決別と再出発
倒れているレオを背にカナメは演習場の外へ向かう。演習場の外では傭兵たちがざわついており、その視線のほとんどはカナメへと向いていた。
4等級を剣で圧倒した新人魔法使い。その存在は異質なものとして見られた。剣技に対する驚きもあるが、何より最終的に命を奪いに行く冷酷さに畏怖を感じる者が多かった。
演習場から出ると、入口付近にいる傭兵たちが一定の距離を保って後ろに下がる。その状況に戸惑いつつクインティナのもとに行く。
「クインさん。ごめんなさい。少しやりすぎました。」
「そうね。普段のカナメくんらしくなかったわね。」
クインティナは演習場を見ながら答える。視線の先には意識を取り戻して座っているレオがいた。ディアスや他の傭兵たちの手によって応急処置を施されている。
「クインさんとあいつの間に何があったかは知りませんが、とにかくクインさんを侮辱しているのが許せなくて。」
「だからといって殺すのは良くないわ。」
「殺そうとなんかしてません。ちょっと顎を砕いて話せなくしてあげようとしただけです。」
「それでも十分やりすぎよ。後でディアスさんにお礼を言わなきゃね。」
「はい。」
傭兵たちは2人のやりとりを見て、カナメがあの魔女に対しては頭が上がらないということを認識する。ここで初めて緊張が解けた。
「カナメさん、お疲れ様でした。」
カナメの外套を持ったエイミィが声をかけてきた。
「エイミィも悪かったな。」
「いえ、大丈夫です。それにしてもあの方、4等級というわりには弱く感じました。アルベルトを見たせいですかね。攻撃が単調で遅く見えました。」
「いや、実際そうだった。力任せの剣だけだ。たぶんエイミィでも勝てたんじゃないかな。」
「そんなわけないですよ。私はまだ全然ですから。」
「そうでもないぞ。剣に対して槍は圧倒的に有利だからな。あの程度の実力なら勝てるさ。ま、もう会うこともないだろうけど。」
「そうでしたね。負けたら引退でしたもんね。」
「あぁ。本当に引退するかは知らないし興味もないがな。」
演習場へ目を向けると放心状態のレオが1人の傭兵に付き添われて歩き始めていた。ディアスと他の傭兵は話しながら演習場の入口へ向かっている。
「そういえばフィリップさんは?」
周囲を見回すが先ほど一緒に来たフィリップがいない。すると、エイミィがなぜか申し訳なさそうに指をさす。
「フィリップさんならあそこにいます。」
その先には金を数えているフィリップの姿があった。
「何をやってるんだ?あの人。」
「実は、今の決闘が賭けの対象になっていたんです。ほとんどの人がレオに賭けた中でフィリップさんはカナメさんに賭けたんです。」
「なるほど。それで大勝したと。どおりで周りがうるさかったわけだ。」
戦っている時に周りがうるさいのが気になっていた。特に序盤はうるさかった。レオに攻めさせて攻撃をしていなかったので盛り上がっていたのだろう。最後の方が静かだったのはレオの負けが見えてしまっていたからだ。それが分かり得心がいった。
「おう、カナメ。ちょっといいか?」
演習場から出てきたディアスがやってきた。どうせ来るだろうと思っていたが、やはり来た。
「ディアスさん、先ほどはありがとうございました。」
「私からも、お礼を言わせてください。おかげでカナメくんが手を汚さずに済みました。」
カナメとクインティナは、止めに入ったディアスに礼を言う。
「まったく。危なかったぞ。あそこで顎を砕いていたら死んでいたかもしれなかった。それにしても、こっぴどくやったな。手首と肋骨数本が折れて、腹、手、腕、肩に打撲があった。上半身全体へ満遍なく散らしやがって。」
「あれでも加減してるんです。力の差を見せつければ降参するかと思いましたが、引退がかかっているだけあって諦めなかったですね。最後に謝れば許すとまで言ったのに。」
「あいつはそういう奴なのよ。プライドばかり高くて……。」
「事の発端はある程度聞いた。はっきり言ってあいつに同情の余地は無い。このまま傭兵をやっていても問題の種になりそうな輩だからここで引退するのはちょうどいいかもしれん。お前の実力を周囲に示すことに繋がったから決闘を申し込んでくれてありがたかったがな。」
「僕の実力が知られることでギルドにメリットがあるってことですか?」
「まぁそうなるな。ただ、その辺りの詳しい話はまた今度だ。今はギルド内でも協議中の話だからな。諸々決まったらこの前の聴取と合わせて支部にまで来てもらうぞ。」
「分かりました。」
ディアスは短く言葉を交わすと訓練場を後にした。出張所副所長がなぜ支部にいるのか疑問だったが、今日はフィリップの聴取があったことを思い出す。おそらくはそこに来ていたのだろう。一通り終わって帰ろうとしたときに訓練場の騒ぎを聞いて見に来たというところか。聞いてる限りだと元傭兵のようだし、昔の血が騒いだのかもしれない。
「ところでクインさん。話したくないならいいんですが、あいつとの間に何があったんですか?」
「特に何も無いわよ。って言っても信じてもらえないわよね。大したことじゃないわ。あいつ、女というだけで見下してくるやつだったのよ。だから私の話は聞こうともしなかったの。それでもパーティーの方針を提案したり戦闘中の指示を出したりしていたんだけど、それが良くなかったみたいね。パーティーの話し合いに呼ばれなくなって、戦闘中も明らかに私抜きの連携を取るようになったの。それであまり役に立てなくなった頃に、私の魔法をバカにしてきて無能扱いし始めたからパーティーを辞めたの。ただ、その後も時々絡んできた理由は分からないわ。」
「ずいぶん酷いですね。でも、なんでまたそんなヤツのパーティーに入ったんですか?」
「最初は優しかったのよ。『きみの力が必要だ』って言われて嬉しかったわ。でも、さっきパーティーに入れた本当の理由を聞いてショックだった。最初から戦力として見られていなかったどころか、パーティーに誘った理由もあんな自分勝手な理由だったなんてね。悔しくて思わず涙が出たわよ。」
「あ、だから泣いていたんですね。カナメさんが怒っているのに感動してるのかと思ってました。」
「あれは嬉しかったし実際泣けたけど、きっかけはそこね。」
「僕が戦っている間にそんな事があったんですね。嬉しかったならもっと言いましょうか?」
「もういいわ。たくさん言っちゃうとその言葉が軽くなるからやめておきなさい。」
「分かりました。」
「さて、そろそろ行きましょうか。あんまり長居してると面倒なことになりそうだし。」
周りを見るとフィリップがその場にいた傭兵を集め始めていた。どうやら賭けに勝ったお金で飲みに行こうとしているようだ。これに巻き込まれるようなことがあったら面倒でしかない。フィリップにバレないように訓練場を後にした。
ギルド支部のロビーには訓練場での出来事を話す傭兵たちがあふれていた。カナメが訓練場から出ると視線が集まる。瞬間的に静かになった後、再び話し始める。視線だけこちらに向いて、皆声を潜めて話している。なんとも気持ちの悪い状態だ。
「居心地が悪いです。さっさとご飯でも食べに行きましょう。」
「そうね。この様子だと少し離れた場所にしたほうがいいかもしれないわね。」
「それなら東門の方へ行きませんか!?この後あっちに行く人は少ないと思うので!」
「たしかにそれはアリだな。向こうで店をさがすか。」
「屋台の食べ歩きがしたいです!」
「屋台の?なんだか得体のしれない食べ物が多かったような気がするんだが。」
「あら、いいじゃない。東門前の屋台の食べ歩きってやってみたかったのよね。前のパーティーはそんな雰囲気じゃなかったし。そこに行きましょ。」
「え?じゃあまぁ、クインさんがいいのなら……。」
「やったー!じゃあ早速行きましょう!」
エイミィが元気よく先頭を歩きギルドを出る。外は日が暮れかかり建物から漏れる明かりで石畳が輝いていた。
「クインさんは何食べたいですか!?」
「そうねぇ。何があるのか知らないからエイミィちゃんのオススメがいいかな。」
「それじゃチーズのたくさん使ってあるサンドイッチとかどうですか?美味しかったですよ!」
「それは太りそうだから遠慮しようかしら……。」
苦笑いを浮かべながらエイミィと話しているクインティナは、困ったような表情とは裏腹に楽しそうだった。過去には嫌な事があったようだが、今は信頼しあう仲間がいる。笑いあう仲間がいる。これからも変わらずに協力し合うことを、改めて心に決めた。




