直前、殿下が私を呼んだ。


「一つ、忠告しておいてやろう」

「忠告、ですか?」

「ああ。聖教国のことだ」


殿下の表情が曇る。


「捕らえた異端審問官を尋問したが……奴らは単独で動いていたわけではない。聖教国の枢機卿クラスが、この件に関与している可能性がある」


「枢機卿……」


「奴らが探していた『神の食材』。……それは獣人だけではないらしい。奴らの聖典には、『伝説の食材』の記述があるそうだ。あらゆる病を治し、死者すら蘇らせるという究極の食材がな」


死者すら蘇らせる食材。

そんなものが実在するのだろうか。


「奴らはそれを求めて、手段を選ばないだろう。……気をつけろよ、エリス。お前のその『美味しい料理を作る力』もまた、奴らにとっては狙うべき対象かもしれん」


殿下はそう言い残し、馬車へと消えた。

馬車列が遠ざかっていくのを、私たちは見送った。


「……不穏な置き土産だな」


レオンハルト様が呟く。

確かに、不安はある。聖教国という巨大な組織が、まだ何かを企んでいるとしたら。


でも。


「大丈夫ですよ、レオン」


私は彼の腕をとった。


「どんな敵が来ても、私たちは負けません。だって、私たちには『美味しいご飯』と、頼れる仲間がいるんですから」


私の言葉に、レオンハルト様は優しく微笑み、私を抱き寄せた。


「ああ、そうだな。……君がいる限り、私は無敵だ」

「それに、まだ開発中の新メニューもたくさんあるんです。聖教国の人たちだって、美味しいものを食べさせれば、きっと分かり合えますよ」

「ははっ、君らしいな」


私たちは顔を見合わせ、笑い合った。

初夏の風が、王都を吹き抜けていく。

『騎士の休息』の看板娘(?)となったホルンが、店先で手を振っているのが見える。

厨房では、ヴォルグさんとイザベラが、今日のランチの仕込みで言い争いながらも楽しそうだ。


私の「下働き」から始まった物語は、レストラン経営、そして国家間の料理対決を経て、さらに大きく広がろうとしている。

次なる舞台は、未知の食材と神秘が眠るという、聖教国方面かもしれない。


どんな冒険が待っていても、私の手にはフライパン、心には愛。

そして隣には、世界一食いしん坊な騎士団長様。


さあ、今日もお腹を空かせたお客様のために。

開店の時間だ!


(第2部 完)


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