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この恋が夜に溶けたなら、貴方がそれを飲み干して。

作者: こはない。

届かぬままで終わるくらいなら、この想いごと、貴方の一部になればいい。


恋愛は、戦だ。


18歳の時にそんなことを歌ったシンガーソングライターが、今は映画の中で男に絆されて流されそうになっている。

人生なんてそんなもんだ。私も今、恋焦がれて仕方がない先輩の家で、先輩の隣で、無駄に大きいプロジェクターに映った他人の情事を鑑賞している。人生なんて、そんなもんなんだ。


会社の先輩。仕事もできてイケメンで、いわゆるハイスペックってやつ。でも私は、そこに惚れたわけじゃない。先輩は、お昼におにぎりと牛乳という給食を連想させるような2つを選ぶ。先輩は、部長からお土産で貰ったネクタイを、ただ1人本気で気に入って愛用している。ちなみに柄は、口を半開きにしてこちらを見ているヤギのドアップ。

先週近所のディスカウントストアで全く同じ顔をしたヤギと目が合ってしまったことは、先輩本人にはもちろんのこと、まだ誰にも言えていない。

私は、先輩のそんな残念なところが好きだ。何を考えてるのか分からないからどんどん知りたくなるし、そんな先輩を私だけが知っていたいと思ってしまう。


それにしてもこの映画、思ったよりも恋愛要素が強い。映画選びで下心を見せるあざとい女にはなりたくないからミステリーを選んだのに、こんなの立派な詐欺だ。

隣の先輩をちらりと見ても、その顔からは何のイロも感じられなくて、気まずさを誤魔化すようにグラスに手を伸ばしてみても、気持ち悪いほどに温くなったビールが唇を濡らすだけで、何だか悔しくなった。

普段なら愛おしいとすら思える先輩のポーカーフェイスに勝手に敗北感を感じて、何度も家にあげてくれるくせに、心も身体もそれ以上を許さない先輩の全てが欲しくなった。


「先輩も、こういう経験あるんですか?」

気づけばそんなことを口走っていて。

「え?」

「一夜限り、みたいな」

先輩の顔は見ない。どうせ、年下の子供っぽい興味本位としか思ってないんだろうな。

「あるよ」

「へぇ、意外です」

「四宮は?」

「えっ、?」

しまった。思わず先輩の方を見てしまった。

「自分に振られたら困る話題を相手に振らないの」

一瞬交わった視線は、すぐに逸らされてしまって。まるで教師が生徒に言い聞かせるような口振りにすら、好きが募る。

「先輩」

「ん?」

「朝ごはんは、パンとご飯どっち派ですか?」

「え?」

どしたの急に、と先輩が笑う。再び交わった視線は、逸らされなかった。

「私の卵焼き、すっごい綺麗ですよ」

「ふっ、そうなんだ」


恋愛は、戦だ。


もしそれが本当なら、付き合うというのは、相手に勝つことなのだろうか。負けることなのだろうか。

そんなの分からない。正攻法でもダメで、奇襲を仕掛けてもダメなら、いっそこの恋ごと溶けて無くなってしまえばいいのにとすら思う。


「四宮はさ、回りくどいのが好きなの?」

「……好き、です」

明らかに主語が違う解答に、先輩の口角が少しだけ上がる。

「もう終電過ぎちゃったね」

「えっ、?まだ11時……」

「回りくどいのが好きなんじゃないの?」


もし、貴方の心と身体を私のものに出来るなら、それが敗北だと言うのなら、私は喜んで白旗を振る。

でも、その代わり、


「先輩、残りのビール、飲まなくていいんですか?」

「何?それも何かの遠回し?笑」

「いえ、思ったことを言っただけです」



この恋ごと、夜に溶かして飲み干して。


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