決着
レオが剣を振り下ろす。大振りで隙だらけの剣を何度も繰り返す。それを意に介さないかのように回避する。相変わらず反撃はしていない。剣を構えず、ただ回避だけしている。
ここまでの動きを見ていて外周にいる傭兵たちが騒がしくなっている。レオを応援する者もいればカナメの想定外の健闘に湧いている者もいる。2人への歓声が大きくなってき始めた。
「はぁ……はぁ……。ちっ!逃げるのだけは上手いな。だが、逃げているだけでは勝てないぜ。」
「そうだな。お前の言うとおりだ。じゃあ、ここから先は反撃させてもらうな。」
静かに答えて剣を中段に構えると外周から歓声が上がる。ここまで全ての攻撃を躱しているカナメへの期待が否が応でも訓練場全体の温度を上げる。
「へっ。見様見真似にしてはよくできてんじゃねぇか。だが、それで実際に戦ったことがなければ意味がねぇんだよ!」
レオが再び斬り込んでくる。片手での一撃ではないが、狙いの分かりやすい一撃だ。剣を軽く弾いて手首を打ち据える。
「つっ――!」
レオは顔を歪めて剣を落とす。
「ほら、どうした?剣を拾えよ。」
「ちっ。まぐれにしてはよくできるじゃねぇか。」
「褒めてくれてありがとうな。でも、剣はそう簡単に落とすもんじゃないぞ。」
「うるせぇ。今のはちょっと驚いて落としちまっただけだ。」
手首をさすりながら剣を拾う。少し赤くなっているが剣を握るのに問題は無い。手に力が入ることを確認する。
「へっ。やっぱり大したことねぇな。手首を狙うなら折るくらいしないと。こんな風にな!」
カナメの手首を狙って剣が振るわれる。しかし手首を狙うにしては大振りすぎる。躱してくれと言っているようなものだ。当然のように、カナメは剣を上に動かして躱す。
レオの剣は空を切る。大振りすぎたがゆえに剣を止めるために一瞬だけ体が硬直した。隙だらけだ。
カナメが頭を狙って剣を振り下ろす。レオは慌てて剣を上に持っていき受け止めた。しかし目線は上に行き、胴体がガラ空きだ。そこに加減をした前蹴りを突き刺す。
「うぐ――!」
後ろに押し返されたレオは小さく呻いて膝をつく。怒りで顔が歪んでいる。
周りからは歓声とレオに対する野次が飛び交う。
「てめぇ!剣での勝負で蹴りを使うなんて卑怯だぞ!」
「そうなのか?ルールで禁止されていなかったんだがな。」
「剣での勝負なんだから当たり前だろ!蹴りを使う剣士なんてどこにいるんだよ!」
「この前戦った剣士が普通に使ってきていたんだがな。厄介だったから真似させてもらった。あいつは投げも使ってきたぞ。」
「適当なこと言ってんじゃねぇぞ!」
「なるほど。その程度ってことか。まぁいい。お前の言う通り剣だけでやってやるよ。」
「生意気なやつだ。ここからは本気でやってやる。俺を怒らせたことを後悔させてやるよ。」
言葉通り、レオの剣速が上がった。だがそれだけだ。相変わらず隙が大きい。
ここまでレオの剣を見てきて分かったことがある。剣術の基礎ができていない。きっと正式に習ったことが無いのだ。なんとなくやっていたら、力任せに振っていたら対処できてしまったという感じだ。相手に恵まれていたために今日まで生きていられたように見える。それが悪いことだとは思わない。傭兵は死なないことが最も重要なのだ。とはいえ、それで通用するのはほぼ自動的に昇級できる4等級くらいまでだろう。
周りの反応を聞いている限り、この場にいる他の傭兵も似たような技術レベルだと思われる。エイミィの受けた武器指導の話を聞いても基礎的な訓練は指導されていなかった。ここではそれでもいいとされている節がある。魔物相手ならそれでもいい。だが、対人戦になるとそうもいかない。技術の差がそのまま勝敗につながることが多い。
レオが力任せに剣を振り下ろす。直撃したら木剣とはいえ間違い無く死んでしまうような強さだ。あまりにも危険な一撃に周りの傭兵からは悲鳴のような声が漏れる。
しかしクインティナ、エイミィ、フィリップの3人は動じない。この程度の攻撃が当たるとは思えないからだ。そして予想通りカナメに当たることはなかった。
振り下ろされた剣を受け流す。耳元で木剣の擦れる音が聞こえる。手に伝わる感覚でその剣の威力が分かる。たしかに力は強い。だがそれだけだ。剣を受け流されて体が泳いだレオの首元に剣を当てる。
「終わりだな。」
レオの顔が一気に青ざめる。顔が引きつり驚愕の表情で固まる。外周の傭兵たちも今までの喧騒が嘘のように静まった。
一瞬の硬直の後、レオが後方へ飛び退く。額には汗が滲んでいる。
「ま、まぐれだ!力負けした剣がたまたま受け流すようになっただけだ!俺はまだ負けてねぇ!」
「首に剣を当てられてる時点で実戦なら死んでるぞ。」
「うるせぇ!俺は認めねぇぞ!」
往生際悪く喚いたと思ったら再び斬り込んできた。今度は剣を振り上げた瞬間に腹部へ剣を叩き込む。
「がっ――!」
レオは腹を押さえて膝をついた。だが苦悶の表情を浮かべつつこちらを睨みつけてくる。目が死んでいない。まだやる気だ。
「ほら、立てよ。回復する時間をくれてやる。」
「くっ!そんな時間いらねぇよ!」
立ち上がりつつ下からの斬り上げが放たれる。この程度のことは想定内だ。後ろに下がって躱す。そこに返す刀で剣が振り下ろされるが、そのような攻撃が当たるわけがない。そのまま後ろに下がりつつ剣を持つ手を打つ。痛みで片手を放すが剣は落とさなかった。残る手を振り回して放たれた横薙ぎの一撃を剣で受け止めた。
「腹を打たれたわりに元気だな。加減しすぎたか?」
「へっ。新人の攻撃なんか効かねぇんだよ。」
「膝をついたくせに。」
「黙れ!」
ここまでの攻防を見た傭兵たちは理解し始めた。この2人には隔絶した技術差が存在し、今はカナメが全力を出さずに降参を促そうとしている状態だということを。賭けに参加している傭兵たちがにわかにざわつき始めた。
「なんだぁ?訓練場が妙にうるさいと思ったら決闘してんのか。」
訓練場の入口から野太い声が聞こえてきた。傭兵たちは一斉に声の主を見る。
エイミィもその1人だった。そこには数日前に会った男がいた。傭兵ギルド出張所副所長のディアスだ。
「決闘中にしては妙に静かだな。さっきまであんなにうるさかったのに。どういう状況なんだ?」
ディアスが演習場の方へ歩き始めると傭兵たちが道をあける。
「ん?おぉ!そこにいるのはカナメのところのクインティナとエイミィか!何やってんだこんな所で。」
「こんにちはディアスさん。実はカナメさんが……。」
クインティナがまだ話せそうにないのでエイミィが話そうとする。だが上手く説明できず少し言い淀んで演習場に目を向ける。
「カナメがどうしたって?あぁ、なるほど、そういうことか。なんでこんな事になってるんだ?」
戦っているカナメを見て彼女らがここにいる理由は分かった。だがなぜカナメが決闘をしているのかが分からない。
「それについては俺から説明しますよ。」
「なんだ。フィリップもいたのか。」
「えぇ。聴取が終わって帰ろうとした時にギルド前で揉めてる彼らを見かけまして。仲裁して終わらせようとしたんですが、レオという4等級傭兵がカナメくんに決闘を申し込んでしまいまして……。」
「なるほど。原因はなんだ?」
「どうやらレオがクインティナくんに絡んだらしいです。2人は元パーティーメンバーだったみたいですね。レオがクインティナくんを侮辱してカナメくんがキレた感じです。」
「ルールは?」
「レオの要求したルールは武器は剣のみ、魔法禁止、負けたら引退です。カナメくんはそれをすべて受け入れました。」
「ふん。レオというのは相手の実力も測れない愚か者なのか。」
ディアスはつまらないものを見るかのように演習場の方へ目を向ける。そこではカナメがレオの顔の前に剣を突きつけ、それを剣で弾いて距離を取るレオがいた。
「あの、ディアスの旦那。あのカナメという新人のことをご存じなんで?」
賭けの元締めのような傭兵がディアスに訊いた。
「あぁ。詳しいことは言えないが、あいつは何でもありなら6等級の傭兵にも劣らない実力者だ。個人的には7等級相当なんじゃないかと思っている。」
「うげ!バケモンじゃないですか!もしかしてフィリップの旦那はそのことを知っていて……?」
「俺は戦っているのは見たことないし、あいつの剣の腕も知らないよ。ただ、ディアスさんの言うような実力があるのは知っている。」
「汚ぇ!ほとんど不正じゃねぇですか!」
「何言ってんだ。身内じゃないし情報を持っていただけだろ。掛け金だって他と大差無いんだから大目に見ろよ。」
演習場の外でこのようなやり取りが行われているなど露知らず、カナメは再び首元への寸止めを行った。最早周囲の歓声は無くなり静かになっている。
「いい加減諦めたらどうだ。今ならクインさんに謝って2度と近づかないことを約束すれば許してやる。」
剣を離してレオから少し距離を取る。レオには最初の頃のような余裕は欠片もない。大量の汗が噴き出し肩で息をしている。その顔からは焦燥が見て取れる。
「う、うるせぇ!こんな、こんなはずないんだ。クインとつるんでいる魔法使いがこんなに強いわけがないんだ!」
「何言ってるんだ?理屈が何も通ってないぞ。それより、謝るなら今のうちだぞ。」
「謝る?俺が、クインにか?バカ言うな。無能な女に事実を言って何が悪い。」
「はぁ……。仕方無い。その口、使えなくしてやる。」
カナメは剣を構えると同時に一歩踏み込む。慌ててレオが後ろに下がるが間に合わない。剣を持つ手首を思い切り叩かれる。破裂音に近い高音が訓練場内に響くとレオの皮膚が裂けて血が噴き出す。顔を歪めて剣を落としたところに、更にもう一歩踏み込んで胸に剣を叩き込む。今度は太鼓を叩くような低い音が訓練場内に響く。
「かはっ――!」
レオの口から小さく息が漏れ、後方へ飛ばされる。
床の上に仰向けで倒れたレオは呼吸がままならない様子だ。口から高い音が漏れ聞こえる。
そこにカナメが追撃せんと向かう。呼吸ができず身動きが取れないレオの横に立ち、剣を振り下ろした。
誰もがレオの死を想像し、クインティナとエイミィは目を背けた。しかし攻撃が当たる音は聞こえてこず、代わりに声が聞こえてきた。
「そこまでだ。もうこいつに意識は無い。」
カナメの剣を立ち塞がるようにして受け止めたディアスがいた。予想外の人物が止めに入ったことに驚いたが、すぐにディアスの後方に目を向ける。ディアスの後ろではレオが白目を剥いている。呼吸は回復しているようだ。
「ディアスさん。そこをどいてください。こいつの顎を破壊します。」
「やめんか。もう決着は着いた。これ以上やったらただの暴行になって捕まえないといけなくなるだろ。」
「くそ。仕方ないですね。」
「そうだ。ここは抑えてくれ。とにかく、この勝負はお前の勝利だ。」
ディアスがカナメの勝利を宣言したことで決闘は終結した。




