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永遠なる揺り籠より  作者: 葦藤 基
第一章 ウィリディスの冒険

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第7話 危険な近道

「なんで地下に風車のマークがあるんだ?」

「しらない。風が強くてあぶないんじゃない?」


わが征くは地底の迷路。なんてセリフがダリャトーリュンの頭に浮かんでいた。

ざっくりと地中を雑に掘り進めたような地下道。そこまでは理解の範疇だったが、ダリャトーリュンの記憶が確かならば、今二人が歩いているのは地下道の天井であった。


もうホントにわけがわからない。今日一日で、自分がこんなにも魔法が嫌いになるだなんて誰が予想しただろうか。


「気をつけて!」


謎の風車のような標識に気を取られ、足元の岩に引っかかりそうだったダリャトーリュンをモモの声が救う。


「おじさん、足元ぐらい見ようよ」


心底呆れ顔のモモに、ダリャトーリュンは返す言葉もなかった。






目の前にあるのは先の見えない洞窟、そこを鼻歌まじり、軽快にトントントントン進んでいくモモは並の度胸ではない。出逢って早々にぶっ飛ばされた時に、この少年が力のある魔族であるとは確信したが、もしかすると魔族の中でも特異なのかもしれない。


うすら寒いのは胸中の反映か、そうでないのか。冷たくはないのに凍てついた空気が肺の中をぐるぐる回っているような、奇妙な心地の悪さを感じる。


静まり返る道はまるで息を感じない非生物のようで、地下都市育ちだからこそわかった。ここは危ない道だ、と。


······そのようにダリャトーリュンは道の先に不安しか見いだせなかったが、地図を持っているモモは陽気なもので、探検気分に乗ってうきうきとしている様子だ。


ここでは視界が役に立たない。何かしらの魔法を使っているのか少年の周囲には明るい光の球がいくつも浮いているが、視覚の手掛かりはそのぐらいだ。こんな地下にずっといたら自分は頭がおかしくなると思う。ゼッタイに。


ダーカサーゼにも暗い道や雑に作られた道はあったが、こんなへんてこ地下道は初めてで、ダリャトーリュンはまた少年に問いかけてしまった──機嫌を損ねぬよう、小声でおそるおそる。


「その地図ほんとに大丈夫なのか?」

「ここが近道なんだって。おじさん、何度言えばわかるの? 地図も見せたのに」


モモはむっとした顔を見せたが、地図を持っているからか、幸いにも殴りかかってくることはなかった。この地下道に入ってから何度聞いても大丈夫としか言わないモモに対して、その度にダリャトーリュンの不安は増していく。






数十分か数時間前、人気のない広場の隅をモモがいじったと思ったら、不気味な風が吹き上げてくる横穴が出現した。


丁度光の届かない場所に見えた直角に下る横道。······横道? 真下に落ちるだけの穴が道だって? その時ダリャトーリュンは自分の頭や目がイカレてしまったのだと思ったのだった。わりとマジで。


──それが、この”魔法の”地下道の入り口だったのだ。






「なんでこんな道作ったんだよ······」


何度泣き言を言ったか覚えていないダリャトーリュンだったが、楽しそうな少年モモに逆らうような気力も勇気も彼には無かった。


領事館ならパルラスの観光用案内板すら見れば行ける、と一度は進言したもののモモの意志は決まっていて、


「近道で早く行きたいの! 兄さまに早く会いたいんだ」


そう言われてしまえば黙るしかない。

もう怪我は御免だとダリャトーリュンは学習していた。


それからまた滑り昇ったり、後ろから下ったりを繰り返し、ふと横を見てみると壁にまた何かが描かれていた。


「おチビ、これなんだろな」

「わかんない。地図には何にも載ってないけど……」


それらは図や記号からなる象形文字であったが、モモはもちろんダリャトーリュンも知らなかった。まあ、知っていたところで、解読できるのは一部の特殊な歴史学者ぐらいであったからあまり意味はなかっただろう。


壁を見ながらもある丁字路に差し掛かるとモモは立ち止まり、よく地図を確認する。


「ここは右──あ、やっぱりダメ。危ないものがあるって、一番近い道なのに」

「······危ないものって?」

「んー、風車のマークがたくさん書いてあるから、強い風が吹いてるんじゃない?」

「······地下で強風? 通風孔もないのに?」


ダリャトーリュンは、もう嫌気がさしていたはずの故郷に帰りたくなっていた。


「もう、そんなに言うならおじさんが地図見てよ。ほら」


ツンと突き出された地図を反射的に受け取り、この地下道の全容を見る。やけに細かい割に普通とはかけ離れた地図だということには気づかないふりをする。きっと知らない方が良い。


出口はどれも都市の重要な施設の近くに繋がっている、確かに早く着きそうだ。しかし、道が重なっていてよく分からない、立体図にでも見えればすぐ分かるだろうがそんな魔法はあるのだろうか。


道やら説明やらを上から見たり下から見たり繰り返していると、右下から不満そうな声が届く。


「お腹すいた。なんか食べたい」


それはこちらのセリフだと、ダリャトーリュンは文句を言いたくなった。溜息を吐きながら、モモの荷物を指さす。


「おチビはリュックに飯持ってるだろ」

「あれおいしくないんだよ」

「贅沢者め、食わないなら寄越せ」


軽いやり取りに反応がなくて地図から目をずらすと、冷たい目線がダリャトーリュンへ浴びせられていた。


「いやだよ。兄さまがぼくにくれたんだから」


ヒヤッとしたダリャトーリュンは話題を変えてしまおうと、今さっき見つけた地図の開けた場所を指す。


「ここに”管理人”がいるんだってさ、道を聞こうぜ。早く行けるようにさ」


ダリャトーリュンが誤魔化したのは分かったが、モモも手っ取り早く目的地へ着きたいがため同意し、首肯した。






モモとダリャトーリュンが地図に従っていくと、”管理人”がいるはずの広場に辿り着いた。

光り輝く宝石のようなものが所々に置かれていて、ドーム状のその空間は古い遺跡のような神聖さを感じさせる。とても美しい場所だった。


二人で感動しながら進んでいくと、中央にある巨石の前に、身体に布を巻いた女性が立っていた。

なお、ここでいう”女性”とは、他に形容すべき言葉が見つからないから用いているのであって断定的な表現ではない。


女性はそして──モモとダリャトーリュンが来ることを知っていたかのように此方をじっと見ているのだ。


女性の表情は──無い。


そういえばこんな地下にいるって……人間か? 今更になって、ダリャトーリュンの頭に恐ろしい疑問が浮かび上がる。


真横へ下に滑り落ちる道なんてハナからマトモじゃないだろ。そんなところの管理人……ゾクッとした。

女性が不気味過ぎてダリャトーリュンが動けなくなっている一方で、モモは臆することなく近づいて声を掛けた。


「お姉さん、こんにちは。道を教えてほしいんだけど」


ダリャトーリュンは意思疎通ができるかと訝しんだが、存外、女性はモモをしっかりと見て首を横に振り、返事を返した。


---- ---- -♪-♪ ♪- ♪-♪-- -♪♪♪ ♪- -♪-- ♪-♪ ♪-


音が、女性の口から響く。歌のようにも聞こえるそれは、モモとダリャトーリュンには意味不明の音としてしか伝わらない。女性のひょろ長い見た目に反して口から出る音はいかつく聞こえた。


---- ---- -♪-♪ ♪- ♪-♪-- -♪♪♪ ♪- -♪-- ♪-♪ ♪-

-♪-♪♪ -♪ ♪ -♪-♪♪ ♪-♪♪ ♪-♪-♪ ♪---♪ --


はて、これにはモモも困ってしまった。


「何言ってるか分からないよ。兄さまならお話できるのかな……」


女性が怖くて近づけないダリャトーリュンは、モモに建設的な意見を述べることにした。もちろん、他意はなくここから逃げたいがための一心で。


「なあ先行こうぜ。言語だかも分からん音だ。どうせこっちのも伝わんねえよ」

「えー、でも道を聞くんでしょ?」


それにモモには、女性が何かを伝えようとしているように思えたのだ。


-♪-♪♪ -♪ ♪ -♪-♪♪ ♪-♪♪ ♪-♪-♪ ♪---♪ --


「どうしたんだろう?  何かぼくに言いたいことがあるのかな」


女性は手を動かした。モモは避けない。


女性はモモの頬に手を伸ばしながら、もう一度"言った"。


-♪-♪♪ -♪ ♪ -♪-♪♪ ♪-♪♪ ♪-♪-♪ ♪---♪ --






──もう、たくさんだった。

ダリャトーリュンはモモの手を引いて走り出す。


「逃げようって」

「なんで?」

「危ない! ゼッタイに危ないから!」


近くに見えた階段を横に駆け降りていく。


駆けながら、ダリャトーリュンは決意した。この少年から一時でも早く逃げなくてはと。ゼッタイ、このまま一緒にいたら死ぬ! 今自分が無事でいるのは幸運中の幸運だ、きっと一生分の運を使い果たしてしまったに違いない。


今はもうおチビにメタンコにやられたって構わないと思った。だから、少年の文句も気にしない。


「ひっぱんないでよ! ぼくは怪我しちゃいけないんだから!」











地下の道を足が感覚を無くすまでがむしゃらに走り続けて、太陽が見えた瞬間、ダリャトーリュンは歓喜の叫び声を上げた。······まあ、すぐにうるさいとモモに拳骨をくらったが。


あれだけダリャトーリュンが全力で走ったにもかかわらず息すら上げていないモモに、魔族は体の出来が根っから違うのだと考えさせられる。こうも性能差を見せつけられれば羨ましいとも思えない。


それどころか、”魔族は人間ではない”なんて言っていたバカを思い出した。確かに、これは同じ人間だなんて信じられないよな……と。


出口はちょっとした闇市の裏手にあった。耳に付くうめき声や叫び声。しかし、それほど遠くない所から賑やかな街の喧騒も届いてくる。


「こらまたえらいトコに出ちまったな。物騒だから離れるなよ、モモ。幸いココの道は詳しい。領事館街はすぐ近くだ」

「分かってるよ。外の人は見た目は優しくても中身は分からないから、ちゃんと気を付けてって言われてる」

「俺はいいのか」

「何言ってるの、おじさんは弱いじゃん」


まったく容赦のないモモの言葉に、叩きのめされ腹ペコのまま歩いて走ってボロボロのダリャトーリュンは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。






さて、薄暗い道からやっと明るい道へ近づくと段々人影が増えてくる。ダリャトーリュンは、見慣れた景色は幸せだと噛み締め、生まれ変わったように胸が晴れた。


領事館街は国内各領の由緒ある建物が居並ぶ壮観な大通りで、近づけばすぐに分かる。


初めて来たモモは完全にお上りさんであった。感嘆の声をあげてそこかしこを見回している姿は、モモにしては珍しく見た目通りのものだった。


「で、おチビの目的はどこの領事館なんだ?」


あそこ! とズバッとモモが指さしたのは、派手派手しい各領の館の中ですら浮くほど目立つ漆黒の外観。

政治都市パルラスのグリーンベール領事館だった。


深緑の地にトキタスア王国の国章の描かれた、これでもかというほど巨大なグリーンベール家の家章が領事館の壁に刻まれている。


一瞬で分かった。なんて分かりやすくて親切だろうとモモは感心すらした。


見慣れたグリーンベールの印、モモにとっては大好きな兄の証が、黒い壁に大きく、それだけでなく塀にもずらりと旗が翻っている。


だから、立派で素敵な領事館を見るのに夢中になっていて、モモはダリャトーリュンの異変に気づかなかった。






ニコニコ満開のモモに対して、ダリャトーリュンは青ざめていた。


グリーンベールの領事館だって?

最も恐ろしく、関わるべきでない濃色魔族の筆頭、深緑のグリーンベールの縄張りじゃないか。


冗談じゃない。グリーンベールなんて、お縄になって豚箱行きどころじゃない。国害者は死あるのみだ。


そんなおっかない所に近づいて堪るかよ。行かない、俺は絶対に行かない!!!

敵せりゃ地獄のグリーンベールなんかぜっっったいに関わりたくない!!!

どうせさっき決めたんだ、逃げるって。グリーンベールに関わるなんてドラゴンの口に飛び込むような愚の骨頂だ。


モモよりもグリーンベールへの恐怖が勝ったダリャトーリュンは、そのまま静かに、そろりと街の喧騒へ紛れていった。






「あれ?」


気がつくとダリャトーリュンの姿はモモの前から影も形もなくなっていた。周囲は知らない人ばかりである。

モモは気に入っていたおもちゃがなくなったようでぶすくれ、口を尖らせた。せっかく領事館を見つけて喜んでいたのに気分を邪魔されたのである。


口を尖らせて進んでいくと、領事館の入り口には、若く豪壮なヒゲワシと老健豪奢なトンビの獣人門番が左右に立っていた。


獣人によるリベルタス同盟とトキタスア王国はとても仲良しで、同盟は個人らの集まりなので国はない。どこで生きるかも自由。自分の身は自分で守る。自分の群れは自分で守る。それが獣人。しかし、弱者やはぐれものは死すべしというのが彼らの常識である。


知り合いだと一目で気づいたモモはにっこりした。


「コートさん、ピンクさん。こんにちは」

「やあ、ウィリ久しぶりだな! やっと巣から出られたんだね!」

「顔違うけど分かるの?」

「獣人なら分かるよ。人間のようにお気楽に生きてはいられないからね」

「まったく人間は、巣立てが遅すぎるんじゃ。過保護が過ぎるってのよ」


あ、と一応モモはお願いをしておく。


「兄さまに会いに来たけど、じいにはないしょだからね!」

「わかっとるわかっとる」


ピンクと呼ばれたトンビの獣人は、その嘴を大きく上下させて請け負った。


「安心せい。わいらはウィリの味方よ」


──顔見知りと和気藹々としているそこへ、少年に近づく人影がひとつ。


「モモくん! 良かった、無事だったのね!」


そうモモに声をかけたのは、駅で別れた、あのおばあさんだった──。






「ん? アレヴ様って今いたっけ?」

「ウィリが言うんだからいるんじゃろがい」

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