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【最終章完結】『「罰として下働きしろ」と言われたので、厨房で飯テロ無双します ~不味い飯に苦しむ王子を他所に、騎士団長と晩酌中~』  作者: 月雅
第2章

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第4話 市場の封鎖と、騎士団長の決意

「……ダメだ。市場のどこにもない」


王都の中央市場。朝の活気でごった返すその場所で、私は絶望的な報告を聞かされていた。


目の前にいるのは、王都でも一、二を争う鮮魚店の店主、ガンスさんだ。

彼はいつもなら威勢よく「おう、エリス嬢ちゃん! 今日はいい『サン・クラブ』が入ってるぞ!」と声をかけてくれるのだが、今日は苦虫を噛み潰したような顔をして、視線を逸らしている。


「ガンスさん、お願いします。どんなに小さくても、傷物でもいいんです。『ドラゴン・サーモン』を売ってください!」


私はカウンターに身を乗り出して頼み込んだ。

一週間後の料理対決。

そのテーマ食材であるドラゴン・サーモンを手に入れ、試作を繰り返さなければ、あの天才料理人イザベラには勝てない。


けれど、ガンスさんは深く帽子を目深に被り直し、小声で囁いた。


「すまねぇ、嬢ちゃん。……俺だって売りてぇんだが、無理なんだ」

「どうしてですか? お金なら、適正価格の倍出しても構いません」

「金の問題じゃねぇ。『圧力』がかかってるんだよ」


彼は顎で市場の入り口の方をしゃくった。

そこには、見慣れない紋章――二頭の鷹が描かれた旗を掲げた馬車が停まっていた。


「今朝早く、あいつらが市場の組合長に話をつけに来た。『今後一週間、ドラゴン・サーモンを含む高級魚の全在庫を買い占める』ってな」

「買い占め……!?」

「ああ。表向きは『帝国皇子の滞在に伴う食材確保』だそうだ。だが、裏では『騎士の休息』には魚の骨一本売るな、と通達が出てる。逆らえば、俺たち弱小商人は店を畳むしかねぇ」


ガンスさんは悔しそうに拳を握りしめた。

帝国の紋章。ヴァレリウス殿下の手回しか。

公正な勝負と言っておきながら、兵糧攻めにするつもりなのだ。


「そんな……」


私は力が抜け、その場によろめいた。

背後から、温かい手が私の肩を支える。


「……やはり、そう来たか」


同行してくれたレオンハルト様だった。

彼は私服姿だが、その瞳には隠しきれない怒りの炎が宿っている。


「卑劣な。権力で食材の流通を止めるとは、美食家の風上にも置けん」

「レオン……」

「大丈夫だ、エリス。市場がダメなら、私が直接、他の街へ飛んで――」


「あら、無駄ですわよ」


凛とした、氷のような声が割って入った。


人混みが割れ、現れたのは純白のドレスのような料理服を身に纏った女性。

イザベラだ。

彼女の後ろには、数人の従者が大きな木箱を抱えて控えている。その木箱からは、冷気と共に強力な魔力の気配が漏れ出していた。


「イザベラ……!」


「ごきげんよう、庶民の料理番さん。食材探しでお困りのようですわね?」


彼女は扇で口元を隠し、冷ややかに微笑んだ。


「残念ながら、この国の主要な港、および養殖場からのルートは、全て我がガレリア帝国が契約を結びましたわ。あなたのような下賤な店に流れる最高級食材など、一匹たりともありません」


「そこまでして勝ちたいの? 料理人としての誇りはないわけ?」


私が睨みつけると、彼女は心外だと言わんばかりに肩をすくめた。


「誇り? 料理人にとって最大の誇りは、最高の食材を独占し、それを扱える地位にいることですわ。食材を確保する力もない無能さが罪なのです」


彼女は従者に合図をした。

従者が木箱の蓋を少しだけ開ける。


カッ!


眩い紅蓮の光が漏れ出した。

中には、ルビーのように輝く鱗を持つ巨大な魚が鎮座していた。

『ドラゴン・サーモン』。

体長は一メートルを超え、その身からは炎のような熱気が立ち上っているのに、表面は魔法で凍結保存されている。


「素晴らしいでしょう? これは帝国から特別に取り寄せた最高級品。……まあ、あなたには泥の中のナマズがお似合いですわね」


イザベラは高笑いを残し、悠々と去っていった。

市場の人々は、帝国の権威に怯え、遠巻きに見ていることしかできない。


「……くそっ!」


レオンハルト様が、近くの柱をドンと叩いた。

木製の柱がミシミシと悲鳴を上げる。


「すまない、エリス。私がついていながら、こんな真似を許すとは……!」

「レオンのせいじゃありません。……でも、これじゃあ練習どころか、本番の食材も……」


打つ手がない。

相手は国家権力だ。一介のレストラン店主と騎士団長個人の力では、流通そのものを覆すことはできない。


私たちは重い足取りで、店へと戻るしかなかった。


   ◇


『騎士の休息』の厨房。

いつもは香ばしい匂いで満たされている場所も、今日はお通夜のように静まり返っていた。


「……全滅か」


事情を聞いたヴォルグさんが、腕組みをして唸った。


「ドラゴン・サーモンはただでさえ希少な魔物だ。市場を通さずに手に入れるとなると、密漁団と接触するか、自分で釣り上げるしかねぇが……」

「自分で釣るなんて無理です。生息地は『嘆きの激流』と呼ばれる魔境ですし、あそこには凶暴な水竜がうようよしています」


私は地図を広げた。

王都から馬車で半日。そこにある大河の最上流部。

切り立った崖と、全てを飲み込む激流。

そこにドラゴン・サーモンは住んでいる。


「それに、ドラゴン・サーモンは魔法耐性が高くて、普通の釣り竿じゃ折られちまう。専門の漁師だって命がけだ」


ヴォルグさんが首を振る。

万事休すだ。


その時だった。


「……あのね、エリス」


カウンターの隅で、丸くなってミルクを飲んでいたホルンが、おずおずと口を開いた。


「なに、ホルン?」

「さっき、市場で見たあの女の人の魚……あんまり美味しそうじゃなかったよ」


ホルンの言葉に、全員の視線が集まる。


「美味しそうじゃない? でも、あれは最高級品だったはずだけど」

「ううん。見た目は綺麗だったけど……匂いが変だった。なんていうか、『古い』匂いと、『薬』の匂いがしたんだ」


ホルンが鼻をひくつかせた。

獣人族の嗅覚は、魔法による隠蔽すら見抜くことがある。


「たぶん、帝国で獲れてから時間が経ってるのを、魔法で無理やり凍らせて保存してるんだと思う。……あんなの食べたら、お腹壊さないけど、心が冷たくなるよ」


ホルンは悲しそうに尻尾を丸めた。

そして、小さな指で地図の一点を指差した。


「ボク、匂いが分かるんだ。……ここ。この川の奥から、すごく強くて、元気で、美味しい匂いがする」


彼が指差したのは、『嘆きの激流』のさらに奥。

人が立ち入ることすら禁じられた未開の地、『竜の滝壺』だった。


「ここには、帝国の手も及んでいないはずだよ。だって、誰も行けない場所だもん」

「誰も行けない場所……」


確かに、そこなら買い占めもされていない。

天然の、しかも最高鮮度のドラゴン・サーモンがいるかもしれない。

でも、そこへ行くには垂直な崖を降り、凶悪な魔物の巣窟を抜けなければならない。


「……よし」


沈黙を破ったのは、レオンハルト様だった。

彼は立ち上がり、壁にかけてあった自分のマントを羽織った。


「レオン?」

「私が行ってくる」


彼はこともなげに言った。


「市場の流通を止めることはできても、大自然の恵みまでは止められまい。私が直接現地へ行き、その『元気なサーモン』とやらを獲ってくる」

「む、無茶です! あそこは近衛騎士だって近づかない危険地帯ですよ!?」

「だからこそ、私の出番だろう」


レオンハルト様は、私に向かってニカッと笑った。

それは、かつて私のカツサンドを食べた時のような、少年のように無邪気で、しかし頼もしい笑顔だった。


「忘れたか、エリス? 私は『黒狼』だ。魔物退治は本職だぞ」

「でも……!」

「それに、君には最高の食材を使ってほしい。あの女が持っていた『薬臭い魚』なんかじゃない。君の料理にふさわしい、最高の一匹を」


彼は私の手を握り、力強く宣言した。


「必ず戻る。明日の朝までに、一番デカイのを担いでな」


「だ、団長! 俺も行きます!」

「水竜退治なら、元冒険者の俺の腕も役に立つぜ!」


厨房の裏口から、非番の騎士たちやヴォルグさんが名乗りを上げた。


「お前たち……」

「エリス嬢ちゃんの料理がかかってるんです! 俺たちの食生活がかかってるんですよ!」

「団長一人にいい格好はさせませんぜ!」


男たちが武器を手に集結する。

まるでこれから戦争に向かうかのような熱気だ。


「……分かりました」


私は覚悟を決めた。

ここで止めるのは、彼らの想いを無駄にすることだ。


「行ってらっしゃいませ。……その代わり、帰ってきたら最高のご飯を用意して待っていますから」

「ああ。約束だ」


レオンハルト様は私を抱き寄せ、額に軽く口づけをした。


「ホルン、案内を頼めるか?」

「うん! ボク、鼻だけはいいからね! 一番美味しいやつの居場所、教えてあげる!」


こうして、近衛騎士団長率いる『食材調達決死隊』が結成された。

彼らは夜の闇に紛れ、王都を出発していった。


残された私は、ただ待っているわけにはいかない。

彼らが命がけで獲ってきてくれる食材を、最高に美味しく調理するための準備をしなければ。


「ドラゴン・サーモン……熱を持ち、鱗が硬い魚……」


私はヴォルグさんが残してくれた文献を読み漁った。

通常、サーモンは熱を通しすぎるとパサつく。

だが、ドラゴン・サーモンは自ら発熱する性質があるため、加熱しても脂が溶け出さず、逆に身が締まってしまうらしい。

だからこそ、イザベラは「生(刺身)」や「冷製」で提供したのだ。


「でも、私が作りたいのは『温かい料理』……」


熱を加えても、ふっくらと柔らかく、そして脂の甘みを引き出す方法。

そんな魔法のような調理法があるだろうか?


私は厨房で一人、試行錯誤を始めた。

手元にあるのは、普通のサーモンと、代用品の『ファイア・イール(火ウナギ)』。

焼いてみる。煮てみる。蒸してみる。

何度も失敗し、焦げたり、硬くなったりする。


「……違う。これじゃない」


深夜の厨房。

疲労と焦りで視界が滲む。

イザベラの嘲笑が脳裏をよぎる。

『庶民には扱えない食材』。


「負けない……」


私は冷たい水で顔を洗った。

レオンハルト様は、今頃、冷たい激流の中で戦っているはずだ。

私がここで諦めるわけにはいかない。


ふと、ホルンの言葉を思い出した。

『あの魚、古い匂いと薬の匂いがした』


イザベラの魚は、凍結魔法でガチガチに固められていた。

過度な冷却は、細胞を壊し、旨味を含んだ水分ドリップを流出させる。

だから彼女は、ドリップが出ないように、さらに強く凍らせて「冷菜」として出したのではないか?


「なら、私は逆を行けばいい」


『高温』でも『低温』でもない。

魚が一番ストレスを感じない温度帯。

そして、ドラゴン・サーモンが持つ「熱」を利用する調理法。


「……カツレツだ」


閃きが降りてきた。

高温の油で短時間揚げる。

衣で旨味を閉じ込め、中は余熱で火を通す『レア・カツレツ』。

それなら、外はサクサク、中はとろけるような食感を実現できるはず。


だが、普通のパン粉では、ドラゴン・サーモンの強い脂に負けてベチャッとしてしまう。

もっと軽く、もっと香ばしい衣が必要だ。


私は棚を見た。

そこにあったのは、昨日ホルンがおやつに食べていた『木の実クラッカー』の残り。

そして、香草の『ドライ・バジル』。


「これだわ」


私はクラッカーを砕き、パン粉に混ぜた。

さらに、粉チーズと香草を加える。


試作の普通のサーモンで試してみる。

衣をつけて、高温の油へ。

シュワッという音と共に、香ばしい香りが立つ。

引き上げて、包丁を入れる。


ザクッ。


軽い音。

断面は鮮やかなピンク色のレア。

口に入れると、ナッツの香ばしさとチーズのコクが、サーモンの脂と絡み合い、決して重くならない。


「いける……!」


確信を得たその時、東の空が白み始めていた。


ドサッ……!


裏口の扉が開き、重い音が響いた。

私が駆け寄ると、そこには泥と水でずぶ濡れになった男たちが立っていた。

全員、ボロボロだ。鎧は凹み、マントは裂けている。


けれど、その顔は笑っていた。


「……ただいま、エリス」


先頭に立つレオンハルト様の肩には、信じられないほど巨大な魚が担がれていた。

朝日に照らされ、ルビーのように赤く輝く鱗。

まだ生きているかのようにビチビチと尾を跳ねさせる、正真正銘の『天然・ドラゴン・サーモン』だ。


「獲ったぞ。……とびきり元気なやつだ」


レオンハルト様が、白い歯を見せて笑った。

その頬には切り傷があり、血が滲んでいる。


「レオン……!」


私は彼に抱きついた。

魚の生臭さも、泥の匂いも気にならなかった。

ただ、彼の無事と、その献身が嬉しくて、涙が溢れた。


「ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます!」

「泣くな、エリス。……腹が減った」


彼がお腹をさすると、後ろの騎士たちも「俺たちも限界です!」と声を上げた。

ホルンも、レオンハルト様の背中から顔を出し、「ボク、一番に見つけたんだよ!」と胸を張る。


「ええ、すぐに! 最高に美味しい朝ごはんを作りますから!」


私は涙を拭い、厨房へと走った。

最高の食材と、最高の仲間、そして最強のパートナー。

全ては揃った。


あとは、私が勝つだけだ。

イザベラ、そしてヴァレリウス殿下。

帝国の美食なんて目じゃない、「愛と情熱の料理」を見せてあげるわ!


決戦の朝。

王宮広場には、すでに多くの観衆が集まり始めていた。


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― 新着の感想 ―
・・・流通を止めて勝とうとするって、「正攻法では勝てません」っていう事実上の公開敗北宣言なのでは・・・?
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