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【最終章完結】『「罰として下働きしろ」と言われたので、厨房で飯テロ無双します ~不味い飯に苦しむ王子を他所に、騎士団長と晩酌中~』  作者: 月雅
第2章

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第5話 決戦、赤と白のコントラスト

王宮前広場は、かつてない熱気に包まれていた。

特設された巨大なステージ。その周りを埋め尽くす何千もの観衆。

貴族も平民も、そして騎士たちも、固唾を呑んで中央を見つめている。


「これより、王国対帝国の親善……いえ、威信をかけた料理対決を執り行う!」


司会進行役の文官が声を張り上げた。

審査員席には、ガレリア帝国のヴァレリウス殿下、我が国の宰相、そして公平を期すために招かれた食通の冒険者ギルドマスターの三名が座っている。


ステージの右側、帝国の調理台にはイザベラが立っていた。

彼女の周りには、氷魔法で冷やされた調理器具が並び、冷気でうっすらと霧がかかっている。

その足元にあるのは、先日市場で見せびらかされた『養殖・ドラゴン・サーモン』の冷凍ブロックだ。


「遅いですわね、庶民さん。怖気づいて逃げ出しましたの?」


イザベラが優雅に扇を仰ぎながら挑発する。

開始時刻ギリギリになっても、私の姿がなかったからだ。


「お待たせいたしました!」


群衆をかき分け、私が声を上げた瞬間、会場がどよめいた。

私の後ろに続く、黒い軍服の一団――レオンハルト様率いる近衛騎士団の姿に、人々が道を開ける。


そして、彼らが担いでいる「それ」を見て、全員が息を呑んだ。


「な、なんだあれは!?」

「魚か? 燃えてるぞ!?」


レオンハルト様たちがステージにドサリと置いたのは、体長一メートルを超える巨体。

その鱗は溶岩のように赤黒く輝き、内側から発する熱で周囲の空気を揺らしている。

まだ生きているかのようにエラが動き、鋭い牙が光る。


「『天然・ドラゴン・サーモン』……お持ちしました」


私が息を切らしてステージに上がると、審査員席のヴァレリウス殿下が身を乗り出した。


「ほう……! 『嘆きの激流』にしかいない天然物か。まさか本当に手に入れてくるとはな」

「野蛮ですわ!」


イザベラが顔をしかめて叫んだ。


「そんな野生の個体、泥臭くて食べられたものではありません! それに見てごらんなさい、あの熱気! 食材として管理されていない証拠ですわ!」

「管理されていないのではありません。これが、この子の『生命力』です」


私は熱を放つ魚体にそっと触れた。

指先が火傷しそうなくらい熱い。でも、嫌な熱さじゃない。命の灯火だ。

レオンハルト様たちが、命がけで繋いでくれたバトン。


「始めよう、エリス。私たちの勝利のために」


レオンハルト様が、ステージ脇で剣を突き立て、守護者のように立った。

その姿に勇気をもらい、私はイザベラに向き直った。


「さあ、始めましょうか」


鐘の音が、高らかに鳴り響いた。


   ◇


「まずは下処理ですわ!」


イザベラが動いた。

彼女の調理は、まるで舞踏のように美しかった。

氷魔法で凍結されたサーモンブロックに、魔力を帯びたナイフを滑らせる。


シャッ、シャッ、シャッ。


硬い鱗ごと皮を剥ぎ、身を透けるような薄さにスライスしていく。

凍っているため、身崩れなど一切しない。機械のように正確な薄切りが、氷の皿の上に並べられていく。


「美しい……」

「さすがは帝国の天才だ」


観衆からため息が漏れる。

彼女が作るのは、先日店で出したものの完成形だろう。

最高級のヴィネガーと、希少な香草を使った冷製カルパッチョ。見た目の美しさと、冷たい喉越しを極めた一皿だ。


対して、私は。


「熱い……でも、負けない!」


私は汗だくになりながら、巨大なサーモンと格闘していた。

天然のドラゴン・サーモンは、包丁を入れると高熱の蒸気を噴き出す。

普通の料理人なら手を火傷してナイフを落とすだろう。

だが、私は生活魔法『断熱』を手にかけ、ヴォルグさん直伝の解体技術で刃を進める。


ザクッ、バリバリッ!


硬い骨を断ち切る音は、イザベラの優雅な音とは程遠い、野性的な響きだ。

だが、切り開かれた身を見た瞬間、ヴァレリウス殿下の目が輝いた。


「素晴らしい赤だ……」


鮮烈なサーモンピンク。

程よくサシ(脂)が入り、熱によって脂が表面に滲み出ている。

それは、冷凍されたイザベラの魚にはない、瑞々しい艶を持っていた。


私はその身を分厚く――贅沢に三センチほどの厚さにカットした。


「なっ、そんな分厚く切ってどうするつもりですの!?」


イザベラが嘲笑する。


「ドラゴン・サーモンは脂が強い魚。そんな塊、脂っこくて胸焼けしますわよ! 薄く切って冷やすのが正解なのです!」

「いいえ。この脂は、熱を通すことで甘みに変わるんです」


私は切り身に塩胡椒を振り、調理台に用意した衣をたっぷりとまぶした。

昨日開発した、砕いた『木の実クラッカー』と粉チーズ、そして乾燥バジルを混ぜた特製パン粉だ。


そして、大鍋に用意した油。

温度は高温の190度。


「いきます!」


私は衣をまとった切り身を、油の中へ滑らせた。


ジュワァアアアアアアッ!!!!


広場中に、爆音が響き渡った。

水分と脂が弾ける音。

それは、観衆の喧騒を一瞬でかき消すほどの迫力だった。


そして、すぐに立ち上る香り。

ナッツの香ばしさ、焦げたチーズのコク、そして加熱されたサーモンの甘い脂の匂い。

風に乗って運ばれたその香りは、観衆の胃袋を直撃した。


「うっ……なんだこの匂い!」

「腹が減る! たまらなく腹が減るぞ!」

「さっきまでイザベラ様の料理が綺麗だと思ってたけど、今はあの茶色いのが食べたくて仕方ねぇ!」


イザベラの料理が「視覚」を支配するなら、私の料理は「嗅覚」と「本能」を支配する。


私は油の音に耳を澄ませる。

パチパチという音が、少し高く、軽くなった瞬間。

衣はカリッと揚がり、中はまだレアの状態。

ここだ。


「引き上げます!」


ザバッ!

網杓子で救い上げたカツレツは、黄金色の鎧を纏っていた。

余熱で火を通している間に、ソースを仕上げる。


イザベラの冷たいソースに対抗するのは、濃厚かつ爽やかな『特製タルタルソース』だ。

茹でた『コカトリスの卵』を粗く潰し、マヨネーズと混ぜる。

そこに投入するのは、王国の特産品『いかずちピクルス』のみじん切りだ。

雷ピクルスは強烈な酸味と、ピリッとした刺激を持つ。

これが、ドラゴン・サーモンの強烈な脂を中和し、さっぱりと食べさせてくれるはずだ。


「盛り付け!」


大皿に、揚げたてのカツレツを乗せる。

その上から、白と黄色、そして緑が混ざり合ったタルタルソースを、雪崩のようにたっぷりとかける。

彩りに、真っ赤な『太陽トマト』と、鮮やかな緑の『クレソン』を添えて。


「完成です! 『天然ドラゴン・サーモンのレア・カツレツ ~あふれるタルタルソースを添えて~』!」


同時刻。

イザベラも最後の仕上げを終えていた。


「こちらも完成ですわ。『氷晶の芸術クリスタル・アート ~至高の冷製仕立て~』」


二つの皿が、審査員席へと運ばれる。

一つは、氷の彫刻のように冷たく美しい、白と透明の芸術品。

もう一つは、湯気を立て、香ばしい匂いを撒き散らす、茶色と白の塊。


対照的な二皿を前に、ヴァレリウス殿下はニヤリと笑った。


「面白い。静と動、冷と熱か。……では、実食といこう」


   ◇


まずは、イザベラの料理からだ。

ヴァレリウス殿下は、透き通る切り身をフォークで刺し、口へ運んだ。


「……ふむ」


彼は目を閉じ、味わう。


「美しい味だ。魔法で締められた身はプリプリとした弾力があり、噛むほどに上品な脂が広がる。ヴィネガーの酸味も洗練されている。……文句のつけようがない、完成された宮廷料理だ」

「光栄ですわ」


イザベラが優雅にカーテシーをする。

他の審査員たちも、「これは素晴らしい」「芸術だ」と絶賛している。

高得点は確実だ。


「だが」


殿下が目を開き、少しだけ寂しげに呟いた。


「……腹にはたまらんな」


その言葉の意味を、イザベラは理解できなかったようだった。


「次は、エリスの料理だ」


殿下が私の皿に向き直る。

揚げたてのカツレツ。

ナイフを入れると、ザクッという音と共に衣が割れ、中から鮮やかなピンク色の断面が現れた。

その中心部はまだレアで、艶やかに光っている。


「ほう、レアか。加熱しすぎるとパサつくサーモンの欠点を、衣で守ることで克服したか」


彼はたっぷりとタルタルソースを絡め、大きな一口を頬張った。


ザクッ、ジュワッ、トロッ。


殿下の動きが止まった。


口の中で、いくつもの食感と味が爆発した。

ナッツ入りの衣の香ばしさ。

半生サーモンの、ねっとりと舌に絡みつく濃厚な甘み。

そして、それらを洗い流すような、雷ピクルスの刺激的な酸味と、タルタルソースのまろやかさ。


「……ッ!!」


殿下の美貌が歪んだ。いや、蕩けた。


「熱い! 冷たい! 甘い! 酸っぱい! なんだこの情報の奔流は!」


彼は叫んだ。


「イザベラの料理が『静寂な湖』なら、これは『荒れ狂う嵐』だ! 口の中で竜が暴れまわっているようだ!」

「で、殿下!?」


「美味い! 暴力的に美味いぞ!!」


理性が吹き飛んだようだった。

殿下はナイフとフォークを高速で動かし始めた。

一口食べるごとに、「うまい」「熱い」と呟き、額に汗を浮かべている。


他の審査員たちも同様だった。

冒険者ギルドマスターは「この野性味、たまらねぇ! エールを持ってこい!」と叫び、宰相は「こ、これが揚げ物か? 信じられんほど軽い!」と涙目になっている。


会場に漂う匂いに、観衆も限界を迎えていた。

ゴクリ、ゴクリと喉を鳴らす音が、広場中に響く。

誰もが、あの茶色い塊にかぶりつきたいと願っていた。


「そ、そんな……」


イザベラが蒼白な顔で後ずさった。

彼女の美しい氷の料理は、まだ半分以上残っている。

対して、私の皿は、三人の審査員によって瞬く間に空っぽにされていく。


「おかわりはないのか!?」

「ソースだけでもいい、パンをくれ!」


審査員たちの皿がピカピカになった時、勝負の行方は誰の目にも明らかだった。


ヴァレリウス殿下は、ナプキンで口を拭い、恍惚とした表情で私を見た。


「……エリス」

「はい」

「私が間違っていた。……帝国の食材を使えば美味くなるのではない。お前が作るから、食材が輝くのだな」


彼は立ち上がり、高らかに宣言した。


「勝者、エリス・フォン・メラルド!」


わぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!


地響きのような歓声が上がった。

帽子が投げられ、口笛が鳴り響く。

レオンハルト様がステージに駆け上がり、私を強く抱きしめた。


「やったな、エリス! 最高の勝利だ!」

「レオン……はい、勝ちました!」


彼の腕の中で、私は安堵の涙を流した。

勝った。

店を、仲間を、そして私たちの未来を守りきったのだ。


その喧騒の影で。

イザベラは膝をつき、呆然と自分の料理を見つめていた。

溶け始めた氷の水が、まるで彼女の涙のように皿を濡らしていた。


「……なぜ? 私の料理は完璧だったはず……美しかったはずなのに……」


「美しさと美味しさは、違うものだよ」


小さな声がした。

見ると、ステージの袖からホルンが顔を出していた。


「エリスのご飯はね、食べると体がポカポカするんだ。お姉ちゃんの料理は、見てると寒くなる。……ご飯は、温かいほうがいいよ」


その純粋な言葉が、イザベラの胸に突き刺さる。

彼女は唇を噛み締め、肩を震わせた。


勝負は決した。

だが、物語はまだ終わらない。

敗北したイザベラ、そして私の料理に魅せられすぎたヴァレリウス殿下。

彼らがこのまま大人しく引き下がるとは、思えなかった。


そして、客席の奥。

熱狂する群衆の中に、一人だけ冷ややかな目でステージを見つめる、白いローブの人物がいたことに、私はまだ気づいていなかった。

その胸には、『聖教国』の紋章が刻まれていた。


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