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【最終章完結】『「罰として下働きしろ」と言われたので、厨房で飯テロ無双します ~不味い飯に苦しむ王子を他所に、騎士団長と晩酌中~』  作者: 月雅
第2章

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第7話 元宮廷料理人の受難と、懐かしのナポリタン

「……キーッ! なんですの、この芋は! 私のナイフを受け付けませんわ!」


朝の厨房に、ヒステリックな叫び声が響いた。

声の主は、元帝国宮廷料理長、現在は『騎士の休息』の見習い店員となったイザベラだ。


彼女は今、山積みの『ロックポテト』と格闘していた。

しかし、彼女の足元には、剥かれた皮よりも分厚い「身」の部分が無惨に転がっている。


「あらあら、イザベラさん。それじゃあ食べる部分がなくなっちゃいますよ」

「うっ……! だって、この芋、岩みたいにゴツゴツしていて……宮廷の野菜はもっと形が整っていましたもの!」


イザベラが涙目で抗議する。

彼女は天才的な包丁捌きを持っているはずだが、それはあくまで「整えられた高級食材」を美しくカットするための技術。

泥だらけで不揃いな庶民の野菜を、無駄なく扱う技術は持っていなかったのだ。


「食材は命です。形が悪くても、味は最高なんですよ」


私は彼女の手からナイフと芋を受け取った。

デコボコした表面に刃を沿わせ、薄く、長く皮を剥いていく。

くるくると螺旋状に剥かれた皮が途切れることなく伸びていく。


「……っ」


イザベラが悔しそうに唇を噛んだ。

技術の差ではない。「食材への愛」の差だということを、彼女も薄々気づいているのだろう。


「はい、お手本はここまで。今日のランチの仕込み、終わらせてくださいね」

「……はい、師匠マスター


彼女は不服そうに、しかし以前のような反抗的な態度は見せず、再び芋と向き合い始めた。

その横顔は、まだプライドが高そうだが、どこか憑き物が落ちたように真剣だった。


「ふふ、頑張れ後輩!」


先輩風を吹かせたホルンが、厨房の隅からニシシと笑った。


   ◇


ランチタイム。

今日の王都はあいにくの雨模様だったが、店内はいつものように賑わっていた。


「いらっしゃいませ!」


イザベラがぎこちない笑顔で接客をしている。

まだ「いらっしゃいませ」と言うたびに顔を赤くしているが、常連の騎士たちからは「お、新入りの美人さんだ」「頑張れよ」と温かい声をかけられている。


「エリス、オーダー入ったぞ。『鉄板ナポリタン』三つだ!」

「はい、ただいま!」


ヴォルグさんの声に合わせて、私はフライパンを握った。

今日のランチメニューは、雨の日の憂鬱を吹き飛ばすような、濃い味付けのパスタだ。


使うのは、『ロング・ウィート』という小麦から作った太めの麺。

これを一度茹でてから、水で締めて一晩寝かせてある。

こうすることで、麺がもちもちとした食感になり、ソースとよく絡むのだ。


具材はシンプルに。

薄切りにしたタマネギと、『フォレスト・ピーマン』、そして『リトル・ボア』の肉で作った赤いソーセージ。


フライパンに油を引き、具材を炒める。

火が通ったら、麺を投入。

そして、味の決め手となるのは――。


「ケチャップ、いきます!」


『サンライズ・トマト』をじっくり煮詰めて作った自家製ケチャップを、たっぷりと回し入れる。


ジュワァアアアッ……!!


甘酸っぱい香りが爆発的に広がる。

ここで重要なのは、ケチャップを入れてからもしっかりと炒めること。

酸味を飛ばし、トマトの甘みと旨味を凝縮させるのだ。


「仕上げに、バターと『ムームー乳』を少々!」


これでまろやかさとコクが出る。

熱々に熱した鉄板の上に、溶き卵を薄く流し入れ、その上にパスタを山盛りにする。


ジュウウウウゥッ……!


卵が半熟に焼け、パスタの熱気と混ざり合う。

最後に粉チーズとパセリを振れば完成だ。


「イザベラさん、配膳お願い!」

「は、はい!」


イザベラが鉄板を受け取る。

その瞬間、彼女は鼻をひくつかせた。


「……なんなのです、このジャンクな香りは」


彼女は小声で呟いた。

宮廷料理では、ケチャップのような調味料は「子供の食べ物」として敬遠される。

それをパスタに絡め、あろうことか鉄板に乗せるなんて、彼女の美学には反するのだろう。


だが、客席に運んだ瞬間。


「うおお! これこれ! この焦げた匂いがたまらねぇ!」

「卵を絡めて食うのが最高なんだよな!」


騎士たちが歓声を上げ、フォークで豪快にパスタを巻き取った。

口の周りをオレンジ色に染めながら、幸せそうに頬張る。


「……信じられませんわ」


厨房に戻ってきたイザベラは、呆然としていた。


「あんな……洗練されていない料理を、どうしてみんなあんなに笑顔で……」

「食べてみますか? まかないの分、ありますよ」


私は小皿に取り分けたナポリタンを差し出した。

イザベラは躊躇していたが、意を決してフォークを刺した。

もちもちの太麺に、ケチャップがねっとりと絡んでいる。


パクッ。


「……!」


彼女の目が丸くなった。

甘い。酸っぱい。そして、どこか懐かしい。

高級な味ではない。複雑な技法も使われていない。

けれど、口に入れた瞬間、心が「美味しい」と反応してしまう。

ソーセージの脂の旨味、炒めたケチャップの香ばしさ、そして半熟卵の優しさ。


「……悔しいですけれど」


彼女はフォークを置かず、二口目を口に運んだ。


「……美味しいですわ。庶民の味というのも、悪くありませんわね」


彼女が少しだけ素直な感想を漏らした、その時だった。


カランカラン……。


雨音に混じって、ドアベルが鳴った。

ランチタイムのピークは過ぎている。

遅めのお客様だろうか?


「いらっしゃいませー……」


ホルンが元気よく出迎えようとして、その場に凍りついた。


「……ホルン?」


異変に気づいた私が顔を上げると、入り口には一人の人物が立っていた。

雨に濡れた灰色のローブ。

フードを深く被り、顔は見えない。

だが、その胸元には、赤色の刺繍で『蛇と十字』の紋章が刻まれていた。


大陸東方を支配する宗教国家、『聖教国』の神官服だ。


「……良い匂いですね」


フードの奥から、穏やかだが抑揚のない声が聞こえた。

男性の声だ。


「雨宿りを兼ねて、食事をさせて頂けますか?」


「あ、はい……どうぞ」


私はとっさに笑顔を作り、席へ案内した。

聖教国の人間が、こんな王都の路地裏に?

ホルンを見ると、彼はカウンターの下に隠れてガタガタと震えていた。

彼の村を焼いたのは、確か……。


(落ち着いて。ただのお客様かもしれない)


私は厨房に戻り、ヴォルグさんに目配せをした。

彼も不穏な気配を感じ取ったのか、包丁を置く位置を少し手前に変え、いつでも動ける体勢をとった。


「ご注文は、何になさいますか?」


私が水を置くと、男はフードを少しだけ上げた。

現れたのは、糸のように細い目をした、青白い肌の青年だった。

優男に見えるが、纏っている空気が異質だ。

まるで、そこに誰もいないような、希薄な存在感。


「そうですね……。この店で一番、生命力を感じる料理をお願いします」

「……生命力、ですか?」

「ええ。私は『神の恵み』を探して旅をしておりましてね。元気の良い食材には目がないのです」


彼の細い目が、スッと厨房の奥――ホルンが隠れているあたりに向けられた気がした。

私の背筋に冷たいものが走る。


「……分かりました。当店の名物『鉄板ナポリタン』をお持ちします」

「楽しみにしていますよ」


私は厨房に戻り、急いでナポリタンを作った。

手が少し震える。

あの男、何かがおかしい。

料理人としての勘が、「危険だ」と警鐘を鳴らしている。


(レオンは……今日は王宮での会議でいない)


自分たちで何とかするしかない。


私は出来上がったナポリタンを、イザベラではなく自分で運んだ。


「お待たせいたしました」


男の前に鉄板を置く。

ジュウジュウという音が、雨音にかき消されそうになるほど、店内は静まり返っていた。


「ほう……これはまた、赤いですね」


男はフォークを手に取り、パスタを一口食べた。

表情は変わらない。


「……ふむ。トマトの酸味、豚肉の脂、小麦の風味。悪くありません」


彼は淡々と食べ進め、あっという間に完食した。

そして、ナプキンで口を拭うと、不意に私に問いかけた。


「ところで店主さん。この店には、変わった従業員はいませんか?」

「……と、仰いますと?」

「例えば……獣の耳を持った、可愛らしい子供とか」


心臓が跳ねた。

やっぱり、ホルンを狙っている。


「……いいえ。当店は人手不足でして、私と料理長、そして見習いの女性だけです」


私は精一杯の作り笑いで答えた。

嘘を見抜かれないように、必死で平然を装う。


男はしばらく私をじっと見つめていたが、やがて「そうですか」と微笑んだ。


「私の勘違いだったようです。……微かに、『神の食材』の匂いがした気がしたのですが」


彼は席を立ち、代金の銀貨をテーブルに置いた。


「ごちそうさまでした。また来ますよ」


男はローブを翻し、雨の中へと消えていった。

ドアが閉まった瞬間、私はその場にへたり込んだ。


「エ、エリス!」

「大丈夫か、エリス嬢ちゃん!」


ヴォルグさんが駆け寄ってくる。

カウンターの下から、ホルンが涙目で這い出してきた。


「……あいつだ……」


ホルンが震える声で言った。


「ボクの村に来た……『異端審問官』の匂いだ……」


異端審問官。

聖教国において、教義に反する者や、彼らが『不浄』と定める存在を狩る実行部隊。

そして、彼らが探している『神の食材』とは……。


「ホルン、君は一体……」


私が問いかけようとした時、裏口の扉が開いた。

帰ってきたのは、ずぶ濡れになったレオンハルト様だった。


「……エリス、無事か!?」

「レオン!?」

「街で聖教国の神官を見かけた。胸騒ぎがして……」


彼は私の無事を確認すると、安堵の息を吐き、そして厳しい顔で言った。


「どうやら、厄介な連中が王都に入り込んでいるらしい。……エリス、しばらくの間、夜の外出は控えてくれ」


「レオン、あの人たち、ホルンのことを……」


私が事情を話すと、レオンハルト様の表情が一層険しくなった。


「……やはりか。聖教国が最近、『獣人狩り』を行っているという噂は聞いていたが、まさか王都まで手が伸びているとは」


彼はホルンの頭を撫で、私を強く抱きしめた。


「守るぞ。この店も、仲間も。……料理対決の次は、宗教国家との戦争になりそうだがな」


彼の腕の中で、私は頷いた。

イザベラとの勝負に勝ったと思ったら、今度はもっと強大な敵が現れた。

でも、怖がってばかりはいられない。

美味しいご飯を守るためなら、私は神様とだって戦ってみせる。


「……まずは、温かいスープでも飲みましょうか。みんな、顔色が悪いわ」


私は立ち上がった。

不安な時こそ、美味しいものを食べる。

それが『騎士の休息』の鉄則だ。


雨はまだ止まない。

王都の空に、不穏な灰色の雲が渦巻いていた。


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― 新着の感想 ―
うわぁぁぁぁ〜、なんか玉葱と納豆の腐敗臭を混ぜ合わせたような陰謀の臭いがするぅぅぅ。 流水脱臭、流水脱臭!あ、ちゃんと排水は濾過してね。 「ナポリタン」の麺の処理と言い、卵を敷いた鉄板にそれを盛付…
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