嘘の仮面
本作は一応フィクションです。
面談室の扉を開くと彼女はむすっとした表情で座っていた。
私は陰鬱な気分になりつつも彼女の向かいの椅子を引き腰を下ろした。
「さて━━なぜ今日、面談になったか、わかるかな?」
「私が会社の闇を暴いたから」
ぶっきらぼうに答える部下。
「闇……か。そうか………君は上長であるA氏について職員に対するセクハラがあり、断罪されるべきだと署名を集めたが集まらず……そのあとはネットで彼を実名で曝したわけだが」
「会社が彼をかばうからです。どう考えても裁かれるべきなのに実績を出しているからという理由で彼をかばった。挙げ句に彼は弁護士をたてるなんて強気の姿勢で彼女を威嚇したんです」
彼女は憤慨していた。
元同僚のBが上司からの度重なるセクハラを訴えた末、退職したのが始まり。
その後、会社の対応に納得いかず、このような行動に及び今面談となっている。
「権力者はいつだってそうなんです。女は泣き寝入りするしかない」
「まあ、そういう世の中にはそういうこともあるだろうがね。別にA氏は権力者じゃないよ。肩書きはあるけど会社の中では吹けば飛んでしまう」
「飛んでないじゃないですか」
私は頭をかき天井を見上げる。
「会社は卑怯です。そうやって問題にしたくないから庇い、声をあげた私は出世コースからはずした」
「そうなのかい?」
「次に出世するのはキャリア的に私のはずでした。だけどずっと声がかからず……あなたが出世した。中途入社のあなたが」
「なるほど、出世できなかったからリベンジに出たと」
「話聞いてました?私は正しいことをしたんです。以前言いました。上の連中は固定観念で凝り固まった政治家みたいな連中だって。誰かが動いて壊さないと何も変わらないんです」
正直面倒くさくなってきたがすべきことはしなくてはいけない。
「面白そうなドラマのあらすじだ。サブスクで配信してたら観てみるよ。さて、君がBさんから聞いたセクハラの件だが」
「あなたはまだ居ないときでした。でも彼女は本当に怖がっていた。弁護士をたてると脅されて退職するしかなかったんです。そんなの間違いです」
「聞き取りの記録によるとLINEによる連日のアプローチや私的な電話連絡。家の前で待っていたことまで……恐ろしい話だな。本当なら」
「嘘だって言うんですか?人の心とかないんですか!そうか、だから出世できるんですよね!!」
元々、攻撃的な部分は見えていたが隠そうともしない。
もうどうなってもいいとやけっぱちになっているのかもしれない。
「実は長く仕事をやってると横の繋がりもちょっとはできてね。それで、昔Bさんが働いていたという会社の知り合いと話す機会があったんだがね。彼女、そこでも同じ様なことを言って騒ぎを起こした上で辞めているらしい」
「その会社にもクズ男がいるって事でしょ。昔から男運がなくて大学時代も教授にセクハラされてたって」
「彼女は高卒だよ」
「は?」
彼女の動きが止まる。
「大学には行ってない。だからどこで教授にセクハラされたんだろうね。それと、あまりこういうことは言うべきではないのだろうが君は彼女が何歳か知ってるかい?」
「わ、私より2つほど上だって」
「39歳。小学生のお子さんが二人いるようだ」
何が起きてるかわからず彼女は狼狽えていた。
「嘘……そんな……」
「そう、嘘だったんだ。君が知っている彼女は嘘で塗り固められた仮面を被っていた。ついでに、君は彼女が何で辞めたか本当の理由を知っている?」
「だから、セクハラが……」
「お客様の持ち物が紛失するという事が頻発していた事があっただろう。実はあれ、盗難ではないかと調べていて彼女がマークされてたそうだがね」
彼女は押し黙ってしまった。
この先は言わなくても何となくわかっただろう。
「君は、まだ若いがプレイヤーとしてはそれなりに優秀だ」
「それなり……」
「ああ、『それなり』だ。だがそう、思い込むと周りが見えなくなるし先入観も強い。人の立場に立って考えるという事もどちらかというと出来ていなかった」
「そんなの……」
「君は曖昧な情報を鵜呑みにして憤り、A氏を貶めるような行動を数多く行った。何度か警告を受けているにも関わらず、だ。君のしたことは重大性が高い、と言わざるを得ないだろう」
「私は……どうなるんですか」
「処分が下るだろうね。その後は……どうだろう。裁判になったとしても会社としては君を助けるのは難しいだろうね。残念だ」
夕陽の指す面談室で、彼女はただうなだれるしかなかった。