第6話 予期せぬ客人
政治都市パルラスにおいて、トキタスアは国を挙げて客人との会合に臨んでいた。
突然やって来た失礼な客人を最大限の礼と待遇を以て迎え入れたのは、それもそのはず、来訪した客人が麗人族であるからだ。
この世界に存在する三つの巨大国家、天下三国。そのうちの一角を占めるのが麗人族の治めるイリニポトスである。
麗人族──偽エルフとも呼ばれるこの人種は、人類すべての指導者を自称し、魔族、獣人族、人間族と数ある人類種の中で最も強烈で傲慢不遜な種族である。
辺境のトキタスアとの国力差はまさしく天と地。独善的で強大な力の前には、決して敵せず、どのような理不尽も耐え忍ぶことこそ最良の策だった。
パルラスの端に位置する王立美術館、その敷地内にある国見の塔の最上階、天空の間。全方位の国土を望むことが出来る、トキタスアにて客人をもてなす最高位の部屋にアレヴターウェンはいた。
天空の清純な空気が満ちた空間。そこは美しきものだけが許された聖域と言っても良いかもしれない。
その中にいるのはたった四人の人間だった。
現代において至高の美男と評される尊顔と、実戦上で培われ調律の整った肉体を持つアレヴターウェン。深き森の緑葉を写し取ったような彼の深緑の御髪は毛先の一つ一つまで艶やかであり、軽く取り付けられた結紐がいつすり落ちてしまうか不安になるほどである。
髪と同色の瞳を覗き込もうものならば、優美な外見の雰囲気とは裏腹のただただ力強い眼差しに魂を撃ち抜かれることであろう。
これ程の容姿であれば、広く市井に知られている"美貌でドラゴンを打ち落とした"などというトンデモ流言を信じる者が出るのも無理はない。
加えてアレヴターウェンは、よりしなやかに、と己の躯体を良く魅せる所作を心得ていた。
爪の先から顔の筋ひとつまで、彼の意識は途切れ崩れることがない。アレヴターウェンは生まれもった容姿という武器を最大限に磨き上げ、魅了の力として使っているのだ。
グリーンベール領軍正装という格式ばった格好も彼には似合いすぎている。仕事中は普段着のように着こなしているため、アレヴターウェンが堅苦しい服を好まないなどという真実に気づく者は少なかった。
体面に座すは、件の麗人族3人である。
麗人族という呼び名を冠する通り、彼らも美しかった。
架空戦記の神々が転臨したかと見惑う姿を持ち、身体の性別を勘ぐることすら戸惑わせる麗人族。
彼らの容姿が総じて整っていることはなんということもない、容姿、能力、精神強度等の適性試験による個体厳選の成果である。
生前・生後・生育後の検査において理想的な個体のみを残し、生き残った精鋭だけが生存と栄誉を獲得することができる。
そのために──極々一部の薄暗い者たちから、"麗人族は自律創造する芸術だ"と謎の信仰を持たれたりもしている。
さて、女や男という呼称など些事とさせ、人類を超越した美の化身たちが集い、太陽の残照のようにそこにあるだけで人の目を惹き付けるような空間はしかし、誰の目にも触れられることはなかった。
麗人族と言葉を交わして心を狂わせた人の数は計り知れない。よって一般の人間にとっては恐怖の対象であり、強く揺らがぬ心のよりどころを持つ人間以外では眼前にすることすら難しかった。
彼がこの会合に呼ばれたのは、今回やって来た麗人族との面識があり、尚且つ彼らと会話をしても精神に異常をきたさない性質を持ち合わせているからである。
つまりは、彼らと関わるには彼らの非常な傲慢さを前にしてブチ切れずに冷静でいられる精神性が不可欠なのだった。
そのような事情がある中で、アレヴターウェンは役目に心を任せることで彼らに感情を晒さずに話が出来た。大切な物は胸の奥深くへしまい込むことが得意であったためである。
トキタスアにおいて麗人族の相手は彼と合わせてあと数人にしか務まらない。だからこそ、アレヴターウェンは今ここに一人きりで対峙しているのであった。
なぜトキタスアへ来たのか、それを聞き出し穏便にお帰り頂くこと。それらはすべてアレヴターウェンの双肩に懸かっていた。
「またお会いすることが叶うのならば、贈り物の支度をさせていただきたかった」
憂い気に、しかし堂々とアレヴターウェンは言霊を発する。普段より意識して高めに紡がれたその声は、空気をよく通る。いずれの国の音色さえ、アレヴターウェンの声には敵うまいと評されるのも必然である。
もしもこの部屋に居るのが麗人族でなかったならば、アレヴターウェンの伏せられた目を彩る睫毛の揺らぎすら、部屋の中に風をそよがせているような心地がしただろう。
深く腰を下ろしているにも関わらず、威圧感をいだかせず、また人を惹き付ける魅惑を振りまくアレヴターウェン。少しの動きで長い深緑の御髪をさらりと靡なびかせる、清廉な彼はトキタスアのお役目を担うグリーンベール家の当主としてこの場に座していた。
「アレヴターウェン様ったら、お忙しいのによく顔を見せにいらっしゃるのですもの。ご機嫌をお伺いするぐらいよろしいではございません?」
「デナリウス、ふざけた話し方をやめろと言っているのに」
アレヴターウェンから見て左側にいた麗人がにこやかに指摘する。
······このように、麗人族はだいぶ砕けた話し方をするのである。まあ、これに釣られて隙を見せたら終わりなわけだ。
アレヴターウェンにすれば、彼らは効率的で、正直なところ他の人間たちよりも会合などでは話しやすい相手でもあるが、一人で相手をさせられるのはほとほと困ったことである。主に精神的なストレスの面で。濃色魔族当主位への神格化と妄信は歯止めを掛けねば、いい加減こちらの許容を超えることは明白であった。
そもそもアレヴターウェンは共通語が好きではないのだ。
能力を周囲から認められているのは有り難いことだが、この身ひとつになんでも任せられては保つ物も保たなくなる。せめて補佐官ぐらいは傍においてほしいと思うアレヴターウェンであった。
「相変わらず仲のよろしいようですね、貴殿らに友好的でない人々にも見せて差し上げたい」
「······はて? 非友好的な態度を表に出すのは人ではありませんのよ」
主に話をするのはデナリウスという真ん中に座った麗人族、端の二人の名前はカルクスとオボロスである。
「そうですね、魔族である私も貴殿らもただの人間であるというのに──」
アレヴターウェンは言葉を続けようとするが、カルクスはデナリウスに目配せをしてから会話を遮った。これまでの観察の結果から、アレヴターウェンと会話をいくら続けたところで得るものが無いことは分かっていた。
「この方は無駄話が多いから一々応えなくていいよ。エイラクから聞いただろう。さあアレヴターウェン、本題に入ろう」
「ごめんあそばせ、ですの」
決められた言葉を話すだけの綺麗なお人形が、まるで生きているかのように振舞っている。この不気味さは実際に面と向かわなくては感じられない。
彼らがよく表情に浮かべる“友好の笑み”は、いつも通りの一寸も変わらぬ笑みだ。環境、場合、機嫌、時々における人の表情の変化に合わせることも可能であるにも関わらず、彼らは故意に修正しない。
それに対して相手が恐怖を抱くと知っているからだ。理解できないことと自然でないことに抱く本能的な畏怖心を材料に有利な交渉を形成する。彼らの不気味さは常套的な戦略手段であることを、アレヴターウェンは重々承知していた。
だからこそ、背筋を走る嫌悪感を無視して悠々とこの場にいられるのである。
本題、の口火を切ったのはデナリウスであった。
「自然主義協会について、アレヴターウェン様は知っていらっしゃいますわね」
自然主義協会、という名称から瞬時にこの突撃訪問の意図を察したアレヴターウェンは、刹那の間にこの後の対応のプロットを組み立てた。
「アレヴターウェン様は、我らの大願である”世界人類の平和”に協力して下さるものね。共にこの世界に生きる人間として当然のことですわ」
「はい、当然のことと承知しております。我らトキタスアの力がイリニポトスのお役に立つのならば、喜んでご協力しましょう」
返答を聞いたデナリウスは笑った。
「わたくしたちは交渉相手として貴方をたいへん評価しています。貴方が動かねば、この国は動かないでしょう。逆に動いたならば、後戻りは利かなくなる。よーくお考えなさってね」
アレヴターウェンは突き刺さるつの6つの目に映らぬよう、胸中でのみ、一呼吸を置いた。
「例の一団の残党が、反権威主義者を集めて自然主義協会を乗っ取ったという情報は届いています」
「あら、そこまでご存知でしたの」
口元を手のひらで覆うデナリウスは今日一ワザとらしかった。
自然主義協会とは、人類の自然な繁栄と平和を掲げる団体である。かつてはイリニポトスとも対立していた世界的組織であったが、今や名を知る者ですら希少なほどに弱体化していた。
「反権威主義者に政治はできません。彼らは思想も話し合いも駆け引きもなく、ただ自らを”多数派の権威の逆”と相対的に定義している。したがって、彼らが多数派になることはない。自然主義協会がかつての権勢を取り戻すことはなくなったでしょう」
「つまり、トキタスアが与することはないとおっしゃいますの?」
「ありません。我が国が自然主義協会に与する、あるいは如何なる形でも支援をすることはありません」
アレヴターウェンはトキタスアの姿勢を明確に表明し、デナリウスは満足そうににっこりとした。
「悪逆な犯罪、惨忍な人間、暴虐な宗教、残虐な思想、不必要な善意。そのすべてをわたくしたちは滅ぼしますわ」
「いかなる国にも属さない個人の善意組織。それが自然主義協会だった。だからこそ、滅ぼさなくてはならない。そうですね」
「現在の自然主義協会には“対話に応ずる知能も価値もない”とイリニポトスは結論を出しています。実証を持った力ある結論を。トキタスアもその点はご理解いただいて嬉しいですわ」
「害意あるものに対して対策を取ることは、生物として然るべきことですからね」
「ええ、イリニポトスは人類の守護者でございますもの」
何食わぬ顔でデナリウスが口にするのは、アレヴターウェンの神経を逆なでする言葉である。今生きている人間の価値観や気持ちを考慮せず、思いやりもなく思想を押し付けてくる傲慢な姿勢が滲じみ出ている。
そのせいで反発に合い、天下三国同士で争うような羽目になっているというのに、反省の態度も見られない。一体何のための脳みそなのかと、アレヴターウェンが麗人族に対して力不足を感じるのはこういうところである。
麗人族に振り回され、予定通りにいかない予定。こんな会合に時間を取られているせいで、他のすべきことがまた進まなくなる。
本来ならば、今頃はグリーンベール領において領営病院の関係会議があったはずなのに流れてしまった。それもすべて彼らがやってきて、アレヴターウェンがこの会合へと缶詰めにされているからである。
「ねえ、デナリウス。僕もアレヴターウェン様とお話がしたいのだけど、いいかしら」
やおら、麗人族の一人、オボロスはここへ来て初めて口を開いた。突然のことで、アレヴターウェンの手先が一瞬ピクリと震えたが、反応としてはそれだけで済んだ。
「魔法には、人の頭から記憶を消し去る術があるのだとか。僕たちは興味を持っています。とても高度で、珍しく、不可逆的な禁忌の魔法」
「記憶······寡聞にして存じ上げないが、調査をするべきですか」
「いいえ。でも、アレヴターウェン様が知らないというなら、そういうことにしてもいいわよ」
「不確定な事象の下で、こちらの希望を決めつけられるのは愉快ではありませんね」
不満げな表情をしてみせるアレヴターウェンは、身を乗り出して主張した。いくら下手にいるとはいえ、言わなくてはならないこともある。
「私は十三の頃より身も心も、揺り籠の間に捧げております。その証は正しくこの胸に深く刻まれている。だからこそ、イリニポトスも信頼を下さっているのでしょう?」
「ええ、もちろん」
「この私がいる限り、トキタスアが貴殿らの信頼を裏切ることは決してありませんよ」
アレヴターウェンがあからさまに”魔法に関する”論点をずらしたことに対して、オボロスは反応をしなかった。また元のように口を閉ざして友好の笑みを浮かべている。もしかすると、アレヴターウェンは彼らの目算通りの返答をしたのかもしれない。
「そのようなお心でいらっしゃったのね。理解しました。トキタスアの意志を確認できて幸運でしたわ」
オボロスの音頭で、会合に区切りがつく。
泰然と立ち上がり控えの間に下がる三人を、アレヴターウェンは静かに見送った。
微動だにせず、友好の笑みを浮かべて。




