初ポーション
通りには静寂が訪れていた。先ほどまで激しく戦う音が鳴り響いていたが、今は皆その場で座り込んだり応急処置をしている。
カナメもエイミィによって応急処置を施されていた。破壊された石壁が当たった腕は紫に腫れ上がっており、徐々に痛みが増している。
通りの端に座ってディアスと話しているクインティナを眺める。たぶんディアスはこの後にカナメのところへ来るのだろう。正直なところ、かなり疲れているので放っておいてもらいたい。
エイミィが神妙な面持ちで座っている。悪魔が伝承やお伽噺の中の話ではなかったことに衝撃を受けたようだ。あまりにも静かすぎて調子が狂う。
そんな中、フィリップとパーティーメンバーの男がこちらに歩いてきた。フィリップもなかなかの重傷だったと思ったが、既に怪我が治っている。ポーションでも使ったのだろうか。さすがは6等級パーティーだ。資金力が違う。
「カナメくん、ちょっといいかい?」
「はい。大丈夫です。どうしましたか?」
「きみの怪我も相当酷そうだからね。ちょっと見せてもらえないかな。」
「はぁ、まぁ、いいですけど。」
袖をまくり応急処置を施した腕を見せる。添え木代わりに作った石の棒で固定し包帯を巻いている。
「包帯を取っても?」
「いや、また巻くのが面倒なんでやめてもらっていいですか。」
「大丈夫。治療するだけだから。ジョン。」
ジョンと呼ばれた男は面倒くさそうにフィリップの前に出てきた。そしてカナメの前に座ると小さな瓶を置いた。
「緑風の誓いのジョンだ。パーティー内で共有している小物管理を任されている。」
「あ、はい。カナメです。よろしくお願いします。」
「それで、うちのリーダーの意向だから仕方ないんだが、お前にポーションを使おうと思う。」
「ポーション、ですか?」
なるほど、今置いた瓶はそういうことか。ありがたい申し出だが、これは自分の一存で決めていいものではないだろう。クインティナにも話を通しておかないとまずそうだ。
「ありがとうございます。でも、それならまずうちのリーダーにも話をしておかないとまずいので、少し待ってもらってもいいですか?」
「安心しろ。さっきフィリップが話をつけてきた。『お金の心配はいらないからお願いします』って言ってたぞ。大切にされてんな、お前。」
ジョンがニヤリとしながらこちらを見てくる。
「まぁまぁ、カナメくんも多感な年頃なんだからからかうなって。困ってるじゃないか。」
フィリップがジョンを諌めるように言っているが、フィリップの発言の方がよっぽど困る。今の発言で横にいるエイミィの雰囲気が変わった気がする。
「はぁ……。これはもう1人男のメンバーが必要だな。面倒くさすぎる。」
「ごめんごめん。冗談だよ。」
「それならいいんですが。でも、なんでそこまでしてもらえるんですか?」
「簡単な話さ。あのアルベルトの剣を折れる程の腕がある傭兵をここで終わらせるわけにはいかないってことさ。たぶんその怪我、腕に後遺症が残るやつだよ。」
「やっぱりそうですか。そんな気はしてました。」
「剣を折った時は驚いたよ。俺らは5人がかりで戦ったのに一方的にやられちゃったからね。」
「しょうがないですよ。近づいたら投げ飛ばされるし、完璧なタイミングで斬ろうとしても魔法で防がれるんですから。」
「魔法?」
「えぇ。手に硬化させた魔力を纏って剣を受け止められましたよ。フィリップさんも止められたんですよね。」
「え?いや、それ、見てない。やられてない。」
「あ……。」
「ジョン。期限切れのポーションあるか?」
「無ぇよそんなの。新人に何しようとしてんだよ。」
「フィリップさん、それは勘弁してください。」
「冗談だよ。でも、そんな奥の手まで出させているなら尚更ここで潰すわけにはいかないな。黒猟犬を助けておきながらカナメくんを助けなかったら査定に響きそうだ。」
「黒猟犬?誰ですか?」
「アルベルトに5人で挑んで4人が戦闘不能になった4等級パーティーだよ。」
「あぁ、アルベルトの言ってたつまらない奴ってその人たちですか。」
「そうだろうね。きみたちと比較して散々煽られたらしいよ。まぁ、今見た感じだとカナメくんの方が全てにおいて優っているみたいだけど。やっぱり4等級くらいまでは等級で判断できないな。」
「おいフィリップ。そろそろポーション使いたいんだが。」
ジョンが少し苛立ちを見せながらフィリップに言う。話を遮られて邪魔をされたのが不快だったようだ。
「あぁ、ごめん。よろしく頼む。」
「まったく。じゃあ、ポーションを使うから包帯を取ってくれ。」
「ありがとうございます。助かります。」
腕に巻いた包帯をほどいて患部を露わにする。包帯を巻く前よりも熱を持って赤黒くなっているように思える。
「なかなか酷い状態だな。まぁ、これで治るけどな。」
ジョンは小瓶に入った液体を赤黒くなった腕に振りかけた。冷たいはずの液体をかけられてもあまり温度を感じない。だが、徐々に腫れが引き、色が元に戻っていくにつれて感覚が戻ってくる。外気に晒されている腕が寒くなってきた。手を動かしてみる。痛みが無い。力を入れても違和感が無い。恐る恐る腕を触るとポーションで手が濡れるだけでどこも痛くない。
「凄い。これがポーションなんですね。自分で使ったのは初めてです。治る時の反動とかは無いんですね。」
「そんなものは無いさ。なんてったって教会謹製だからな。」
「なるほど。それにしても、こんな物を独占してる教会って強欲ですよね。」
「こら。そんな事を言うな。関係者に聞かれたら大変だぞ。」
「すいません、つい。とにかく、ありがとうございました。」
「気にすんな。どうせ後で費用を請求すんだからよ。おっと、ディアスさんが来た。じゃあ、またどこかで会おう。」
ジョンはそそくさとその場を後にした。そして入れ替わるようにディアスがやってきた。
「治してもらったか。」
「はい。本当に助かりました。」
「ちなみに、今その腕に付いているポーションを顔の傷に塗ってみろ。治るぞ。」
「え?本当ですか?」
言われた通り、頬の傷につけてみることにする。
頬に貼ってある布を剥がして、指についたポーションを塗る。すると、指先で何かが動いている感覚がした。
「うわ!気持ち悪っ!なんか動いた!」
「でもカナメさん。しっかり傷が治ってますよ。」
エイミィに指摘されて傷口を触ってみるが、そこには何も無い。指先で動いていたのは自分の傷口だったようだ。
「ハッハッハ!まだ余裕があるようなら他の所にも塗っておけ。」
そう促されたので、頭の包帯を取り遠慮なく顔にこすりつける。傷口から痛みが引いていくのが分かる。自分の目には見えないが治ったのだろう。
「やはりその程度の傷ならそんな量でも治るか。」
「教えていただきありがとうございます。」
「いいってことよ。ただの豆知識だ。ってそんな事を言いに来たんじゃない。お前自身と刺穿について聞きに来たんだ。ある程度はあの魔女から聞いてるから分かってるんだが、お前にしか分からないことがありそうだからな。どうせ後でギルドから呼び出されるだろうが、先に確認させてくれ。」
「うぇ……。呼び出し決定ですか?」
「残念だがな。まぁ悪い話ではないんだ。協力してくれると助かる。」
「分かりました。で、何を話せばいいんですか?」
「そうだな。さっきお前が持っていた剣と、お前とエルシャールの関係、そして悪魔について知っていた理由だな。」
「……。ごめんなさい。ギルドでお願いします。」
「なるほど。秘密にするような内容か。」
「あまり多くの人に知られたくないんです。特に3つ目は。どこで誰が聞いてるか分からないところでは話したくないです。」
「分かった。じゃあ後日呼び出させてもらう。その時は1人がいいか?」
「可能ならパーティーメンバーもお願いします。その方が話が早いです。」
「分かった。そのように報告しておく。」
「わがままを言って申し訳ありません。」
「いや、いいんだ。お前がいなかったら得られなかった情報が満載だからな。さて、それじゃあエルマーの所に報告に行くか。あ、そうそう。分かってると思うが、悪魔の話は他言無用だぞ。言いふらしたら国にいられなくなるから気をつけろ。」
「え?そんなに重罪なんですか?」
「話すこと自体は罪に問われないが、流言飛語で治安を乱す者としてスパイ容疑をかけられる。そして教会からも目をつけられて国に居づらくなる。」
「うわぁ……。」
危なかった。以前に傭兵になった目的を話した時に悪魔の話をしなくて良かった。危うく捕まるところだったのか。
「そういうわけだから、気をつけろよ。じゃあまた今度な。エルマーには適当に言っておいてやる。」
ディアスは軽く手を挙げて歩き出し、その場にいる傭兵と警備隊に指示を出し始めた。
「カナメさん。なんでギルドから呼び出される時は私たちもいた方がいいんですか?」
横で話を聞いていたエイミィが訊いてきた。
「それはな、俺の傭兵になった目的に関わる話だからだ。もちろんお前にもな。」
「傭兵になった目的って、まさか、カミュさんのことですか?」
「詳しくはまた今度、ギルドで話すよ。」
カナメは敢えて否定も肯定もしなかった。ディアスにも言ったように、どこで誰が聞いているか分からないところで話す内容ではないからだ。最大限の注意を払うべきだと考える。
「そういえば、ここって解散していいのかな?」
ふとそのことに思い至り、後でクインティナにディアスから指示されていないか確認してみることにした。




