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【最終章完結】『「罰として下働きしろ」と言われたので、厨房で飯テロ無双します ~不味い飯に苦しむ王子を他所に、騎士団長と晩酌中~』  作者: 月雅
第2章

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第6話 敗者の涙と、再出発のクリームシチュー

王宮広場での激闘から数時間後。

日が暮れて夜の帳が下りる頃、私の店『騎士の休息』は、ささやかな祝勝会の会場となっていた。


「勝利に……乾杯っ!!」


「「「うおおおおおおっ!!」」」


店内に野太い歓声が響き渡る。

集まったのは、食材調達に命をかけてくれたレオンハルト様率いる近衛騎士たち、そしてヴォルグさんとホルンだ。

彼らはジョッキを片手に、互いの健闘を称え合っている。


「いやぁ、団長のあの最後の一撃、凄かったですねぇ!」

「エリス嬢ちゃんのカツレツを食べた時の、あの帝国皇子の顔! 傑作だったな!」


皆が笑顔で盛り上がる中、私は厨房で「あるもの」と格闘していた。

昼間の対決で余った、『天然・ドラゴン・サーモン』のアラ(頭や骨の部分)と、端切れの身だ。


「最高級の食材だもの。骨の髄まで美味しく食べ尽くさなきゃね」


大鍋に、焼いたサーモンのアラと、たっぷりの香味野菜を入れて煮込む。

白濁したスープからは、濃厚な魚介の出汁の香りが立ち上る。

そこへ、『ムームー牛』のミルクと、小麦粉をバターで炒めたルーを溶かし入れる。


具材は、乱切りにした『ロックポテト』と、香り高い『妖精キノコ』、そして甘みの強い『冬キャベツ』。

最後に、サーモンの身をゴロゴロと投入する。


グツグツ、コトコト。


とろみがつき、真っ白だったスープが、サーモンの脂でほんのり茜色に染まっていく。

仕上げに黒胡椒を挽き、パセリを散らす。


「お待たせしました! 『ドラゴン・サーモンの具だくさんクリームシチュー』です!」


私が大鍋をホールに運ぶと、歓談していた男たちの目が釘付けになった。


「うおっ、シチューか! 温まるやつだ!」

「匂いだけで分かる、これ絶対濃い!」


各自が深皿に盛り付け、スプーンで口へ運ぶ。


「はふっ、あつっ……うめぇえええ!!」


騎士の一人が天を仰いだ。

とろりとしたスープは、サーモンの旨味とミルクのコクが凝縮されている。

ホクホクのロックポテトが口の中で崩れ、甘いキャベツがシャキシャキとアクセントを加える。

そして主役のサーモン。煮込んでもパサつくことなく、トロトロに脂が乗っている。


「疲れた体に染み渡る……」

「昼のカツレツも凄かったけど、やっぱりエリスの料理はこの『ほッとする味』が最強だよな」


皆が幸せそうに頬を緩める。

その中心で、レオンハルト様もシチューを味わい、優しく私に微笑みかけた。


「……美味い。命が洗われるようだ」

「レオン、本当にお疲れ様でした。貴方が獲ってきてくれなかったら、この味は出せませんでした」


私たちが視線を交わし、温かい空気が流れた、その時だった。


カランカラン……。


ドアベルが、どこか力なく鳴った。

貸切にしているはずの店の入り口に、人影が立つ。


「……邪魔するぞ」


現れたのは、ガレリア帝国の第二皇子、ヴァレリウス殿下だった。

しかし、昼間のような威圧感はない。

そして、彼の背後には、うつむいたまま動かない女性――イザベラの姿があった。


「殿下……?」


レオンハルト様が瞬時に立ち上がり、私を庇うように前に出る。

騎士たちが一斉に警戒態勢をとるが、ヴァレリウス殿下は両手を上げて降参のポーズをとった。


「そう殺気立つな。今日は喧嘩を売りに来たわけではない」


彼は店内を見渡し、誰も座っていないテーブル席に目を向けた。


「……約束通り、負けを認めに来たのだ。関税の引き上げは撤回する。この店への干渉もしない。誓約書も持ってきた」


彼は懐から羊皮紙を取り出し、テーブルに置いた。

その潔さに、レオンハルト様も剣から手を離す。


「……感謝します、殿下」

「礼には及ばん。美食を愛する者として、美味い料理を作った者に敬意を払うのは当然だ」


ヴァレリウス殿下は、そこで視線を後ろに向けた。

そこには、純白の料理服を泥で汚し、髪も乱れたイザベラが、虚ろな目で立ち尽くしていた。


「入れ、イザベラ」

「……」


彼女は幽霊のようにふらりと店に入ってきた。

その顔には、かつての傲慢さは微塵もない。あるのは絶望だけだ。


「さて、エリス。この女のことだが」


ヴァレリウス殿下は冷ややかな目でイザベラを見下ろした。


「解雇した」

「えっ?」

「私の宮廷料理人として、不適格だと判断した。見た目ばかりで中身のない料理など、今の私の舌には耐えられん。帝国に連れ帰る価値もない」


突き放すような言葉。

イザベラの肩がビクリと震えた。


「そ、そんな……殿下……私は……」

「黙れ。負けた料理人に発言権などない」


殿下は残酷なまでに淡々と言い放った。


「彼女は今日から追放処分だ。帝国への帰国も許さん。……まあ、路地裏で野垂れ死のうが知ったことではないがな」


それが、敗者への「ざまぁ」と言わんばかりの末路だった。

全てを持っていた天才料理人が、一夜にして全てを失い、異国の地で捨てられる。

自業自得とはいえ、あまりにも無慈悲だ。


「……あんまりです」


私は思わず声を上げていた。


「エリス?」

「確かに彼女は嫌な奴でした。私の料理を餌と呼び、食材を買い占めました。でも……」


私はイザベラの前に立った。

彼女は焦点の合わない目で私を見ている。

その体は細く震えていて、顔色は青白い。

料理人として、いや、一人の人間として、空腹で凍えている人を放っておけない。


「……お腹、空いていませんか?」


私の問いかけに、イザベラはハッとして私を見た。

プライドが高い彼女のことだ。拒絶するかもしれない。

そう思ったが、彼女の腹の虫が、正直にグゥと鳴いた。

昼間、自分の料理に手を付けず、ショックで何も食べていないのだろう。


「座ってください。……ちょうど、シチューが余っているんです」


私は彼女を無理やり椅子に座らせた。

そして、熱々のクリームシチューをたっぷりと皿に盛り、スプーンと共に置いた。


「……な、なぜ……」


イザベラが掠れた声で呟く。


「私はあなたを侮辱したのよ……。なのに、なぜ施しなんて……」

「施しじゃありません。料理人が、お腹を空かせた人にご飯を出す。当たり前のことでしょう?」


私は笑って言った。


「それに、冷たいままだと味気ないでしょう? 温かいうちに食べてください」


イザベラは震える手でスプーンを握った。

湯気が顔にかかる。

昼間、自分が否定した「温かい料理」の香り。


彼女は一口、スープを啜った。


「……ッ」


その瞬間、彼女の大きな瞳から、ポロポロと涙が溢れ出した。


温かい。

ただひたすらに、温かい。

凍りついていた心と体が、内側から溶かされていくようだ。

野菜の甘み、サーモンの旨味、ミルクの優しさ。

かつて自分が料理を目指した頃、誰かに「美味しい」と言ってもらいたくて作っていた、原点の味がそこにあった。


「う……うぅ……っ! ごめんなさい……ごめんなさい……ッ!」


彼女は泣きじゃくりながら、シチューを口に運んだ。

涙がスープに混ざるのも構わず、夢中で食べた。

「綺麗」じゃなくていい。「美味しい」と思えることが、こんなに救いになるなんて。


その様子を見ていたヴァレリウス殿下が、ふっと鼻で笑った。


「……ほう。氷の姫も、溶ければただの小娘か」


彼は立ち上がり、私に向かって言った。


「エリス。その女の処遇は、お前に任せる。煮るなり焼くなり、好きにしろ」

「えっ、私がですか?」

「ああ。私はもう興味がない。……だが、もしお前がその女を再生させることができれば、それもまた一興かもしれん」


殿下は最後に、厨房の大鍋をチラリと見た。


「……ちなみに、そのシチューとやらは、まだ残っているのか?」

「ええ、ありますよ」

「ならば、一杯もらおうか。……勘違いするなよ、毒見だ」


結局、殿下もシチューを平らげ、「悪くない」と素直じゃない感想を残して帰っていった。

嵐のような皇子だったが、彼なりにエリスの料理への未練を断ち切りに来たのかもしれない。


   ◇


閉店後の店内。

イザベラは完食した皿の前で、呆然としていた。


「……私、これからどうすれば……」

「行く当ては?」

「ありませんわ……。帝国には戻れない。お金も……」


彼女はうなだれた。

技術はある。でも、今の彼女には「心」がない。

このまま放り出せば、本当に野垂れ死ぬか、悪い人間に利用されるだけだろう。


私はため息をつき、ヴォルグさんと顔を見合わせた。

ヴォルグさんは「やれやれ」という顔で肩をすくめ、レオンハルト様は不満そうに眉を寄せている。


でも、私の決意は固まっていた。


「イザベラさん」

「……はい」

「うちで働きますか?」


その言葉に、全員が驚いた。

イザベラ本人が一番驚愕している。


「なっ……正気ですの!? 私は敵でしたのよ!?」

「ええ、知っています。でも、あなたの包丁捌きや、食材を見る目は本物でした。技術は一流です」


私は彼女の目を見て言った。


「ただ、足りないものがあるだけ。……ここで一から、『食べる人のための料理』を学び直してみませんか?」


「……学ぶ……私が、あなたから……?」


屈辱かもしれない。

天才と呼ばれた彼女が、庶民の店で下働きをするなんて。

でも、彼女は私のシチューの温かさを知ってしまった。


彼女は唇を噛み締め、そして深く頭を下げた。


「……お願いします。ここで、働かせてください」

「はい。ただし、扱いは見習いですからね。まずは皿洗いと、ジャガイモの皮剥きからです」

「……はい!」


かつての「氷の料理姫」は消え、一人の「料理人見習い」が誕生した瞬間だった。

ヴォルグさんが「へっ、厳しく仕込んでやるから覚悟しな」と笑い、ホルンが「ボクが先輩だね!」と胸を張る。


こうして、『騎士の休息』に、また一人、訳ありの仲間が増えることになった。


   ◇


深夜。

イザベラを空き部屋(屋根裏部屋)に案内し、片付けを終えた私は、ようやく一息ついた。

店内には、私とレオンハルト様の二人だけ。


「……君はお人好しすぎる」


レオンハルト様が、私の後ろから抱きしめてきた。

その腕には力がこもっている。


「あんな女、放っておけばいいものを」

「でも、料理を愛する心を取り戻せたら、きっといい料理人になりますよ。それに……」


私は背中の温もりに身を委ねた。


「誰かを蹴落とすより、美味しいご飯で仲間になっちゃう方が、私たちらしいでしょう?」

「……はあ。君には敵わないな」


彼は私の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。


「だが、約束してくれ。あまり無理はしないでほしい。君が遠くへ行ってしまいそうで、時々怖くなる」

「行きませんよ。私はずっと、レオンのそばにいます」

「ああ……。明日の朝も、その次も、君の作った味噌スープが飲みたい」

「ふふ、プロポーズですか?」

「……そうだと言ったら?」


甘い沈黙。

私たちは月明かりの下、静かに口づけを交わした。

帝国の脅威は去り、店には新しい風が吹こうとしている。

私たちの幸せな毎日は、これからも続いていくはずだった。


   ◇


しかし、その平穏な夜の裏側で、不穏な影が動き出していた。


店の裏口で、ゴミ出しをしていたホルン。

彼は、夜風に乗って漂ってきた「ある匂い」に、ビクリと耳を立てた。


「……この匂い……」


焦げたような、薬草のような、独特の香り。

それは、昼間のイザベラの魚から感じたものとは違う。

もっと濃くて、禍々しい匂い。


ホルンは路地の暗がりに目を凝らした。

街灯の光が届かない闇の奥。

そこに、白いローブを纏った人物が佇んでいた。

その胸には、赤い十字と蛇が絡み合った紋章――『聖教国』のシンボルが刻まれている。


「……見つけたぞ。『神の食材』を嗅ぎ分ける獣……」


白いローブの人物が、低い声で呟いた気がした。


「ひっ……!」


ホルンは恐怖で尻尾を膨らませ、慌てて店の中へと逃げ込んだ。


「どうしたの、ホルン?」

「う、ううん! なんでもない! 猫がいたけ!」


彼は震えながら嘘をついた。

あの紋章は、彼の故郷の森を焼き払い、家族を奪った集団のものだったからだ。


「聖教国」――大陸で最も強大な宗教国家。

彼らが求める「神の食材」とは何なのか。

そして、なぜホルンを狙うのか。


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― 新着の感想 ―
ただ喧嘩を吹っ掛けて、勝利の褒章も理不尽な関税引き上げを取り下げただけ?全然褒美にもならないし、料理人の切り捨ても唯々ムカつくだけの第二皇子にイライラする。
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